源平布引滝(松波琵琶)
四段目
音羽山の段
舞台は清水寺に近い音羽山。
源氏の嫡流という血筋に生まれながら、平家の世となって浪人の暮らしを続ける多田蔵人行綱は、鳥羽の離宮へ幽閉された院を助け出し院宣を賜って平家を討ち滅ぼす手だてとして、妻の待宵姫と娘の小桜を離宮に忍び込ませている。行綱はこの大望の祈願をと清水寺へ向かう途中で一人の検校と案内のために付き添う男の二人連れを見かける。この松波検校は鳥羽の離宮へ平重盛に召し出されて向かう途中に、案内の男に騙されて盗賊の巣窟となっている音羽山へ連れて行かれてしまっていた。案内の男は実は盗賊で検校の装束を手に入れようとしていた。検校は盗賊の男に、今日の離宮での勤めが済んだら必ず礼をするから見逃してくれと頼む。それでも聞き入れない男は装束に手をかけ、検校に抵抗されて、刀を抜き突き刺す。苦しい息のうちに検校は自分が源氏の武士であった事、目が見えたのならば、こんな死に方はしなかったであろうにと嘆く。男が装束を持って行こうとすると手裏剣が飛んで来て、盗賊の男を仕留める。手裏剣を投げたのは行綱で、松波検校の傍らに寄り、検校の無念を晴らしたことを告げる。また検校から源氏の武士であったことを聞くと、自分もまた源氏の多田蔵人行綱であると明かす。そして、妻子を鳥羽の離宮へ忍び込ませて清盛を討つ機会を狙っているが、いまだに討つことが出来ず、何か良い方法はと思っていたが、この検校の装束を使って離宮へ入り込み望みを遂げたいと頼む。検校は自分もまた院への忠義のために、この機会に何か役立てることがあったらと考えていたが、このような災難によって、それも叶わず、もし行綱の役に立てるのであるならば、この世に思い残す事は無いと言って亡くなる。行綱は松波検校の死骸を傍らの松の下に置き、検校の装束を持って鳥羽へ向かおうとする。そこへ平家方の難波六郎が行綱とすれ違い、行綱の刀のこじりを引こうとすると行綱は六郎の持っていた灯火を蹴り上げて落し、暗闇にまぎれて行方をくらませる。

松波琵琶の段
舞台は鳥羽の離宮。
院に仕える官女若葉の局たちが清盛の指図で幽閉状態におかれている院の噂をしているところへ、離宮の脇門を警護している役人が松波検校の到着を告げにくる。まもなく松波検校になりすました行綱が盲人を装って広縁から入ってくる。取り次ぎを待つ間に、官女の紅葉は立ち寄って「寒いので火鉢にあたったら」と言いながら、火鉢を脇へそらす。検校は「さっきまでここにあった火鉢を脇へずらすとは意地悪な」と言えば、紅葉は驚き、今度は近くにあった紅葉の一枝を検校の鼻先に近づける。すると今度は「見る人も なくて散りぬる奥山の もみじは夜の 錦なりけり」と古歌を口ずさんで、もみじの枝を言い当てる。紅葉は驚いて、この奇妙な検校のことを院へお聞かせしようと立ち上がり、検校は自分も一緒にと頼むが、そのまま奥へ行ってしまう。おきざりにされ、途方に暮れる検校に、官女の小桜が案内をしようと申し出る。小桜は検校の顔をつくづくと見て、「やあ、とと様」と言う。検校は娘の小桜を制し、母待宵姫の安否を尋ねる。小桜は清盛を狙って返り討ちにあい亡くなった母のことを話す。そして、父の身を案じ、言いつけられた事は自分がするからと言って行綱に帰るように頼む。そんな小桜を行綱は励まし、院の警護の様子や居場所を確かめる。人の気配が近づき、そしらぬ風に小桜の案内で行綱は奥へ入って行く。ここへ仕丁の藤作、又五郎、平次の三人が紅葉の枝を折ってたき火を始める。これを見咎めた若葉の局は院へ知らせると言って奥へ入って行く。驚いた仕丁たちは急いでたき火を消そうとすると、今度は紅葉の局が酒を持って現れ、紅葉を焼くとは詩の心に叶うとの院の仰せで、酒をくだされたと言う。これで心おきなく、酒を飲む仕丁の三人であったが、次第に酒がまわったところへ小桜が院の和歌を書いた短冊を持って庭に出てくる。すると平次は小桜を多田行綱の娘と見抜いて父親の名前を言うようにと執拗に迫る。酒に酔った仕丁たちが泣き上戸、笑い上戸、怒り上戸の酔態を見せながら小桜のことを責めたり、かばったりする。詮議の邪魔をする藤作と又五郎を追いやった平次は小桜を縛り上げ、木に吊るして拷問しはじめる。奥からでてきた検校は娘の泣き声に足が止まり、平次にどうしたことかと尋ねる。平次は小桜が多田行綱の娘であると白状しないので、拷問していると答え、なおも小桜を責め続ける。行綱は拷問にあっても父親の名を明かさない小桜を褒め、それを聞いて訝る平次に「よく言い含めたものだな」と言って紛らわす。平次は検校にも頼みがあると言って、琵琶を聴かせて欲しいと言う。琵琶は古来より心の中の事が音に現れると言われているので、うかつに弾くことが出来ないだろう。もし弾く事ができないのなら、かわりに小桜の拷問をせよと詰め寄る。検校は心を押し鎮め琵琶を弾きはじめるが、小桜はなおも拷問され続ける。苦しい息をつきながら、小桜は検校に向かい、どんな事があっても父親の名は口に出さない。見ず知らずのあなたではあるが、不憫だと思ってくださいと言う。検校はその覚悟を褒め、小桜はここで死ぬことは覚悟の上であるが、母の死目にも逢わなかった自分であるから、せめて父の顔が見たいと嘆く。行綱はこらえかね、庭に降りると小桜を抱きしめ、涙を流す。そして、検校を行綱と見破った平次は帚に仕込んであった刀を抜き、行綱に切り掛かる。行綱は小桜を脇に抱えて平次の刀をかいくぐり、奥庭に駈け入る。平次は実は難波六郎で、さきほどの二人の仕丁は平家の武士越中と上総であった。逃げる行綱を追って離宮の庭は騒然となる。

紅葉山の段
舞台は鳥羽の離宮。
紅葉の庭に逃げ込んだ行綱は多勢を相手に戦ううち、遠くから射られた白羽の矢が行綱の袖に刺さる。行綱が名乗りもせずに遠くから矢を射るとは卑怯であると叫ぶと、平重盛が難波六郎、越中、上総の三人を従えて名乗り出る。重盛は行綱に矢を当てるのは簡単であるけれども、行綱のような勇士を失うのは武道の道を知らない人間のすることであるので、わざと狙いを外した。また、その矢は布引瀧で行綱が重盛に放った矢であると言い、当時より重盛は矢を射たのが行綱であると見抜いていたと話す。そして、重盛は院の事は自分が守るので、心配はいらない。まずこの場は一旦引きあげて仲間を集め、旗揚げせよとさとす。上総、難波、越中の三人も、その時こそ行綱の首を取る所存であると告げ、行綱、重盛も戦場での再会を誓う。