源平布引滝
初段(大序)
舞台は内裏。源平の戦いの様子をうかがう内裏に平清盛の使いとして、長田末宗が勝利のしるしとして、源氏の白旗と源義朝の打首を携えてやってくる。源氏は待賢門の戦いにやぶれ、源義朝は逃げる途中で末宗の親忠宗に討たれたという。大納言成忠卿はこの白旗と義朝の首を帝に見せ、その意向を聞く。そして成忠は末宗を近くに呼び寄せると、末宗は源氏の流れをくむ人物であるのに、この戦で源氏に味方できなかったのはさぞ無念であったろうと末宗の腹をさぐる。末宗は笑って、自身と同じ源氏の流れをくむ人物のうち多田行綱は清盛の熊野詣を狙ったところが失敗し逃亡中であり、また源頼政は病気、木曽義賢は腰抜けで兄義朝を少しも助けようとはしなかったと嘲り、平家に敵対できるものなどいないと言い放つ。これを聞いた成忠は娘の園生が平重盛の妻であり平家とは親類ではあるが、末宗のあまりの雑言に、平家の行く末を慮り「この打首を懇ろに葬り、源氏の恨みをかうことのないように」と重盛に伝えてくれと言う。末宗は期待していた恩賞も褒美も貰えず、しぶしぶ内裏を立ち去る。帝は成忠に木曽義賢を呼び寄せるように命じ、義賢が兄義朝の戦いに参加しなかった事を問いただす。義賢は朝廷守護の役目を投げ出してまで兄の味方をすることが出来なかった心情を訴え、帝も義賢の気持ちをくんで、源氏の白旗を授け、行方しれずの多田行綱と心を合わせ、兄義朝の敵をとるようにと勇気づける。ここに平清盛がやってくる。清盛は伝奏の公家がいないと見ると、帝に直接話をしようと内裏の階段を昇ろうとするが、いかに強い勢力をもった清盛でも昇殿は許されていないと義賢が押しとどめる。二人の争う様子に成忠が現れ、清盛の用件を聞く。清盛はさきほど、末宗が義朝の打首を持ってきたが、さらし首にと言われると思っていたのに、懇ろに葬れとは源氏に味方する所存ではないのか?と問いつめ、帝に源氏の白旗を持たせるのは危険であるので、清盛に返すよう申し立てる。成忠は白旗の処置について、平家にあっても役に立たず、内裏にあるのも穢れであるから焼き捨てたと言う。清盛は、この言葉を信じず、帝を鳥羽の離宮に幽閉すると言い放って帰る。
初段(中)
舞台は布引瀧。平重盛がその従者高橋長常をつれて、難波常俊が滝壺に飛び込む様子を検分する。かねて平清盛は弁財天を信仰し、平家の世の中が長く続くようにと祈るうちに夢を見るが、その夢のなかで、この滝壺の中で平家の盛衰を確かめてみよとのお告げがある。そこで水練に秀でた難波常俊をその役目に遣わす。常俊が滝壺に飛び込んだあと、どこからともなく一本の矢が飛んで来て重盛の袖に刺さる。重盛は狩人の矢であろうと言って、気にするなと命じるが、高橋長常は郎党に命じて矢を放った男と格闘の末、重盛の前に引き据える。男は狩人であって、手向かいしたのは妻子のためだと言い繕う。重盛はこの男が多田行綱であると察し、重盛を子鹿に例えて、こんな一匹を殺して本望だとは了見が狭いとたしなめ、縄を解いて逃がす。
難波常俊が飛び込んだ滝壺から水が逆巻き常俊が戻る。滝壺の中の様子を聞けば、中には竜宮城のような景色が広がり、中に気高い女性がいて、何をしに来たのか?と訪ねられたという。難波常俊が主人平清盛のみた夢の話をすると、この女性は「弁天は余計なことを言う。武威におごる平家は天の子孫である帝を鳥羽離宮に幽閉し、その罰で滅びる運命である」また「このお告げを知らせたところで、おのれの邪智によって神社仏閣を壊すであろうから、このことは誰にも言ってはいけない。いえば、お前の命はたちどころに消える」という。常俊はこのお告げを聞いたかと思うと忽ちにここへ戻ったと語る。こうして常俊が語るうちに、あたりには雷鳴が聞こえはじめる。重盛はお告げを話してしまった祟りが常俊に及ぶことを察し、はやく逃げるように命じるが常俊は覚悟の上で話したのであるからと立ち去ろうとしない。重盛は常俊が逃げないのであれば主である自分も逃げないと言い張り、仕方なく常俊は岩窟にでも逃げ込むからと言って谷間に向かってかけて行く。ひどい雷雨の中、大きな雷鳴が響き、そののち晴れ渡る。郎党が常俊を探しにゆくと、着ていたものも刀もボロボロになって、落ちていたと報告し、これを聞いた重盛は常俊の運命を悲しみ、また父清盛の行く末を案じながら館へ戻る。
初段(切)
舞台は平清盛の館。帝は二条帝の御代となっている。旧臣越中盛次の妻桜木と上総忠光の妻若草が布引瀧で亡くなった難波常俊の妻の噂をしているところへ鏡とぎの男が館の中に入り込んでくる。奴どもが追い払おうとするが、清盛の妻時子に用があると言う。桜木と若草がどうしたものかと話しているところへ時子が現れ、用件を聞こうと言うと、鏡とぎの男は清盛の悪逆を鏡にたとえて諌める。時子は鏡とぎの男と桜木、若草を引き連れ奥の間に入る。ここへ鎧姿の平清盛が現れ、鳥羽の院を攻める戦の準備を始める。越中盛次と上総忠光は重盛の舅である成忠卿にも話をした方が良いと止めるが、清盛は聞き入れない。ここへ成忠が現れると清盛は、鳥羽の院と心を合わせ、源氏に味方して清盛を滅ぼす企てをしていると決めつけ、成忠を縛り上げようとする。成忠は、院にはそんな企ては無いと言って、清盛をなだめようとする。ここに時子が桜木、若草とともに現れ、重盛の舅成忠卿を攻めれば、我が子を攻めることになり、また布引瀧の一件で平家の行く末も案じられると清盛の翻意を促す。清盛は時子の言葉も聞き入れず、さきほどの鏡とぎの男を呼び出す。男は衣服を改めて清盛の前に現れ、清盛の子息宗盛公の守役であった斉藤実盛であると明かす。実盛は重盛の命で鏡とぎの姿となり、洛中の噂を聞いて回る任務についていたと話す。その上で清盛の行ないを諌めようとするが、その意見も聞き入れようとはしない。そこに重盛がやってくる。清盛は重盛が来たと聞くと急いで戦準備の仕度を隠すが、重盛は「院を攻める準備をしていると聞いて駆けつけたのに、どうしたことか?」と言う。世間から聖人と呼ばれる重盛が清盛とともに院を攻めようと言い出したのを聞き、清盛は喜ぶが、重盛が舅の成忠卿を引っ立てて立ち去ったあと、清盛の館は軍勢に取り囲まれる。軍勢の主は重盛であり、朝敵となれば父清盛であっても容赦はしないと攻め込む。清盛は降参し、帝も成忠のことも助けると言う。ここへ重盛の妻園生が西光法師をともなって現れ、この計略は重盛の父への孝行や帝への忠信を思っての事であったと清盛に述べる。清盛は始終を聞き、西光法師はどんな用があって来たのだと聞く。西光法師は重盛が鳥羽の院のもとへ来たり、今日逆臣がおこったが父清盛がこれを鎮めたと申し上げたと報告する。清盛は重盛に謀反を止められたことに気づくが、今回は重盛を許すと園生に伝え、安堵のうちに園生が帰ろうとすると、腹いせに西光法師を殺す。そして清盛は怒りをあらわに院や成忠卿、源氏の残党を討ち滅ぼす決意を表す。

二段目(口)
舞台は近江、粟津のあたり。石山寺の観音参りの客が行き交う道ばたの茶店で、ここの近くの辻堂に霊験あらたかな地蔵があり、病気平癒の参詣者が多くあると茶店の女主人と近所のものが噂話をする。そして近頃の清盛や重盛の噂もされる。近所のものが帰ったあと、立派な女の乗り物が茶店に通りかかり、中から義賢の妻葵御前が現れる。葵御前は出産を間近に控え、夫の義賢には石山寺へ行くとのみ言い、噂に聞く辻堂の地蔵へ安産祈願に立ち寄る。葵御前は同行した義賢の娘待宵姫を誘うが、姫は気分が優れないのでここで待つと言う。待宵姫は先月からお屋敷に仕えはじめた供侍の折平を恋い慕い、このチャンスに思いのたけを打ち明けるつもりでいた。葵御前はこの事をのみ込み、折平が葵御前の為に作った飾り馬の絵馬を持って折平をその場に残し、地蔵参りに向かう。腰元たちは葵御前を見送ると待宵姫を籠から外へ誘い、折平に近江八景の案内をさせようとするが、折平にしか興味がない待宵姫は、しきりに折平を口説き、二人は茶店の奥へ入ってゆく。このところへ平家の家臣瀬尾兼氏が来て茶店に腰掛け、この茶店も平家の悪口を言う連中のたまり場であろうと狼藉をはたらく。茶店の女主人が驚いて逃げたあと、比叡おろしの風が吹いて田んぼの溝に絵馬が落ちる。この絵馬は先刻葵御前が地蔵へ奉納したもので、願主は木曽義賢妻と書いてあったために瀬尾兼氏は平家を滅ぼす願いの絵馬であろうと推量し、証拠として持って帰ろうとする。これを折平が止め、争うところに葵御前が戻り言葉巧みに瀬尾を言いくるめ事なきを得るが、葵御前は泥にまみれた絵馬に不吉な予感を感じる。

二段目(中)
舞台は白河の木曽義賢の館。義賢は病気だと言って出仕せず、自宅に引きこもっている。
葵御前は先妻の生んだ娘待宵姫と粟津の一件などを語らううちに、近江の百姓九郎介というものが親子三人連れで折平を訪ねてくる。葵御前は取り次ぎの者に自分が会うと伝え、九郎介は娘小まんと、その子太郎吉を連れて二人の前に現れる。ことの仔細は折平が七年前に太郎吉という子までなした女房の小まんを置いて、家を出たきり戻らず、この屋敷に近頃奉公を始めたと聞いて連れ戻しに来たという。この話を聞いて折平に思いを寄せる待宵姫は暗い顔になるが、葵御前にうながされて奥の間へ一行を連れてゆく。折平が屋敷へ戻ると、さっそく待宵姫は駆け寄り、妻と示し合わせてこの屋敷を出るつもりかと嘆く。折平は小まんが来ていることなど知らず、義賢の用事で今帰ったばかりと言う。ここへ義賢が現れ、折平の持ち帰った状箱を直接受け取ろうと言う。そして待宵姫は義賢から奥へゆくように命じられる。折平は義賢の言いつけで状箱を多田行綱のもとへ届けようとしたが、行綱の所在が知れず、そのまま状箱を持ち帰ったと言う。折平から状箱を受け取った義賢は、その手紙の封が切れていることを見咎め、折平が読んで、平家方へ訴える気なのかと問いつめる。折平は手紙は読んでいないと押し通し、引き下がろうとするところを義賢から「行綱待て!」と呼び止められる。義賢は折平が多田行綱であることを見破り、平家を討ち滅ぼして源氏の名を上げる所存を明かす。また行綱も同じように平家を倒すために力を尽くすことを誓い、義賢は源氏の白旗を取り出して掛け、折平が奉公しはじめてより、下郎に似合わぬ顔つきであると見ていたが、うかつに口に出すことも出来ずにいたと話す。そして、折平を行綱あての書状を持って使者にすれば、きっと途中で手紙を読むであろうと思い、状箱を預けたと語る。行綱も九郎介の家に隠れ住み、時節を待つ折から布引瀧で重盛に出会い、矢を射かけたが狙いが逸れ、命危うきところを重盛に助けられた事を語る。またこの恩を仇で返す所存でこの屋敷に奉公したとも話す。義賢は自分の命が長くないことを察し、行綱にあとの事を頼みたいと言って固めの盃をかわそうと申し出るが、ここに清盛の使いとして高橋長常、長田末宗が現れる。

二段目(切)
長常、末宗の二人は、源氏の白旗の詮議に義賢の屋敷へ来たが、知らぬ存ぜぬを繰り返す義賢の前に義朝の打首を出し、その打首を蹴って二心は無いと誓うように迫る。兄の打首を土足にかけよと命じられ、苦悶する義賢は詰め寄る末宗を投げ飛ばし、これを見て飛びかかる長常も投げ捨てる。刀を抜いて切り掛かる長常を行綱が遮り、切り合ううちに長常は逃げ、末宗は義賢に頭を割られ死ぬ。長常を逃したことで、もう討死にする覚悟に極まった義賢は行綱と待宵姫を鳥羽の院の元へ行くように命じ、折を見て院を連れて逃れ院宣を申し受けて蛭が子嶋にいる頼朝と心をあわせ、挙兵するように言う。義賢の身を案じる待宵姫と行綱は立ち去りがたく思っていると、義賢は二人を屋敷の外に締め出す。葵御前の身を案じ、せめて一緒に連れて逃げたいという待宵姫に義賢は、まず鳥羽にいる院を救い出すのが忠義だと諭し、二人を逃れさせる。平家方の討手が館になだれ込み、義賢は奥にいた九郎助一家に葵御前と源氏の白旗を頼み、最後の死闘をくりひろげる。九郎助、太郎吉は葵御前を連れて裏道から逃げ延びるが、源氏の白旗は小まんに託される。

三段目 道行形見寄生(みちゆきかたみのやどりぎ)
義賢の妻葵御前と九郎助、太郎吉の道行

三段目(口)
舞台は矢橋の浦。義賢の館を逃れた小まんは源氏の白旗を守って矢橋の浦まで逃げ延びる。高橋長常の家臣塩見忠太らに追われ必死に抵抗するが多勢に切りつけられ琵琶湖に飛び込む。
平家の公達平宗盛が家臣飛騨左衛門とともに竹生嶋へ参詣の帰り船。この船に斉藤実盛の乗った船が近づく。宗盛が実盛の行く先を尋ねると、清盛公の命で瀬尾兼氏とともに源氏のながれをくむものを探し出すために詮議中で、瀬尾ともこれからおち合う約束だと話す。大事の役目であるからと実盛が宗盛の船から離れようとすると飛騨左衛門から呼び止められ、宗盛君の初めての代参であるので、是非にお祝いの盃をと言われ、実盛は宗盛の船に移る。月を眺めながら盃を傾けていると、飛騨左衛門が勢田唐崎のあたりに多くの松明を見つける。何事かと思っているところへ、小まんが平家の船とも知らずに泳ぎつこうとする。波と風に押し戻され、船に近づくことのできない小まんを実盛は励まし、船の櫂を湖に投げ入れる。櫂は小まんのもとに流れ着き、これを浮きにして宗盛の船に近づくと実盛は小まんを引き上げ介抱する。助かった小まんに実盛は、この船の主である宗盛に礼を言うように進めるが、これを聞いた小まんはおどろき、礼を言う声も震える。この様子に飛騨左衛門は怪しみ、なぜ夜間に女ひとりで湖を泳いでいたのかと問いただすうちに、長常の家来たちが乗った小舟が近づき、その女こそ白旗を隠し持った源氏方のものと叫ぶ。飛騨左衛門は小まんに飛びかかり、白旗を奪おうとするが、小まんは死んでも話さないと右手に白旗を握りしめ、さし上げているところを、実盛が腕を切り落とし、旗もろともに湖に落す。

三段目(切)
舞台は近江、九郎助の家。九郎助の女房が綿くりをしているところへ、主の甥の二惣太がやってきて、奥にいる女は葵御前だろうと言い、訴え出れば金になるからと持ちかけるが、女房は二惣太を追い払う。奥から出て来た葵御前は臨月となっていたが、小まんも戻らずカラスの鳴く声が不吉で気になると訴え、九郎助と太郎吉の不在を気にかける。そんな葵御前を女房は慰め、九郎助は葵御前の安産を願って、近江名物の源五郎鮒を食べさせたいと網をかけに行ったと話す。九郎助が太郎吉を連れて戻ると、太郎吉が大喜びで獲物を見つけて取ってきたと話す。九郎助が網の中の獲物を出すと、女の片腕で、しっかりと白絹を握りしめていた。九郎助は草津川の河口で鮒を取ろうと網をしかけるつもりが、この腕が流れて来て、太郎吉がどうしても取ってくれと言う事もあり、またこの手の白絹も欲しいと思って網を投げて取ってはみたものの、握りしめた手のひらがどうしても開かなかったと話す。どんな人の腕であるのか分からないが弔ってあげたいとも思い、またこの手の白絹をはずしてみたいと思って持ち帰ったと話す。葵御前と九郎助は、手に握られたままの白絹を外そうとするが、外れず刃物で切ろうとするところを、太郎吉がやってみると言い出す。白絹をだいなしにされると思った九郎助は止めるが、指を一本ずつ離せば大丈夫だと太郎吉に言われ、任せることにする。そして太郎吉が手をかけると、たちまちに手が開く。白絹を広げてみると、葵御前は源氏の白旗であると言う。この旗をつかんで話さなかった腕が小まんの腕であると気づいた一家は沈んだ気持ちになる。ここへ平家の斉藤実盛と瀬尾兼氏がこの家に葵御前をかくまっていると二惣太からの訴えで、詮議に来たという。九郎助は女房と葵御前を奥の部屋へやり、応対にでる。兼氏は二惣太の訴えを証拠に白状しろと威丈高に迫るが、実盛は生まれた子が女ならば助けよと重盛から指示されているので、正直に話せと説得される。九郎助は正直に葵御前は臨月であり、いまだ生まれ落ちてはいないので、しばらく自分に預けて欲しいと頼む。兼氏は聞き入れず、葵御前の腹を裂いて確かめると言い出し、奥へ踏み込もうとするところを、奥から女房が九郎助を呼び、葵御前が産気づいたと言う。兼氏が生まれた子を連れてこいというと、女房が抱きかかえてつれてくる。実盛は検分の役を申し出て、何とか幼子の命を助けたいと思いながら、顔をのぞき込むと、それは血にそまった片腕であった。兼氏はあきれるが、実盛は唐土に伝わる不思議な出産の伝説をひきあいに出し、兼氏を言いくるめる。兼氏はこの事を清盛に報告すると言って出てゆく。残った実盛に葵御前が礼を述べると、実盛はかつて源氏の家臣であったことを話し、旧恩は忘れていないと語る。またこの腕は自分が切り落としたのであったが、旗を持ってはいなかったか?と尋ねる。小まんの死を悲しむ一家に、実盛は小まんの最後を語る。また実盛は源氏の白旗が平家に渡れば、源氏はもう世に出ることはできないであろうと思い仕方なく小まんの腕を切り落としたと話す。小まんの体は船を漕ぎ寄せ、陸に置いてきたが、白旗をもった腕が、この家にたどり着いたのは親や子を慕って流れ着いたのであろうと涙をうかべる。九郎助夫婦も涙ながら、大人たちが取ろうとしても取ることのできなかった白旗が太郎吉の触れたとたんに手を開いたのも我が子に手柄をさせたかったのかと悲しみに沈む。太郎吉は実盛に向かい、「よくも母様を殺したな!」と睨みつけ、小まんの腕を抱いて、だれか元の姿に戻してくれと泣く。ここへ土地のものたちが小まんの死骸を運び込んで、帰ってゆく。一家が嘆き悲しむところで、実盛は小まんの性根ならば魂は白旗を握った腕に籠っていたであろうから、死骸に腕を継げば息をふきかえす事もあるのではないかと言う。そうして腕を体に継ぐと、たちまちに息をふきかえし目を開き葵御前の手に源氏の白旗が渡ったかと問い、また太郎吉に言いたい事があると言いかけて息絶える。九郎助は亡くなった娘が太郎吉に言いたかったであろう出自のことを話しだす。それは、小まんはこの夫婦の子ではなく、堅田の浦で拾った子供で、そのときに添えてあった短刀に「金刺」と銘があり、書き付けには「平家の何某が娘」と書かれてあったと語る。葵御前はともに悲しむうちに、陣痛がはじまり、源氏の白旗に守られて無事に男子を出産する。そして亡き義賢の幼名をとってこの若君を駒王丸と名付ける。九郎助は太郎吉をこの駒王丸の御家来にしてもらうよう実盛に取りなしを頼み、実盛もまた忠義に死んだ小まんの腕を埋めて塚を築き、太郎吉に手塚の太郎光盛と名乗らせるようにはからう。葵御前は太郎助の父は源氏(行綱)だが、母は平家の血筋であるとしか分からない以上、小まんは清盛の子であるかもしれず、まず太郎吉が成人して、ひとつの功を立ててから家来にしようと述べる。実盛ももっともな事と納得する。また若君ご誕生となれば、ここに留まるのは危険であるので九郎助一家とともに義賢の生まれた信州諏訪にいる家来の兼任のもとへ落ち延びるよう葵御前にすすめる。ここに小柴垣に隠れていた瀬尾兼氏が飛び出し、源氏の若君を見逃すことは出来ないと立ちふさがる。実盛は説得しようとするが、兼氏は聞き入れずに小まんを足蹴にする。これを見た太郎吉は母親の形見である短刀で兼氏を刺す。手負いとなった兼氏は葵御前に向かい、これで太郎吉は駒王丸の家来にしてもらえるのだなと問う。実は小まんはこの兼氏の子であり、太郎吉は孫であった。平家の血筋によって孫が肩身の狭い思いをするのではないかと不憫で、平家の兼氏を討ち取ったのだから成人を待たず、すぐに駒王丸の家来にしてあげてもらいたいと頼み、自らの首に刀をあてる。平家に名高き武将の首を取り、太郎吉は晴れて駒王丸の家来となる。太郎吉は武士になったからには母の敵を取ると実盛に詰め寄るが、実盛は今討たれても、太郎吉のような幼い子では、同情で討たれたと言われて手柄にはならないであろうから、信州で成人したのちに若君とともに挙兵し、我を討てと諭して馬に乗る。ここに二惣太が出て来て、一部始終を平家に訴えると駆け出すが、馬上の実盛によって首をかき切られる。太郎吉はなおも実盛に勝負を挑むが、実盛は成人したのちに恨みを晴らすよう言い聞かせ、顔をよく覚えておけと言い放つ。九郎助はその頃には実盛も年をとって顔が分からないだろうと言うと、実盛は髪を黒く染めて若い姿で勝負しようと答え戦場での再会を約束して帰ってゆく。

四段目(口)
舞台は鳥羽から北へ向かう往来。平家を滅ぼす企てがあると言って院と成忠卿を鳥羽の離宮へ押し込めた清盛。さすがに不敬な行いであると思っているのか今日も鳥羽の離宮を見舞った平家の行列が帰ってゆく。帰るみちすがら清盛の駕籠の後には子供らしく駕篭の窓から顔を出して野山の景色を珍しげに眺める宗盛の姿がある。行列には鳥羽の離宮から見送りのために、仕丁の藤作と名乗って忍び込んでいる行綱がつき従っている。夕暮れ近くとなって、薄暗い木立の陰から目の外は頭巾で覆った曲者が現れ、多くの郎党を投げ飛ばし狼藉をはたらく。幼い宗盛が駕籠から飛び出し、誰か曲者を捕まえよと叫ぶのを聞いて、藤作は堪りかねて曲者の前に飛び出し、見事にこの曲者を捕らえる。藤作は清盛の駕籠の前にひかえ、差し出がましい振る舞いとは思ったけれども仰せに従い捕縛したと言って曲者を引き据える。駕籠の戸が開き、清盛が出てくるものと思っていたところが、出てきたのは、清盛の嫡子重盛であった。重盛は曲者の傍らに寄り、滅ぼされた源氏の残党であろうから、連れ帰って白状させると言い、また藤作のはたらきを褒め称える。藤作は恐縮しつつ、駕籠に乗っていたのが清盛ではなく重盛であったことに驚いたと話す。重盛は父の非道を悲しみ、たびたび意見をしたが清盛は行いを改める様子も無いので、密かに父になりかわり毎日鳥羽の離宮へお見舞いに行っていると話す。重盛は藤作の気骨を見て取り、父清盛に頼んで藤作を武士に取り立て、鳥羽の院の警護を任せようと言って藤作を帰らせる。藤作は心のうちで、院の警護につくことが出来れば、かねての計画である院を離宮から連れ出すことも容易になるのではと思い、勇んで離宮へと帰ってゆく。重盛は藤作の後姿を見送って、自分の推量通り、あの藤作はただものでは無いと言って先ほどの曲者の縄を切る。曲者が頭巾をとると平家の家臣飛騨左衛門であったので、他の郎党たちは驚く。そして、空になった駕籠を担わせて帰らせ、重盛と宗盛兄弟は徒歩で西八条の屋敷へ帰ってゆく。
四段目(切)
舞台は鳥羽の離宮。秋も深まり、枯葉をかき集める仕丁の又五郎、平次、藤作の三人が噂話をしているところへ官女の小侍従と名を変えた待宵姫と紅葉の局、ぬるでの局の三人が連れ立って縁先に出てくる。ぬるでの局は器量は優れているが、間の抜けた人物で、今日も自分を揶揄する「みごと」という言葉を真に受けて、周囲のものの失笑をかっている。小侍従はこのやりとりを利用して和歌で藤作に合図を送る。ぬるでの局と紅葉の局が中に入ると小侍従は庭へ降り、木陰で藤作とおちあう。藤作の身を気遣う小侍従は涙にくれるが、藤作はそんな小侍従を叱りつけ、院の様子を聞き出す。小侍従が言うには、昼の間は重盛が近くにいて、夜はぬるでの局、紅葉の局が側を離れず、院の気持ちを聞く機会が無いと言う。あせる藤作は夜になったら院を連れ出そうと決意し、小侍従に短刀を渡す。小侍従は脇へ短刀を挟むと奥へ入ってゆく。ここへ又五郎、平次の二人が戻り、寒さから紅葉を折ってたき火をはじめる。ぬるでの局はこの様子を見て、院に言いつけようと奥へ行くが、これを聞いた院は怒らず、詩の心にかなう事だと言って酒をふるまう。三人の仕丁は酒を酌み交わし、又五郎は泣き上戸、藤作は笑い上戸、そして平次は怒りだす。酔いがまわった三人は眠りに落ちるが、ひとり藤作が起き上がり、かねて隠しておいた刀を腰に小侍従の手引きで院のもとへ忍び込んでゆく。すると眠っていたはずの二人の仕丁が起き上がり、帚に仕込んであった刀を抜き、藤作(行綱)の出てくるのを待つ。院を背負って表に出てくると、仕丁ふたりは平家の家臣越中盛次と上総忠光であったと明かす。盛次と忠光を相手に戦う行綱。ところが院と思い背負って出た男が、待宵姫を足で押さえつけ、薄衣を脱ぐと布引滝で死んだはずの難波常俊であった。常俊は主人重盛から命を受け、布引滝の一件で死んだことにし、密かに鳥羽の院と入れ替わり妻の紅葉の局と共に離宮に入り込んだことを話す。また本物の院は重盛の館にいることを明かし、ニセの院でよければ連れていけと罵倒する。行綱が死にものぐるいで立ち向かおうとすると、どこからともなく白羽の矢が行綱の袖に刺さる。矢を射たのは重盛で、その矢も布引滝で行綱が重盛に射かけた矢であった。行綱は布引滝で命を助けられた恩にしばられ手向かいができなくなり、おとなしく縄にかかる。また成忠卿も平家への謀反の罪で罪人の乗る輿に乗って、ぬるでの局に付き添われ現れる。ぬるでの局は成忠卿の娘園生で、幽閉状態の父親に孝を尽くしたいと、ぬるでの局と名を変えて傍近くに仕えていた。また園生は重盛の妻でもあり、その板挟みで悩むうちに正気ではいられず、人から蔑まれるようになってしまったと嘆く。重盛もまた院への忠義と父清盛への孝、この二つに苦しむ気持ちを打ち明けて、泣き沈む。そうして、成忠卿は流罪に、行綱は重盛の指図で盛次に預けられる。待宵姫は女であるからと許されるが、行綱との別れを悲しみ和歌を詠み合って別れる。

五段目
舞台は木曽。権の頭兼任を頼って信州へ逃れた駒王丸と家臣の手塚太郎(太郎吉)は、追手の目を逃れるために兼任の子次郎、四郎、そして兼任が預かっている根の井の小弥太の息子三郎と五人で民間に育つ。ある日五人が柴かりに出かけた帰り道に、太郎が柴を届ける約束があると言って一人で山を降りて行く。すると日ごろ生意気な駒王丸がほかの三人と喧嘩をする事態になる。駒王丸は小さいながらも俊敏で、三人はかなわず乱暴をわびる。ここに兼任が現れ、駒王丸の素性は息子たちにも隠していたが、駒王丸が息子たちから大将と敬われるように今日の喧嘩をしかけたと話す。駒王丸は平家を討ち滅ぼすために良い家来が欲しかったと機嫌良く三人を家臣にする。駒王丸は兼任に母葵御前とともにかくまってもらった礼を述べ、名を木曾義仲と改める。ここへ葵御前を背負った手塚太郎が息をきらして駆けつけ、麓に平家の追手が押し寄せていると告げる。兼任は以前より、このような時のために日頃から五人の子供たちを山に入らせて抜け道も覚えさせておいたと語り、葵御前と若君をつれて傍らの木陰に隠れる。ここに行綱と男装した待宵姫が通りかかり、兼任の家を探していると手塚太郎に話しかける。太郎は二人を平家の手の者と思い、すきを狙って短刀で切り掛かる。行綱は太郎の手首を押さえ、短刀の銘「金刺」を見て、息子の太郎吉であると気がつく。義仲親子とも顔を合わせ、行綱は鳥羽の離宮の一件を語り、その後重盛の情けで助けられはしたものの、重盛の恩にしばられて、平家討伐には動けなかったと語る。その重盛が亡くなり、もう遠慮する人もなく院より平家討伐の院宣を賜り、妻の待宵姫とともに駆けつけたと話す。行綱は院宣の入った錦の袋を義仲に捧げ、一同とともに戦いの準備をはじめる。多勢の平家に立ち向かうため策をめぐらす子供たちは、それぞれの戦略を語る。次郎は樋の口(水門)を使って軍勢を陥れる方策を考え、四郎は野中の井戸(泉)に敵を誘い込む方策を考え、三郎は片袖を切って松の木にかけて、寺の銅鑼などを鳴らし、軍勢が押しよせたように見せて敵を欺く方策を考えだす。行綱はこれらの子供たちの戦略に因み次郎を樋口次郎兼光、四郎を今井四郎兼平、三郎を伊達三郎と名付け、手塚太郎とともに木曽殿の四天王と呼ばれるような手柄を立てよと励ます。平家方の高橋長常、飛騨左衛門は兼任の館を探し回ったあと、山に登ってくる。山道に不案内のため次郎と四郎に道案内をさせるが、軍勢は子供たちの罠にかかる。また高橋長常、飛騨左衛門は三郎と兼任、行綱の計略によって討ち取られ、一同は平家を討ち滅ぼすために都へ向かう。