芦屋道満大内鑑
一段目
舞台は東宮御所。
朱雀帝の皇子、桜木親王は皇太子となり左大将橘元方の娘を東宮妃に、参議小野好古の娘六の君を妃の一人として迎えている。朱雀帝はその治世に落ち度らしきものが無いにも関わらず、白虹が月にかかる事を不審に思い、桜木親王のもとで審議するようにと命じる。左大将は親王に向かい、月は唐や天竺より見ても同じ月であるから、他の国で起こる凶事の予兆であるかも知れず放っておけば宜しいと述べる。また、参議小野好古は国内であっても日食、月食は見える所と見えない所があるのだから、現在見える天変を見過ごすべきでは無いと言上する。重ねて好古は天文暦道の家柄である加茂家の娘、榊の前を連れてきているので、御前へ呼び、意見を聞きましょうと勧める。桜木親王の前へ呼び出された榊の前は初めての宮中に緊張しつつも平静さを保って御前に出る。左大将は榊の前に向かい、男子に生まれれば父親の加茂保憲の跡継ぎとなるべき年頃であるのだから、知識もそれなりにあるだろうと意見を問う。榊の前は天変について、太陽に白虹がかかったならば朱雀帝に悪い事の起こる兆候であるが、月ならば皇太子に起こる難儀であると説明し、また月の傍にある「女」と「鬼」の星座を見れば「嫉妬」による凶兆であろうと説き、桜木親王に仕える女性に慎みがあれば何の心配も無いと安堵させる。榊の前は亡き父保憲が唐土の伯道仙人から金烏玉兎集という書を伝えられ、その書によって悪い運命を良い運命に変える方法を会得して帝に仕え天文暦道の大家となった話しをする。また、保憲は亡くなる前にその書を弟子の保名に伝えようとしていたが、急病で亡くなったために、未だに館のうちの大元尊神の社に納められていると言う。もしこの書を弟子の保名か道満が受け継いだならば、このような時にお役にたてるでしょうと進言する。そこに好古の娘六の君が現れ、榊の前から「女の嫉妬」による凶兆と言われた事を気に病み、尼になりたいと父に頼む。また東宮妃も出て来て、六の君が尼になるならば、自分も尼になってともに暮らしたい言い出す。桜木親王は二人の出家を止め、奥に入らせる。桜木親王は榊の前の進言を受け、保名と道満の素性を尋ねる。左大将は道満について自分の家来芦屋兵衛という者で、保憲の一番弟子であると言う。また好古は自分の家来希名というものが師匠の「保」をいただいて阿倍の保名と名乗っていると答える。二人の話しを聞いた桜木親王は保憲の二人の弟子、保名か道満に金烏玉兎集を伝えるようにと言い、そのどちらを選ぶかは大元尊神の神慮に従うようにと言って、左大将の執権岩倉治部と好古の執権左近太郎に立ち会うよう命じる。

一段目
舞台は内裏からの帰り道。
榊の前が内裏から乗り物で帰ろうとすると、保名の家来である与勘平に呼び止められる。与勘平は主人保名から榊の前に宛てた手紙を渡し、榊の前は恋しい保名からの手紙を繰り返し読み、返事をしたため始める。榊の前が返事を書く間に与勘平は腰元衆に自分の名の由来を面白可笑しく話し、気さくな人柄が保名に気に入られているのだと腰元らから褒められる。榊の前が手紙を書き終わり、与勘平にあずけようとすると、突然の風に保名の手紙もろとも舞い上がって飛ばされてしまう。先を急ぐ榊の前は手紙が人に拾われたなら保名や自分にとって大変な事になるので、是が非でも手紙を取り戻して欲しいと与勘平に頼み、屋敷へ帰って行く。与勘平は風に舞う手紙を追って行く。

一段目
舞台は加茂館。
亡き加茂保憲の妻は髪を下ろして「後室様」と呼ばれ、血のつながらない娘、榊の前を憎みながらも表向きは優しそうに取り繕って暮らしている。その後室のもとへ加茂家の執権乾平馬が後室の兄である岩倉治部の到着を告げにくる。岩倉治部は座敷に入るとずかずかと上座に座り、保名が書いた榊の前への手紙を見せる。また、籤によって金烏玉兎集を相続する人物を決める事が不安な岩倉は、何か手に入れる方法はないかと後室に相談する。後室は落ち着き払って金烏玉兎集を取り出し、保憲は生存していた頃にこの書を保名へ伝えて、榊の前と夫婦にしようと吉日を待っていたが、保憲がその前に急病で亡くなった事を説明し、それは保名の運が弱く、後室や岩倉治部の運が強いからだと言う。その運の強い我々が籤をひいて負けるような事は無いだろうが、回りくどい方法を選ばずに横取りしておいたと話す。岩倉治部は箱の鍵は榊の前が持っているはずなのに、どうやって手に入れたのかと尋ねる。後室は榊の前が眠っている間に鍵の寸法を計り、合鍵を作って箱の錠を開けたと言う。岩倉治部はこの書によって出世が叶うと喜び、罪を保名になすりつける方法もあるだろうと喜んで後室とともに奥の間へ入って行く。そこへ榊の前があらわれ、腰元たちに飼っている小鳥籠を並べさせ、保名の来訪の合図である鷹を待つ。ほどなく鷹が飛来して小鳥の籠を掴み、榊の前は保名が来た事に気づく。榊の前は木戸を開けて保名を屋敷の内に入れ、鷹は与勘平の手に戻される。与勘平は小鳥の入った籠を捕まえながらも食べる事が出来ない鷹をなぐさめながら帰って行く。榊の前は運の悪い保名を気遣い、籤が保名に当たるように祈ろうと言って励ます。保名はそんな榊の前に感謝するが、つい平服で来てしまった事を気にする。榊の前は亡き保憲の礼服である素袍、烏帽子を貸し与える。師の礼服に保名は感謝し、身につけようとするが、左近太郎の到着を告げる腰元の声に、二人でいる所を見つけられたくないと保名は他の部屋へ隠れる。一同が揃い、籤の準備が整うが、岩倉治部は金烏玉兎集を出して神前に供え、その前で籤をひこうと言い出す。後室が扉の鍵をあけ、榊の前に箱の鍵をあけるように促す。榊の前は箱の鍵をあけ、中に金烏玉兎集の無いのを見て驚く。後室は榊の前に向かって「盗んで誰に渡した?」と聞き、榊の前が扉の合鍵を作り、保名へ渡したのであろうと責める。保名も部屋から引きずり出され、左近太郎は後室や岩倉治部の手前、庇うことも出来ずに白状するようにと迫る。後室は保名と榊の前を押さえつけ、信太の庄司の娘であった榊の前を可愛がって育てたのにと二人を打擲する。榊の前は自分ひとりを打擲するようにと頼み、保名は身に覚えのない汚名であるが、師の妻に手向かいもならないと絶望して差添を引き抜き切腹しようとする。これを見た榊の前は、その差添を奪い自分の喉に突き立てる。榊の前は亡き父から保名とゆくゆくは夫婦にと言われ、その言葉に甘えて恋仲になった事を話し、金烏玉兎集のありかも推察できるが、口に出して言う事の出来ない人なので身の潔白は神仏が証人と言い残して亡くなる。榊の前の亡骸を前に保名は気が狂い、制止を振り切ってさまよい出て行く。策略が成功したと思った乾平馬は邪魔な左近太郎に早く帰るようにと言おうとするが、太郎に投げ飛ばされる。後室は左近太郎の狼藉に怒り出すが、後室の落とした合鍵と榊の前の鍵、二つを見て逃げ出そうとする。平馬は太郎に切り込まれ、奥の部屋へと逃げて行く。駆けつけた与勘平は後室の首に注連縄を巻き、扉の上に縄をかけて後室を吊り上げ絞め殺す。そして平馬も太郎に成敗される。太郎は事の真相を保名に伝えれば正気に戻るだろうと言って与勘平に後を追わせる。

二段目
舞台は岩倉治部の屋敷
金烏玉兎集を奪い取り、屋敷に隠す岩倉治部のもとへ密事の相談のために石川悪右衛門と娘婿芦屋道満がやってくる。岩倉治部は後室の悪知恵で金烏玉兎集を得たものの、妹である後室を殺され、榊の前も自害したと話す。悪右衛門は保名の仕業であろうと言って詮議を勧めるが、岩倉は保名が行方知れずであるので、まずはこの金烏玉兎集の事を相談したいと言う。この書を奪ってみたものの、読んでみてもさっぱり解らない岩倉は、保憲の弟子であった道満にこの書を与え、陰陽道の大家となって左大将の為に使うようにと命じる。岩倉治部は左大将の娘が桜木親王の正妃になっていても、未だに懐胎の様子が無いのが気がかりで、その書にある方術で懐胎させる事はできないかと道満に聞く。道満は、そうした罪の無い方術ならばたやすい事であると請け合い、白い狐の生き血を取り、妃の寝所の下に日に向かって土中に埋め、ダギニの法を行えば男子懐胎は間違いないと言う。岩倉はそれを聞いて喜ぶが、白い狐を手に入れる方法はどうしようと悪右衛門に尋ねる。悪右衛門はその捕獲を約束し、岩倉はもうひとつの難題として、桜木親王が小野好古の娘六の君を寵愛している事によって、六の君が先に懐胎することを懸念する。岩倉は、以前から六の君を略奪しようと企んでいたが、内裏の警護が厳しく果たせなかったと言い、金烏玉兎集になら人を呼び出す方術もあるだろうと相談をもちかける。道満はその方術はあると答えるが、岩倉や悪右衛門が六の君を殺すつもりであると分かると、その悪心を諌める。岩倉は道満が妹花町を好古の家来左近太郎へ縁付かせた事で好古を主君だと思うようになったのかと疑う。岩倉の娘築羽根を妻に迎えている道満は、築羽根と金烏玉兎集を取り上げ、その裏切りを左大将の耳にも入れると岩倉から脅される。道満は舅岩倉の疑いを晴らすために、六の君を呼び出す呪文を書き、その札を六の君の住まう北門近くに貼るよう指示し、殺害場所をどこにするのかと尋ねる。岩倉は御菩薩池に六の君を沈める所存であると言い、悪右衛門は自分がそれを実行すると言い出す。悪右衛門は岩倉に、もしこの仕事がうまく運んだならば、以前から頼んでおいた伯父の信太の庄司の所領とその娘葛の葉を貰いたいと頼む。

二段目
舞台は内裏の北門
悪右衛門は道満の書いた神符を貼付けようと、桜木親王の住まう御殿に近い北門にやってくる。道満の教えた通りに神符を貼ると、心も虚ろな状態で六の君が門から出てくる。悪右衛門は六の君を担ぎ上げると御菩薩池へと急ぐ。

舞台は御菩薩池
鞍馬口の御菩薩池まで来た悪右衛門は、六の君を肩から下し一息つく。自分が殺される事を知った六の君は恐ろしさに泣きながら、なぜ自分がこんな目にあうのか殺す前に教えて欲しいと願う。悪右衛門は桜木親王の正妃の邪魔になるから殺すのだと答えると、六の君の袖に石を押し込み池に投げ込もうとする。すると、非人の大男が草むらから出て来て悪右衛門を池に投げ込み、六の君を背負って姿を消す。

二段目
舞台は和泉国信太神社
信太の庄司の娘葛の葉は毎夜みる不吉な夢が気がかりで、屋敷の腰元達とともに信太神社へ参詣に来ている。その不吉な夢が姉榊の前に起こった凶事のお告げではないかと葛の葉は不安を打ち明けるが、腰元達は、葛の葉につきまとう悪右衛門と縁が切れるという吉兆であろうと言ってなぐさめる。葛の葉は気を取り直し、父母が来るまで待って一緒に参詣しようと張り巡らされた幕の中に入って行く。そこに榊の前を失って気の違った保名がさまよいながら歩いてくる。後から与勘平が追いつき、人目を恥じて連れて帰ろうとするが、保名は与勘平の手を振り切り木の枝に榊の前が身につけていた小袖をかけて
,その面影を追う。この様子を幕の中から見ていた葛の葉は、品のある都人の狂い乱れる様子が気にかかって幕の外に出てくる。葛の葉を見た保名は榊の前に生写しの姿に思わず抱きつこうとするが、腰元達に止められる。与勘平は葛の葉が亡くなった保名の恋人にそっくりである事を説明し、何か優しい言葉をかけて貰えたならば、正気に戻る事もあるだろうと腰元達に葛の葉への取りなしを頼む。腰元達も葛の葉の力で保名を正気に戻す事ができるのであるならば、それは善行であると取りなす。葛の葉は恋人を失った保名を気の毒に思い、早く正気に戻って帰るようにと言葉をかける。保名は気を鎮めて、葛の葉の顔を見る。その顔が榊の前に似ていると思ううちに、保名ははっきりと榊の前とは別人である事に気がつく。正気に戻った保名に葛の葉は木にかけてある小袖が姉の物に似ていると言い、保名の亡くなった恋人が姉榊の前であった事を知る。保名は葛の葉が榊の前の妹であると聞くと、これからは葛の葉を榊の前と思って慕うつもりであると気持ちを打ち明け、姉の死のいきさつを話そうと共に幕の中に入る。主人を正気に戻した与勘平の機転を腰元達が褒めてからかうと、与勘平は木陰へ逃げ込む。
やがて庄司夫婦が到着すると、亡き姉の小袖を身につけた葛の葉が幕の中から出てくる。その小袖に見覚えがある母親は葛の葉に事情を聞くが、葛の葉は涙にくれるばかりだった。見かねた保名は幕から出て来て、庄司夫婦に榊の前が後室の悪巧みによって亡くなったいきさつを話す。そして葛の葉を妻にと保名は望むが、庄司の甥悪右衛門も葛の葉を貰いたいと申し出ていて、その悪党ぶりに返事もせず放ってあるので、すぐに返事もできないと答える。そこへ獲物を追う鐘や法螺貝が響き、白い狐が逃げ込んでくる。狐は稲荷の使いであり、不思議な力を持つ生き物であるからと保名は狐を助けるために抱き上げて傍らの祠に隠す。遠くから狐を追ってくる人物が悪右衛門であると気づいた保名は会う事を避ける為に幕の中に入る。一行に気がついた悪右衛門は庄司夫婦に向かって、夫婦が遊山のかわりに婿の自分が働いていると嫌みを言って無理矢理に葛の葉を連れて行こうとする。庄司夫婦がそれを止めようとして悪右衛門にねじ伏せられると、保名は幕から出て庄司一家を助けようとする。与勘平に供をさせて一家を逃した保名は悪右衛門の手下たちに捕まって傷を負い、その無念さに自害しようとする。するとそこに葛の葉が現れて自害を止め、庄司一家を送りとどけて引き返して来た与勘平の活躍もあって悪右衛門らは退散する。保名夫婦は喜び、しばらくは隠れ住んで時節を待とうと安倍野を目指す。

三段目
舞台は左大将橘元方の屋敷
桜木親王の妃六の君を御菩薩池へ沈めるつもりが、突然あらわれた非人に奪われ、その悪事が露見する事を恐れる左大将は、家来の早船主税に命じて六の君の行方を探していた。主税が再び捜索に出かけようとするところへ岩倉治部が訪ねてくる。岩倉は主税を止め、六の君の居場所について心当たりがあると言う。岩倉は、娘の築羽根(道満の妻)が嫉妬から夫婦喧嘩をして実家へ駆け込んで来たいきさつを話す。道満は屋敷の中にダギニ天を勧請した小さな神殿を作り、不浄であるからと家の者も近づけないようにしているが、中から女の忍び泣きが聞こえてくるために、築羽根は夫を疑い、夫婦喧嘩になったと言う。その事から岩倉は道満が六の君を匿っているのだろうと目星を付ける。左大将は岩倉の話しを聞いて、道満の妹が左近太郎のもとへ縁付いていることを思う。しかし、道満が左近太郎のために助けたのであれば、すぐにその主人である小野好古へ六の君を渡すはずなのに、自宅に匿っているという事が引っかかって、判断が下せない。そんな左大将に岩倉は連れて来た築羽根を引き合わせ、直接問うことを提案する。そして左大将は築羽根の肩を持つふりをして、真相を探ろうとする。築羽根は道満を見初めたころの話しをして父親を苛立たせるが、話すうちに逆上して父親の胸ぐらにつかみ掛かる。左大将は道満を呼んで夫婦の仲直りをさせようと言い、築羽根は安心して奥の部屋へ去る。岩倉は捕り手に道満を縛り上げさせ、拷問で白状させようと言うが、左大将は道満を左大将の屋敷に引きつけておいて、留守になった道満の屋敷を捜索する方が良かろうと言う。やがて道満が左大将の屋敷に到着し、舅の岩倉に挨拶して、築羽根との夫婦喧嘩について後で話しがしたいと言い残し、左大将のもとへ行く。岩倉は急いで馬に乗り道満の屋敷へ向かおうとするが、左大将との密談を聞いていた築羽根が父の馬に取りすがって止めようとする。しかし岩倉は築羽根をはねのけて道満の屋敷へ向かう。

三段目
舞台は道満の屋敷
屋敷の女達が庭掃除をしながら実家へ戻った築羽根の噂をしているところへ、左近太郎の妻花町が実家へ戻ってくる。花町は左近太郎から離縁された面目なさに、沈んだ様子で父将監に会うため奥へ入って行く。そこへ岩倉治部がやってきて、詮議のため将監に面会したいと横柄な態度をとる。将監は静かに応対するが、岩倉はダギニ天を勧請した部屋を壊すと言って駆け入ろうとする。そんな岩倉を将監は引き止め、息子道満が預かった大事な金烏玉兎集をおろそかに扱っているのではないかという詮議ならば、その心配はないと言う。岩倉は築羽根の訴えにより、道満が六の君を匿っているに違いないという。将監は否定して、戸を開けるようにと迫る岩倉に、鍵を持った道満が帰るまで待って欲しいという。しかし、岩倉が無理に鍵を壊すと将監は怒って岩倉を突き飛ばし、鍵を壊されては留守を預かる自分の立場がないと言って刀を抜こうとする。岩倉は左大将の使者を切るつもりかと将監を脅す。主君に敵対する事を恐れた将監が黙って見守っていると、岩倉は勧請所の中から六の君を引き出し、将監の前に突き出す。花町は父の脇差しを持って駆け寄り、夫左近太郎が探していた六の君を渡してもらいたいと言う。六の君を渡すつもりのない岩倉と取り戻したい花町が睨み合う間に将監が割って入って、自分に六の君を預けて欲しいと願う。岩倉はせせら笑い、六の君を連れ去ろうとして、三人は切り合いになる。そこへ道満が帰り、岩倉の首筋を掴んで投げ飛ばす。岩倉は自分が帰るまで左大将のもとにとどめるはずだった道満が戻って来たのを見て、左大将を言いくるめたのだなと察する。左大将の屋敷で道満は六の君を匿った事が露見したと気づき、全て左大将に打ち明けて解決済みであると答える。その様子が知りたければ、左大将の屋敷に戻って直接聞くようにと言い岩倉を屋敷から追い出す。将監は六の君をすぐに父親である好古へ戻さなかった道満の心底を訝る。道満は左大将のために心ならずも六の君を誘い出す呪符を書いたが、御菩薩池で殺されるのを非人になりすまして助け、自宅に匿ったのは主君左大将への忠義をたてるためであったと涙ながらに打ち明ける。これを聞いた六の君は自らの運命を嘆き、殺して欲しいと言い出すが、道満は腰元達に六の君を入浴させ、髪も上げて憂さ晴らしの宴会の準備をせよと指図して奥に入る。花町は将監に自分が左近太郎から離縁された理由が兄道満の書いた呪符であった事を話し、六の君を好古に返してくれたならば、その離縁話も消えるだろうと喜ぶ。将監は主君を思う道満の心底を思いやり、六の君の髪を上げるようにと腰元達に指図したのは、打首にして左大将へ差し出すつもりだと説く。花町はその言葉に気が沈み、返事も出来ずに涙ぐむ。道満と花町の心情を察する将監は、道満に向かって六の君の命を奪うつもりであるのかとただし、それは左大将の悪名となる事であるが、あえてその行為をするというのは自分の諫言に耳を貸さない左大将を陥れる魂胆ではないのかと問う。道満は父の推察を否定し、六の君の打首を持って参じたならば、自分もその場で切腹する所存であると打ち明ける。将監は六の君の首を討って、その命を助ける方法があると言い出す。花町は自分が六の君の身代わりになる事だろうと察し、その覚悟を決めるが、将監は自分が六の君を連れて逃げるところを息子道満に殺されれば、左大将への言訳もできて六の君を殺さずに逃れさせる事もできるだろうと言う。しかし、道満と花町は父親を殺す事に納得できず、思案も尽きて夜が更けていく。

三段目
舞台は道満の屋敷の奥庭
夜も更けて奥庭で夫左近太郎を待つ花町の前に、人目を忍んで築羽根が戻ってくる。花町が嫉妬から道満を窮地に立たせてしまった築羽根を責めると、築羽根は花町に討たれて夫の家で死ぬ事ができれば本望であると潔く首を差し出す。その様子に夫を思う心根を見た花町は築羽根を許し、ふたりで六の君を助け出そうと心に決める。やがて頭巾を被り夜回りの姿で現れた男とともに三人は屋敷の中に入って行く。すると、もう一人の頭巾姿の男が屋敷の中へ忍び込む。最初に入り込んだ三人が六の君を連れて逃げようとすると、鑓を手にした道満が行くてをふさぎ、「顔は隠しても左近太郎だと分かっている。六の君を置いて行くならば命は助ける」と言う。しかし男は何も言わずに道満に切りかかる。切り合ううちに道満の鑓で脇腹を刺され、男がその場に倒れたのを見た花町は夫の仇とばかりに道満に切り掛かる。花町の手を道満がねじ伏せると、男は道満を止めて頭巾を脱ぐ。男の正体は道満と花町の父将監で、二人が敵対するのを避ける為に左近太郎のふりをして自分の屋敷に忍び込んだと話す。道満は自分の手で親を殺すことになった罪深さに自害しようとするが、後から屋敷に忍び込み、姿をあらわした左近太郎に止められる。左近太郎は命がけで六の君を守った将監に感謝し、その恩返しとして桜木親王へは左大将の悪だくみを言わずにおくと言う。その言葉を聞いて安心した将監は家族に見守られて息をひきとる。そこへ岩倉治部が戻り、左大将へ約束した六の君の打首を早く出せと罵る。すると築羽根は鑓を手にして、岩倉を背中から刺し通す。父岩倉を殺した築羽根はそのまま自害しようとするが、道満に止められる。道満は妻築羽根も自分も父親殺しの不孝ものであると言い、その菩提を弔うため二人とも仏門に入る事にする。左近太郎は出家したとしても陰陽道の達人である道満が存命であるのは国家の宝であると言い、亡き将監も満足しているだろうと道満の決心に納得する。また左近太郎は岩倉の死をどう処理するのかと気にかけるが、道満は岩倉が将監に討たれたという事にすれば問題もないだろうと言い、左近太郎に六の君を好古のもとへ送るように頼む。

四段目
舞台は保名住家
安倍野に暮らす保名と妻の間には男の子がひとり生まれている。機織りの合間にその子を寝かしつけるが、木綿の買い付けがしたいと男が立ち寄る。男は家の中をジロジロ見回し、その怪しい様子に断られて帰って行く。そして妻が再び機織りを始めたところに、葛の葉とその両親が訪ねてくる。父親は六年もの間、何の連絡も寄越さなかった保名の心をはかりかねて、母と娘を置いて、ひとりで保名の家に入る。しかし保名はおらず、機織りの音に気づいて、その部屋を覗くと、葛の葉にそっくりな女が機織りをする姿に驚く。急いで葛の葉と母親のもとに戻った父親はその異様なほど葛の葉に似た女の事を話す。その様子を聞いた葛の葉と母親も障子の破れたところから中を覗く。二人は当人でさえも疑いたくなるほど似た女を見て驚き、葛の葉は急いで母親の手を引いて、その場を離れる。思いがけない展開に三人が途方に暮れていると、そこに保名が帰ってくる。夫婦は葛の葉を保名へ渡したいと言うが、保名は妻が自分の留守に父母と対面を済ませていたのだと思い込む。保名は信太の社で悪右衛門の狼藉を受け自害するところを現在の妻に止められ、それから流浪のあと、安倍野に落ち着き、息子安倍の童子をもうけたと話す。保名は長いこと連絡もしなかった事を詫びるが、葛の葉の父親は先ほど見た葛の葉そっくりの女の事を尋ねる。葛の葉が目の前にいるにもかかわらず、機織りの音がする不思議さに保名も機織り部屋の中を覗く。すると、やはり葛の葉そっくりの女が機を織っていて、保名も肝をつぶす。父親は悪右衛門の讒言によって代々の所領を没収され、吉見の里でひっそりと暮らしていたが、葛の葉は保名への思いが深く、病となっていたと話す。その病が保名の住家がわかった途端に直り、こうして連れて来てみた所が、二人の葛の葉を見ることになったと説明する。保名は葛の葉の父親から事情を聞き、機織りをしている女は人間ではないと気がついて三人を物置に隠すと何気ない様子で機織りをする妻に声をかける。保名は妻の両親に四天王寺で偶然に出会ったと言い、あとでここを訪ねてくると伝える。保名は妻の様子に注意をはらうが、いつもと少しも変わらない様子に、妖怪変化は両親の方ではなかったのかと疑いつつ、奥の間に入って様子をうかがう。すると着替えた妻は童子を抱き上げ、自分は悪右衛門に追いつめられ、保名に助けられた狐であったと語る。その恩返しのために自害しかかった保名を助け、今まで夫婦として暮らして来たが、もう夫や子とも別れなければならないと泣き沈む。保名は奥の間から走り出て、妻を思いとどまらせようとするが、妻は童子を置いて姿を消す。葛の葉は童子を自分の子と思って育てる決意をするが、童子は母を恋しがり、保名も妻を慕って嘆く。すると障子に妻の残した和歌があり、その和歌が妻の形見であると知った保名はいっそう悲しみを深くする。そこへ、先ほど木綿の買い付けの為に家に来た男が戻ってくる。この男は実は悪右衛門の家来で荏柄の段八と名乗る。段八は滋賀楽雲蔵、落合藤次とともに悪右衛門が慕う葛の葉をこちらへ渡せと迫る。保名は童子と三人に隠れているようにと言い、妻の残した機織り道具を武器に三人に立ち向かう。すると、いつも弱々しい保名が狐の助けを借りているかのように激しい戦いの末に敵を蹴散らす。一同が褒めそやす中、葛の葉ひとり憂いを浮かべ、童子を育てるために乳が欲しいと泣く。父親は葛の葉の心を察して、夜が明けたならば保名、童子とともに信太の森に向かうようにと勧める。

四段目
「道行信太の二人妻」
信太の森に帰る狐葛の葉とその後を追う保名、葛の葉、童子の道行。

舞台は信太の森
保名、葛の葉夫婦と童子の三人は信太の森に着き、狐の隠れていそうな所を探しまわる。なかなか姿をあらわさない狐に向かって葛の葉が、童子にもう一度会ってやって欲しいと呼びかけて嘆き悲しむ。すると狐は葛の葉の姿となってあらわれる。保名は走り寄り、愛しい子を捨てて、いったいどこに住むことができるのだとかき口説く。葛の葉も自分の代りに保名を支えてくれた事、童子を生み育ててくれた事を感謝し、また自分がノコノコ出て来たことで辛い別れをしなければならなくなった親子の心を思って泣き沈む。狐葛の葉は童子を抱き上げ、乳を含ませながら、正体を人に知られた後では、もう狐にかえって生きる他はなく、その掟を破れば未来も畜生界に生まれることになると言って、その苦しみからは逃れたいと話す。そして保名らの愛着を断ち切ろうと狐の姿に戻って帰って行く。
そこに芦屋道満が籠で到着する。保名は差添を葛の葉に渡して身構え、葛の葉は「姉の仇」と呼ばわって道満に籠から出てくるようにと叫ぶ。立ち騒ぐ下僕たちを押しとどめ、道満は籠を出る。僧の姿となっている道満を見た保名は金烏玉兎集を手に入れたかわりに仇と狙われる事になった我が身を守るための方便の出家だと思い込む。保名は出家であっても許すつもりはないと言って、道満に刀を手にするよう促す。道満は出家の事情が父将監の死にある事、また榊の前の自害は亡き保憲の後室と岩倉の仕業であると説明し、保名には亡き師の意思通りに金烏玉兎集を渡すつもりで来たと言う。そうして道満が金烏玉兎集を差し出すと、保名は平伏し道満に無礼を詫びる。そして自分はもう出世の望みは無いと言って、子の安倍の童子に書を伝えて欲しいと願う。道満は保名の意思を尊重して、童子に金烏玉兎集を授ける。童子はその巻物の表紙をじっと見て、金烏と玉兎のいわれを語り、道満と保名夫婦を驚かせる。道満は保名の教育によって、このように利発な子になったのだろうと褒めるが、保名は日陰者の忙しさに何も教えることは出来なかったが、童子の母親が年を経た白狐であったと打ち明ける。道満は唐の国に伝わる伝説を例えに出し、童子の秀才ぶりを試してみようと、膝に抱き上げて、問い始める。母の狐の力を借りた童子は、道満の質問にもよどみなく答える。道満も狐の守護を受けた童子を祝い、烏帽子親となって、その名を安倍晴明と名付ける。保名一家と対面を終えた道満が、帰る前に信太の社に寄りたいと願うと、保名は案内がてら道連れとなって同行する。葛の葉は保名から両親が訪ねてくるかもしれないからと言われて、童子とともに籠の中で待つ事になる。そこに悪右衛門が手下を連れてあらわれ、籠の中の葛の葉を見つけると、童子は人質にと言って籠ごと連れ去ろうとする。すると与勘平があらわれて籠を押しとどめる。切り掛かる悪右衛門らをかいくぐり、投げ飛ばす与勘平に敵は逃げていく。その後を追う与勘平が去ったあと、今度は刀の鞘に状箱をくくり付けた与勘平がヒョコヒョコと歩いてくる。葛の葉は与勘平の働きを褒めて怪我はなかったかと聞くが、身に覚えの無い与勘平は、保名の用事で一昨日から京へ行っていて手柄の覚えなど無いと答える。それを謙遜だと思い込んだ葛の葉が与勘平と言い争ううちに、悪右衛門が戻り、与勘平は刀を抜いて戦いはじめる。逃げる敵を追いかけていく与勘平に葛の葉は戻るようにと叫ぶが、悪右衛門の手下にさらわれそうになる。すると草の茂みの中からまた与勘平があらわれて、敵を蹴散らし、ここは危険であるからと戻って来た与勘平とともに籠をかついで逃げようとする。籠から顔を出した童子が二人の与勘平に喜ぶと、そっくりな互いの姿に気づき、どちらが本物かと言い争いを始める。葛の葉は、その解決策としてそれぞれの出生や経歴を問いただし、一人は確かに与勘平であると判明する。そしてもう一人は童子の母から頼まれて助太刀にきた狐野勘平であると言う。助太刀の狐野勘平に悪右衛門らの相手を任せた与勘平は童子を背負い、葛の葉を守って隠れる。狐とも知らずに戦い始めた悪右衛門の手下たちは野勘平に翻弄されて、命からがら逃げて行く。信太の社から戻った道満と保名は、葛の葉や与勘平から一部始終を聞き、信太の明神さまの加護であると遥拝し、帰り道も危険が伴うだろうと与勘平に提灯を灯すようにと言いつける。しかし、狐の霊力であたりはたちまち光に満ちあふれ、一行の行く先を照らし出す。

五段目
舞台は京、一条の橋
三年の月日が経ち、安倍晴明は8歳になっている。保名は晴明と葛の葉を連れて都に上り、小野好古へ帰参の願いをと一条の橋にさしかかる。すると向こう側から左近太郎が歩いて来て、好古も晴明の利発さを噂に聞き、明朝は参内させようとの心づもりで、保名一家の泊まっている旅宿へ迎えに行くところだったと述べる。保名夫婦は左近太郎が好古へ取りなしてくれたおかげであると感謝する。左近太郎は懇意の保名のためにしたことで、礼には及ばぬと言い、三人を好古の屋敷へ連れていこうとする。しかし保名は勝手に失踪した自分が好古の前に出るのは遠慮したいと言い、晴明さえ出世できればと葛の葉と晴明だけを好古の屋敷へ向かわせる。保名が一人で引き返す向こうから、悪右衛門が家来に長櫃を担がせて歩いてくる。保名はその様子に、何か魂胆があると思い、身を隠す。すると悪右衛門は、六の君を呪い殺すため、長櫃に藁人形を入れ、四十四本の釘を打ち付けて、呪詛の言葉を書き付け川に流すつもりであると言う。悪右衛門は以前、御菩薩池での失敗を思い出して、家来たちに非人が隠れていないかと探らせる。保名は飛び出して悪右衛門らと戦うが、橋板に足を取られてよろめいた所を大勢に襲われて息絶える。そして悪右衛門は保名の死骸を藁人形とともに長櫃に入れて川に流す。

舞台は内裏
桜木親王の御座近く、左大将元方ら諸卿が居並ぶなかへ小野好古が安倍晴明と葛の葉を伴ってあらわれる。好古は幼いながらも陰陽道の才能を持つ晴明を推挙し、道満と晴明が都にあれば天下の危機も予見する事が叶い、御代も長く続くでしょうと言上する。左大将は横から、晴明の父保名は失踪の果てに大道易者に身を落としていた人物であるのに、その子に陰陽道の才能があるとは思えない。道満ひとりで十分だと言って御前から退出するようにと命じる。これを聞いた葛の葉は唐土の秀才を引き合いに出し、幼いものでも才能のある場合があると言って、左大将をやりこめる。怒った左大将は葛の葉と晴明を引っ立てよと家来に命じるが、桜木親王がそれを止める。桜木親王は道満と晴明に術を競わせる事を提案し、左近太郎が長櫃を御前に据えさせる。左近太郎は一条の辺りで百姓が拾った長櫃であるが、開けるのは恐れ多いと、そのまま内裏へ持ち込んできたものであると説明する。左大将は見覚えのある長櫃に驚き、急いで御前から取り除くようにと言い出すが、桜木親王は道満と晴明にその長櫃の中身を当てるようにと命じる。道満は、まず晴明から中身を申し上げるようにと勧める。しかし晴明は道満へ先に占うようにと言い、道満は占いはじめる。そして長櫃には二人の体があり、一人は形だけを人間に真似たもので、もう一人は三十歳ほどの斬り殺された男であると言上する。左大将は道満の占いに納得し、晴明の占いではどうかと聞く。晴明は袂の中で指を動かし、占ってみると道満の言った通りであったが、しばらく思案したあと、斬り殺された男の魂魄は体を離れていないので、死んではいないと答える。道満や葛の葉は心配して、占いが同じであっても恥じ入ることでは無いと説得する。始終を聞いていた悪右衛門は、言い直しを禁じて、死体が出て来たならば許さないと脅す。晴明は幣帛を手にして、蘇生の術を行い始める。晴明は一心不乱に祈り、やがて東西から烏が集まり長櫃にとまるとしばらく鳴いて飛び去っていく。晴明は虚空を礼拝し、蘇生の術が成功したと言う。晴明の言葉に悪右衛門が長櫃のふたに手をかけると、忽ち内側からふたが割れて中から生き返った保名があらわれる。保名は六の君を呪い殺そうとした左大将と悪右衛門の悪事を暴き、悪右衛門を踏みつける。左近太郎も左大将を投げ飛ばすが、道満は正妃の父親であるから命だけは助けて欲しいと親王に願う。親王は神妙な道満の言葉を受け、左大将を流罪にし、悪右衛門は保名に成敗させる。桜木親王は保名に官位を与え、道満と晴明は陰陽の博士として長く世に伝えられることになる。