鑓の権三重帷子

上之巻
舞台は出雲、浜の宮馬場
藩の表小姓、笹野権三が馬術の稽古最中にかつて一度契りを交わした同僚川側伴之丞の妹雪が乳母とともに訪ねてくる。馬を走らせながら二人に気づいた権三は、一緒にいた従者に着替えを取りに帰らせる。権三が一人になったのを見て雪は権三に近づき、自分の事が気に入らないのなら馬に踏み殺させてしまえば良いのにと恨み言を言う。権三は雪の事を裏切る気持ちは無いが、こうして訪ねてこられると従者たちに見つかる事が気にかかって仕方なく、こんな所まで雪を連れてくる乳母も非常識だと言って帰るようたしなめる。権三が再び馬を走らせようとすると、乳母に押しとどめられ、乳母は雪からの手紙に一度も返事を出さない権三を責める。強引に雪との祝言を迫る乳母に権三は手紙に返事を出さなかったのは、手紙が落ちて人目につくことを恐れただけで、妻にする約束を違えるつもりはないと言ってなだめる。そして雪の兄伴之丞とは茶の湯の相弟子であるので、心安く打ち明けたい気持ちはあるが、やたらと物が言われぬ人物であるし、また自分から直接妹御を貰いたいとは言いにくいので、しかるべき仲人を立てて申し込みたいと約束する。雪は末永く添い遂げることができるようにと持って来た風呂敷包みから権三と自分の紋を縫い付けた帯を出して権三へ渡す。権三が帯を懐へしまうと、遠くに雪の兄伴之丞が馬に乗って駈けて来る姿が見える。この場を見られては面倒と雪と乳母は神社の陰へ隠れる。伴之丞は権三のもとへ駈け寄ると、権三の馬術によって安い馬も良い馬になるから、それで金儲けが出来て良かろうと嫌みを言う。権三はそんな伴之丞の性分をよく知っているので怒りもせずに、自分のような小身ではろくに馬の手入れも出来ないので、見た目はともかく、いざと言う時に役にたつのは伴之丞の馬の方だろうと謙遜する。伴之丞は権三の謙遜を、先だって城内での勝負に負けた自分へのあてこすりであると思い、ここでもう一度勝負しようと言い出す。権三は自分も馬も疲れているので、またの機会にと言うが伴之丞は聞き入れず、仕方なく権三は馬に鞭をあてて走り出す。伴之丞も走り出そうとするが馬は跳ね上がって、伴之丞を振り落とす。家来達にまで笑われた伴之丞は権三の馬に八つ当たりし、成敗すると言い出す。そこへ藩の進物番である岩木忠太兵衛が通りかかり、このたび若殿の御祝言が済み近国の御一門を招いてお披露目をする席で真の台子茶でもてなすことになったが、忠太兵衛の婿であり真の台子茶を知る浅香市之進は留守であるので、その市之進の弟子達の中から真の台子茶を伝授されたものに、この勤めをさせるように御家老から申し付けられたと話す。忠太兵衛は誰が伝授されているのかもわからないのでと二人に尋ねる。伴之丞は出世のチャンスとばかりに伝授は受けていないが、数年の稽古でいろいろ知っているので、自分がこの大役を勤めたいと申し出る。忠太兵衛は権三にも尋ねるが、権三は真の台子茶は一子相伝の事であるので、自分のようなものに伝授されようはずは無いが師匠から聞いていることもあるので、おおよその事はできるでしょうと答える。出世のチャンスを権三に取られたくない伴之丞は、なおも自分ひとりでこの勤めをすると言い張るが、忠太兵衛は市之進の妻であり、娘のおさゐにも意見があろうと言い、茶事に誤りがあっては殿の恥にもなるので、ここは慎重に相談して決めようと取りなして一同は帰って行く。

上之巻
舞台は浅香市之進宅
江戸詰めのために留守の市之進であるが、何事も如才ない妻おさゐが子供達の面倒を見ている。10歳になる男の子虎次郎は今日も剣術の稽古と称して下男の角介を相手に棒切れを振り回していたために、おさゐに叱られて仕方なくおさゐの父親岩木忠太兵衛の屋敷へ書物の読みならいに行かされる。姉娘のおきくは十三歳で年相応に大人びて容姿も美しく育っている。おさゐは娘の髪を直し、その美しさを下女たちに見せ娘自慢にかこつけて、おきくの夫には表小姓の笹野権三が良いと言い出す。年の離れた縁組みにおきくは嫌がるが、市之進とおさゐも12歳違いであるが、何の問題もなく連れ添っているのだからと説得し、「もしおきくが嫌ならば自分が男にもつ」と冗談を言いながらおきくに似合う着物を着せかけてみようと奥へ入って行く。ここへ笹野権三が酒樽を持って岩木忠太兵衛を訪ねてくる。毎日この屋敷を訪れる忠太兵衛であるが、今日はまだ来ないと聞くと権三は樽を置いて帰ろうとする。おさゐは権三に気づき、居間に通すと用向きを尋ねる。権三は若殿の祝言披露に市之進弟子衆の中から真の台子の茶を伝授されたものが、この茶事を仰せ付けられると言い、自分も日頃から師匠市之進から聞かされていることもあるが、なにぶんその秘伝の巻物を見た事もないので伝授されたとは言えない。この天下太平の世では、このような機会に名を上げなければ出世も覚束ないので、どうか伝授の巻物を見せて欲しいと頼み込む。おさゐはこれは一子相伝の伝授事なので、親子の契約が無ければ見せられないと答えて、おきくとの縁談を持ち出す。権三が答えられずにいると、おさゐは権三には外に約束した娘があるのだと解して立ち去ろうとする。権三は慌てて、それを打ち消し、おきくとの縁組みを承諾すると、おさゐは今夜のうちに伝授の巻物を権三へ見せようと約束する。ここへ雪の乳母がおさゐを訪ねてくる。かねてから雪の兄伴之丞から恋文が来て迷惑しているおさゐは、妹の乳母を使って不義をしかけようとしているのかと疑い、直接会わずに用向きを立ち聞きすることにする。権三は雪とのことがおさゐに知られることを恐れて顔色が変わるが、おさゐは権三を雪の乳母と顔が合わないように屋敷から抜けださせる。雪の乳母はおさゐが留守だと聞いて用件をことづけるが、その用件というのが権三と雪がすでに言い交わした仲であり、その仲人をおさゐに頼みたいということであったために、即座に断られて屋敷から追い返される。物陰でこの話を聞いたおさゐは嫉妬で胸がいっぱいになるが、父忠太兵衛が孫たちを連れて訪ねてくると、暗い気持ちを押えて愛想よく迎える。忠太兵衛は笹野権三が伝授の件で訪ねて来なかったかとおさゐに尋ね、おさゐは権三へ伝授の約束をしたと答えると、忠太兵衛も権三の心がけを褒めて、それで良かったと言って帰って行く。

上之巻
舞台は市之進宅、数寄屋の庭
縁先でおさゐが昼の出来事を思い出して涙にくれている。娘の婿にするつもりの権三に言い交わした娘があったことに嫉妬心をおさえられない。だが姑が婿の嫉妬などと悪名が立ってはと心を鎮めようとするが、やはり思い切れずについ涙ぐんでしまう。そこへ約束通り権三が供も連れずに訪ねて来る。おさゐは権三を数寄屋の中へ入らせて、伝授の巻物を見せる。ここへ伴之丞が供のものに空き樽を持たせてやってくる。伴之丞はおさゐの寝所に忍び込んで、口説き落としたあとに伝授の巻物を手に入れる魂胆で、その空き樽の底を抜いて、茨の垣根に突っ込み、そこから出入りできるようにする。伴之丞が数寄屋の庭に忍び込むと、数寄屋の障子には二人が顔を寄せ合う影が写り、伴之丞は先を越されたと思い、庭で様子をうかがう。権三は、「誰か庭に来たようだ」と気にするが、おさゐは昼でさえ人が来ないところなのに夜は誰もくるはずはないと言って、権三へ巻物の続きを読むようにうながす。しかし、蛙の鳴き声が止んだり、また鳴きはじめるのを聞くと、やはり誰かいると言って権三は刀を持って庭へ出ようとする。おさゐはこの庭は三方が高塀で北側は茨の垣根であるから、だれも入ってくることなど出来ない。そしておさゐは権三と自分がこうしていることを妬む女がいて、その女がここへ来ると思って落ち着かないのではないか?と権三に問いただす。権三は否定するが、嫉妬に狂ったおさゐは権三が身につけていた雪の手製の帯を引き解いて庭に投げ捨てる。帯を解いたままでもいられないと権三が庭に降りようとすると、おさゐはその帯の代わりに、この帯を締めたら良いと自分の帯も解いて権三へ渡すが、権三は怒り、この帯を庭へ放り出す。すると庭にひそんでいた伴之丞が二本の帯を拾い上げ、不義の証拠と叫んで庭から駆け出る。権三は刀を持って庭に出るが、すでに伴之丞はおらず、供のものを冥途の道連れと言って刺し殺す。すぐさま切腹しようとする権三をおさゐは、何も非のない権三が死ぬことは無いと止める。権三は二人の帯を証拠に取られては何も言い訳はできない。自分もおさゐも畜生の身になったと嘆く。おさゐは夫の立場を思い、どうせ死ななければならないのであるのなら、二人で不義ものになって、夫市之進に討たれて欲しいと権三に頼む。権三は不義ものにならずに討たれたならば、後には不義では無かったとわかり、死後に名誉を取り戻すこともあるだろうと拒むが、それでは市之進が間違って敵討ちをしたことになり、夫の恥になるとおさゐは権三を説得する。そして二人は不義ものとして逃亡することになり、おさゐは子供達の寝顔を見てからと言い出すが、おさゐの弟甚平が扉を叩いて呼ばわる声を聞き、急いで二人は伴之丞の作った抜け穴から外へ逃げ出る。

下之巻
権三おさゐ道行
(ここで二人は出雲を出て、出石、大江山の麓を通って大阪へ、それから京都伏見の墨染の里に落ち着く)

舞台は岩木忠太兵衛屋敷玄関先。
浅香市之進方よりおさゐの嫁入り道具が返されてくる。おさゐの母は戻された嫁入り道具を見て、その丁寧な使いぶりに日頃の心がけが知られ、とても不義のような悪事をするようには感じられず何か魔物がついてしまったのかと嘆き悲しむ。また嫁入り道具を送り返す市之進にも、あまりにつれないやり方だと言いながら、下男下女達に早く屋敷の中へ入れてくれと言いつける。忠太兵衛は市之進には間違ったところはなく、権三ともども手討ちにするうえは、嫁入り道具を置いておく事もできないだろう。と言って汚らわしい女の道具を焼いてしまえと家来たちに言いつける。家来たちが手に手に鋤、鍬などを持って道具に立ちかかると、母は堪えかねて道具の前に手を広げ、もうおさゐの顔を見ることも出来ないので、形見として何か一つでもおさゐの手に触れたものを残しておきたい。また子供達にも常々やりたいと言っていた道具であるので、子供達にひとつづつでも残してやって欲しいと忠太兵衛に訴える。忠太兵衛はその心を察しながらも、この後まだ大きな悲しみを聞かなければならない。この道具はほかの侍たちや他国の手前、焼き捨てるしかないと言って、家来たちに焼かせる。あまり煙がたたないようにと、少しずつ焼きはじめると、母はおさゐの嫁入りの時の門火を思い出し一層嘆き悲しむ。そして最後に長持が一つ残り、その中から姉のおきくと末娘おすてが出て来る。おすては母を恋しがり泣くばかりであったが、姉のおきくは、父市之進が母を切りに行くというので、どうか自分を殺して母を助けてくれるように頼んでくれと訴える。その心根を褒めながら、しかし虎次郎はなぜ寄越さないのかと不審がる。そんな夫婦のもとに、旅立の姿で市之進が玄関先までくる。舅忠太兵衛は権三とおさゐの帯を取って、忠太兵衛や国中へ二人の不義を触れ回った伴之丞を討つつもりで玄関先から駆け出そうとする。そんな忠太兵衛を市之進は押しとどめ、御老体の身でもし伴之丞に討たれることがあれば、権三の事は差し置いて、まず舅の敵を討ちにいかなければならない。それでは迷惑なので、どうか了見してもらいたいと頼む。忠太兵衛はおさゐのような娘の父でも舅として大切に思ってくれる市之進に感謝し、二人は涙にくれる。市之進の出立に子供達も呼んで旅立ちの盃を交わしながら、母は虎次郎を寄越さなかったのは、岩木の名を残すのが嫌になって、縁を切るつもりなのかと恨み言を言う。市之進は、そんな気持ちはなく虎次郎は茶の湯の千野休斎へ弟子として預けたと答える。ここへおさゐの弟甚平が戻ってくる。甚平は権三とおさゐが駆け落ちするとすぐに二人を探し回ったが見つからず、番頭への断りもなく出かけていたので一度戻って届け出てから再び捜索に出るつもりであったと話す。そして市之進と一緒に旅立とうとするが、市之進は妻の弟に助太刀をさせるにしのびなく、一人で旅立つつもりであると言う。甚平は助太刀などではなく、ただ力になりたいだけだと言うと、市之進は武芸の力量不足から甚平が心配してくれるのか?と言って申し出をなおも断ろうとする。すると甚平はそれほど武芸に自信があるのなら、なぜあしもとの妻敵を討たないのだと問う。市之進はおさゐに宛てた伴之丞からの手紙があったのを思い出し、伴之丞も討つ所存であるが一時には出来ないので、後にと言いかける。甚平は市之進の言葉をさえぎり、その伴之丞の首は自分が討ってきたと言って、兵糧袋から打首を出してみせる。忠太兵衛は甚平の手柄を褒め、同道するように市之進へ勧める。市之進は承諾し、二人が出立するというときに門柱の陰にかくれていた旅姿の虎次郎が自分も敵討ちに行くと言って走り出すのを市之進は止める。市之進は虎次郎に、もし権三が来たら爺さま婆さま、姉いもうとを守ってくれと言い聞かす。すると虎次郎も納得し、一同は市之進と甚平の旅立ちを見送る。

下之巻
舞台は伏見京橋
逃避行を続ける権三とおさゐは大阪へ行こうと思い立ち、乗り合い船の片隅で出船を待つところへ、おさゐの弟甚平が船の様子を探りにくる。甚平は二人を見つけ、顔は見えなくとも間違いはなかろうと思いながら、さりげなくその場を去り、橋の上からまた船中の二人を見て、市之進に知らせようと逗留している宿へ急ぐ。甚平に見つけられた権三は忘れ物をしたので、急いで二人とも船から降ろしてくれと船頭に頼む。知り合いから買い物を頼まれていて金まで受け取ったのに船に乗り急いですっかり忘れていたという権三に船頭は、どこで買って来るものかと問う。撞木町でと答えると、船頭は、そんな遠いところでは船が出てしまう。降ろすことは出来ないと答える。権三は船を出してしまってもかまわない。運賃も二人分を払って降りると言いながら権三は先ほど甚平の去った橋の上から目を離さない。船頭は乗せもしない運賃を受け取るわけにはいかないと言い張る。おさゐは船頭に、乗せもせぬ運賃を取れば船頭の一分が立たないと言われるのなら、金を預かって頼まれたものを買わねばこちらの一分も立たないと言葉を尽くしておろしてくれるように頼む。船頭は納得して二人を下船させる。権三とおさゐは甚平がいるのなら市之進も近くにいるはずと思って、いよいよ覚悟をきめる。しかし、おさゐは甚平に討たれるのは口惜しいと言って、市之進に討たれて本望を遂げたいと言う。二人が今夜の宿を探して歩き始めると、八つから十二、三の子供達が踊る姿におさゐは自らの子供たちを思い出して悲しむ。そして橋の北詰にきたところで、二人は市之進と向かい合う。「笹野権三、浅香市之進が妻敵、覚えたか!」と呼ばわると市之進は権三へ切りかかる。権三は左手を切り落とされるが、形ばかりに刀を抜いて市之進の相手になる。群集は驚き逃げ惑うなか、おさゐは市之進に討たれたいと、甚平に目を配りながら橋の陰に身を潜める。権三は橋の欄干に切り込んで、動かない刀を捨て手負いながら市之進の切っ先をかわすが、市之進の入魂の一太刀に肩先から胴を切り込まれる。権三は倒れ、橋の上は血に染まる。市之進はおさゐを探してあたりをみわますと、甚平がおさゐを引っ立てて橋に来る。おさゐが甚平の助太刀にかかって死ぬのは口惜しいと訴えると甚平は市之進ほどの武士が助太刀など無用であると言っておさゐを橋の上へ突き出す。おさゐは「なつかしや」と言って市之進へ駆け寄るが、市之進によって胴を切り下げられる。市之進はおさゐの帯を取って引き上げ、顔を見ると子供達のことが不憫で、涙ぐむ。おさゐにとどめを刺す刀で市之進は自分の足をも傷つけるが、かまわず権三の体にもとどめを刺す。