祇園祭礼信仰記
一段目
舞台は九条遊郭
室町幕府の将軍義輝公は家臣らとともに九条遊郭で酒宴を開き、おのおのにクジをひかせて、豆腐や薪などの調達を重臣たちに言いつけ、日頃とは違った役目をさせて面白がる。義輝には家臣松永大膳の取り持ちで馴染みとなった遊女花橘があり、その色香に迷う義輝は大膳を重用するようになっていた。酒に酔った義輝は、その酒宴の趣向を提案した大膳に褒美として、足利家に伝わる家宝の「小袖の鎧」をやろうと口走る。大膳はその言葉に恐悦し、同席した浅倉義景と目をあわせて、一同を奥の間へと誘う。家臣の一人、三好存保は昨日行われた扇の絵合わせの判定を義輝の母慶寿院に任せてあり、その結果がまもなく届くであろうから暫く待とうと進言する。やがて慶寿院のもとで腰元として仕えている花橘の妹小雪が慶寿院の使者として二本の扇を持ち帰る。二本の扇にはそれぞれ五重塔に伝う雪どけの雫と紫宸殿のきざはし近くに植えられた橘の枝を折る姿が描かれており、それは大膳が小雪を恋慕しているという事や将軍の寵愛を受ける花橘に思いを寄せるものがあるという意味であった。しかし義輝はその意味には気づかず、描いた狩野直信に問うて詮議するようにと大膳、存保に言いつける。またこの重要な役割をこなした小雪を褒め、正妻同然の花橘の妹であるからには「姫」の名を名乗らせる事にも無理は無かろうと言って小雪を「雪姫」と名付け、その旨を慶寿院にも申し上げるよう言い聞かせて帰らせる。雪姫と入れ違いに現れた使者が小田信長が来る事を報じると、義輝は堅物の信長にこの様子を知られまいと、いそいで宴会の道具を片付け、花橘を奥へさがらせる。やがて信長が現れ、年始の挨拶を終えると義輝は今川との合戦に勝利した信長を褒め讃える。信長は用意の酒肴を華やかな花車に載せ座敷へ運ばせるが、その中身が「小袖の鎧」であると知った一同は驚き呆れる。義輝は信長が「小袖の鎧」を入手したいきさつを問いただす。信長は昨夜、御所からの帰り道に室町御所の裏道で鎧櫃を背負ったくせ者を見つけ、そのくせ者が鎧櫃を置いて逃げ失せた事を語る。信長はこのような不祥事を内々に処理するために酒肴と偽って義輝のいる遊郭まで鎧を運んだと説明し、足利家累代の家宝を大切にしてもらいたいと進言して事を納めようとする。この事件の当事者が大膳であると知っていた信長が大膳の方に目を向けると、その視線を遮るように浅倉義景がしゃしゃり出て、鎧を盗んだのは信長本人ではないのかと詰め寄る。信長はその疑いに決着をつけるため、もう一つの鎧櫃を引き出させて、中からくせ者の死骸を引き出し、実はくせ者を捕らえて白状させたと語る。遊里という場所柄もあり、将軍がここで真犯人の処罰を行う事も出来ないだろうと一行はひとまず別れ別れに帰って行く。

舞台は祇園、感神院の鳥居すじ
歌占いの評判を聞いて、人々がその店先で女占い師お薗を待っている。やがてお薗が現れると、それぞれの短冊をひいて、その歌の解釈を聞き、占いの的中に驚く。人々が去ったあと、浪人風の侍が立寄り、お薗に占ってもらいたい事があると言う。お薗は浪人の望みは立身出世であろうと言い、浪人の引いた短冊を見たお薗はその願いが叶うであろうと言う。これを聞いた浪人が喜んで謝礼を包んで店の中に投げ込むと、あたりから非人達が浪人を取り囲み、先日の金の礼を言いながら、再び金をとせびりだす。浪人は非人達を脇へ呼び、頼みたい事があると言う。金の為ならと引き受ける非人達に浪人はそっと耳打ちする。そこへ将軍義輝の母慶寿院の一行が通りかかる。慶寿院、義輝の子輝若丸、輝若丸の乳母侍従が腰元たちと休んでいるところへ、義輝の弟で奈良の一乗院にいる慶覚法師が通りかかる。慶覚法師も祇園社へ参詣のあと室町御所を訪ねるつもりであると聞いた一行は、ともに歩みはじめる。すると道の向こうから小田信長の一行が現れ、慶覚法師に会えたのを幸い、どうか還俗して輝若君の後見をしてもらいたいと願う。仏に仕える道を選んだ慶覚法師は信長の勧めを汚らわしいと一蹴するが、母慶寿院は花橘に溺れて政治をおろそかにする義輝の事が気がかりであり、輝若丸の行く末も心配であると打ち明ける。慶覚法師は母慶寿院や信長の気持ちを思いやり、兄に向かって諫言するのは憚られるが、善を勧めて悪を懲らしめるのは出家の役目であるからと、ともに室町御所へ向かう。慶寿院は信長に自国へ戻っても都の様子に注意して欲しいと頼み、また吉野から預かり、天皇へ渡さなくてはならない神璽の箱を失う事がないようにと伝える。慶寿院は孫輝若丸の事も信長に頼むと、その約束として三条小鍛冶が打った長刀を与える。信長はこれを押し頂き、かならず守護する覚悟であると述べる。慶寿院一行の後ろ姿を見送った信長は、慶覚法師に何としても還俗をと思うが、その強情な性格から無理強いはすべきではないと思いとどまり、帰国の途につこうとする。すると信長一行の前に、非人達が現れて道いっぱいに立ちふさがる。家臣の森蘭丸は刀を抜いて追い払おうとするが、祇園の神の前で流血は恐れ多いと止める。すると、そこに浪人が走り込んで来て、非人達を手当たり次第斬り殺すと信長の前に平伏し「山口九郎次郎」と名乗る。信長は九郎次郎に礼を述べながらも流血の事態を苦々しく思う。この様子を見た九郎次郎は責任を取って切腹しようとするが信長に止められ、家臣としてともに帰国する事になる。

一段目
舞台は室町御所
将軍義輝は相変わらず酒宴に明け暮れ、すでに五月半ばとなっている。腰元達は花橘を御所に入れ、すっかり遊里のようにしてしまった大膳が花橘の妹雪姫にぞっこんである事を噂する。腰元達は雪姫の恋人直信が色男のうえに絵の名人で、できれば自分が恋人になりたかったが雪姫に先をこされたと残念がる。そこへ大膳が現れ、腰元達を追い払うと遣り戸の陰に隠れて大膳の弟鬼藤太が浅倉義景を伴ってくるのを待つ。やがて二人が庭先に姿を見せると、大膳は神璽の箱や慶寿院を奪う計画を耳打ちする。密談の後、二人を帰らせた大膳が、心の内で悪事の段取りを思い描くところ、切戸の陰では直信が雪姫に逢いたい気持ちをつのらせていた。すると廊下にあらわれた雪姫に大膳がまとわりつく。大膳は扇の絵合わせで自分の思いは伝わったはずだと雪姫に言い寄り、乱暴をはたらこうとする。直信は飛び出ようとするが、騒動になる事を恐れた雪姫は他の事のように装って「出まい・・・出まい・・・」と恋人を制する。雪姫は大膳が花橘を自分の妹分として義輝にひき会わせた事を持ち出し、それならば自分も大膳の妹ではないのかとなじる。大膳はそれでも引き下がらず、雪姫を放そうとしない。そんな様子を後ろの障子から慶寿院が見ていた。そして強引な大膳から逃げられず、身をもがく雪姫を救ったのは、座がしらけて大膳を呼ぶ義輝の声だった。やっと物陰から出て来る事のできた直信は雪姫のそばに寄り、大膳の悪逆無道に憤る。雪姫は、直信に自分が雪舟の孫で、その祖父が唐土の皇帝から授かった名剣倶梨加羅丸を父雪村までは所持していたと語る。しかし河内の慈眼寺、灌頂の瀧で父は何者かに殺され、倶梨加羅丸も奪われてしまい、男子もおらず姉は遊里へ身を売って母を養っていたと身の上話をする。その母が病気で亡くなる間際に、名剣を欲しがるならば仇は武士に違いなかろうと、その名剣倶梨加羅丸を手がかりに仇を取って欲しいと遺言を残した話をする。雪姫は直信に、その敵討ちに手をかして欲しい。そうして自分を弟子にした上で雪舟の家を再興して欲しいと頼む。直信は自分も絵描きの家柄である以上、必ず力になると約束する。やがて奥の間から慶寿院が慶覚法師を伴ってあらわれ、今日五月十九日は亡き義輝の正妻の命日であり、輝若丸と乳母の侍従、三好存保の三人は墓参で、いつもは片時も離れない輝若丸がいないのは寂しいと口にする。慶寿院は春から慶覚法師を引き止めてしまった事を詫び、奈良へ帰る前に直信と雪姫にそれぞれ竹と松を描かせておいたと言い、ふたりに絵を披露するようにと命じる。慶覚法師は直信の描いた竹を賞賛し、奈良への土産に貰おうと言う。すると慶寿院は雪姫の描いた松の絵絹を二つに切り裂き、その心を推察せよと慶覚法師に迫る。慶覚法師は「乱れた糸を結べ」という意味であろうと考え、母も信長同様に自分に還俗する事を勧めているのだと感じるが、一度仏の道に入った自分には、もう世俗に戻る気はないと断る。母が常緑の松の絵を裂いたことは、室町御所でさえも「常ならぬ世」であると言いたいのか?と思う慶覚法師であったが、慶寿院は笑って引き裂いた松の絵絹を直信と雪姫に与え、それとなく二人の間柄を認めて祝福する。微笑ましい二人の様子を見た慶寿院は機嫌良く、仏間で輝若丸一行が戻るのを待とうと慶覚法師を誘い、直信と雪姫にはまだ話があるからと二人を連れて一間へと入って行く。夕暮れになって輝若丸と侍従、三好存保が御所へ戻って来る。侍従は奥御殿の様子を窺い、その騒々しい様子に呆れる。存保は義輝が花橘に迷い、政道をおろそかにしている事を父三好長慶も心配して何度か諫言したにも関わらず、聞く耳を持たなかったと言い、その上に大膳が主催した能の会の帰り道に長慶が急死したのも暗殺では無かったのかと思いながら、当時は部屋住みの身分で何も知る術が無かったと話す。ところが今春の扇の絵合わせに大膳から呼び出され、自分が花橘を口説き落とせば義輝も目が覚めて遊里通いをやめるだろうから三好家や義輝のために花橘を口説くように説得されたと言う。その大膳が花橘を御所へ引き入れるとは、どんな魂胆があるのかと存保は訝るが、義輝を遊里に置いておくよりは御所にいて貰う方が安心であるとも言う。そんな存保の忠義心を侍従は認め、自分にとっては輝若丸と慶寿院の事が心配だが住吉近くに住む父親ももともとは武士であるので、いざという時には親元を頼る心づもりでいると打ち明ける。その決心を見た存保は安堵するが、子供の輝若丸は二人の心配をよそに、はやく慶寿院のところへ行こうと急かす。三人が慶寿院のいる奥の間へ向かうと、神璽の箱を抱えた鬼当太と浅倉義景がそっと御所を抜け出して逃げ去る。大膳に酒を無理強いされて酔った花橘が酔い覚ましに廊下へ出て来ると、その機会を逃さず三好存保が口説き始める。花橘にはもとよりそんな気持ちは無かったが、その場を大膳に見とがめられ、義輝も刀を手に存保を成敗すると言い出す。存保は父長慶の諫言も聞かず、酒色に溺れる義輝を責めるが、大膳は政道は自分が任されているのだから義輝に非は無いと庇い、不義の申し訳に切腹せよと詰め寄る。存保は父長慶を殺した大膳を道連れに死のうとするが、慶寿院に止められる。慶寿院は不義者は他にいると言って縛り上げた雪姫を引き出させ、その不義の相手は大膳であると言う。先ほどの大膳の振る舞いを見ていた慶寿院の言葉に大膳は返す言葉も無くうなだれる。慶寿院は大膳の横恋慕をたしなめ、実際の不義者である直信と雪姫に御所から出て二人の本望を叶えるよう勇気づける。大膳は三好存保の処罰の事を言い出すが、慶寿院は不義の疑いが晴れるまでは花橘は大膳に、存保は自分が預かると述べてその場を納める。花橘に会えなくなった義輝はがっかりするが、大膳が密かに会わせるからと約束すると安堵して部屋へ戻って行く。大膳は花橘に存保を殺せば不義の疑いも晴れると鉄砲を渡し、必ず今夜しのんで来るだろうから、その機会を逃さず殺してしまうようにと言い含める。やがて暗闇にまぎれて、大膳に教えられた通りに義輝が小笠と蓑をまとい、花橘のもとへしのんでくる。その姿を存保と思い込んだ花橘は、義輝とも知らずに撃ち殺してしまう。御所中が大騒ぎになり、殺した相手が義輝だと気づいた花橘はその刀を抜いて自らの首をかき切る。大膳の悪巧みに気づかず、自ら大切な義輝を殺した罪の重さに花橘は刀を石に擦り付け、刃こぼれした刀で自分の首を切り落とすようにと輝若丸に願う。花橘は雪姫とともに父の仇を討つ望みもはかなく消えたと嘆きながら、息を引き取る。そこに信長の迎えがあらわれ、慶寿院、輝若丸らを伴って出て行くが、たちまち侍従が輝若丸を連れて戻り、信長の迎えとは偽りで、大膳の一味が慶寿院を奪って行った事を告げる。三好存保は侍従に輝若丸を連れて逃げるよう指示し、慶覚法師は宝蔵の神璽の箱を探すが見つからず、外に出て来たところを黒装束の男に連れ去られる。大膳は小袖の鎧を身につけ、御所へ戻って来る。大膳はかねてからの望み通り、将軍の座も国も手に入れると放言し、すでに息の無い義輝の首を落とす。三好存保はそんな大膳に立ち向かおうとするが、あえなく鉄砲で殺され、大膳は本拠地信貴山へ向かう前に金閣寺へ籠ると宣言する。

二段目
舞台は信長居城
居城の外廓修理にかりだされた人夫たちが昼休みに向かうころ、家臣柴田勝重が登城する。勝重は森蘭丸の出迎えを受け、越前浅倉との合戦について信長の意向を確認する。森蘭丸は信長もそのつもりで、今川との合戦に勝利できたのも祇園社の加護があったからだと言い、今回はお気に入りの中間此下東吉に代参を命じられたと言う。しかし四日間の旅程で帰って来られるはずであるのに、七日を経た今でも帰って来る様子が無いので、今日は東吉の妻を呼び出して、出発した時の様子などを尋ねるつもりであると語る。東吉の妻はお城からの呼び出しに、夫の帰りが遅い事を尋ねられるに違いないと思いつつ、庭先にかしこまる。柴田勝重は東吉の妻に、東吉の出発した日に違いは無いかと問いかける。東吉の妻は日頃から用意周到な夫であるので、今回の代参でも履物から四日間の食べ物まで怠り無く準備して出かけたと話す。しかし、夫の帰りが遅く自らも心配していると一気に喋ると、近くに置いてあった人夫たちの茶をがぶ飲みする。そんな東吉の様子を聞くにつけても皆は帰りの遅さに納得がいかず、お互いに顔を見合わせているところへ東吉が首に状箱を下げて戻って来る。待ちかねた妻が声をかけるが、東吉は見向きもせずに森蘭丸、柴田勝重に挨拶し、状箱の中に帰りの遅くなった理由と祇園社の守り札が入っているので、早々に信長へ披見をお願いしたいと申し出る。状箱を預かった森蘭丸は勝重にも待っていて貰いたいと伝え、信長のもとへ向かう。東吉が草鞋の紐を解き、ひと休みすると、勝重は、どんな理由で帰りが遅くなったのかと尋ねる。東吉は室町御所の騒動に遭遇し、その一部始終をしたためて、信長に報告したと話す。勝重、妻のお菊もその一大事に驚き、勝重は東吉の的確な報告を褒める。東吉は自分のような取るに足らぬ中間には、このような働きでしか役立つことが出来ないと謙遜する。また東吉は城の外廓工事が終わっていない事を怪しみ、室町御所のような事件が起こる昨今、城の工事に手間取るのは不注意であると言って、工事の責任者は何をしているのかと訝しむ。すると工事を任されていた山口九郎次郎がいつの間にか背後にいて、東吉の言葉に怒り、俸禄の少ない東吉をさげすむ。九郎次郎は千五百石の俸禄を受ける自分に対し、雑言は許さないと刀に手をかけるが、東吉は落ち着き払って、主君の為には俸禄の多少は問題でないと反論する。九郎次郎は東吉が古主松下嘉平次の金を持ち去って信長に奉公した事を罵り、足蹴にしようとする。東吉は不敵に笑いながら九郎次郎の足首を掴んでひっくり返す。その始終を見ていた柴田勝重は九郎次郎をなだめ、外廓工事の一件については東吉の言う事にも一理あり、出仕のついでに信長公の意向をうかがって来ようと言って奥へ入って行く。お菊は夫を心配して、山口九郎次郎への意見をたしなめるが、東吉はかえって九郎次郎の無能ぶりを揶揄して怒らせてしまう。二人が一触即発の危機を迎えたところに柴田勝重が戻り、信長より東吉へ俸禄千五百石への加増を伝える知らせが届く。重ねて東吉は信長の刀を拝領し、九郎次郎とともに外廓工事の采配を任される。外廓工事の遅さを再び東吉から責められた九郎次郎は棟梁と日雇頭市介を呼び出し、工事方法を詳しく説明させる。東吉は自分の考えでは明日中にも工事は終わると言い、人夫割りから作業方法まで詳しく説明する。勝重は棟梁と市介に東吉の指図通りに明日中には工事を終わらせるようにと命じ、二人は現場へ帰って行くが、帰り際に市介と九郎次郎は視線をあわせる。するとそこに信長の使いとして正妻几帳の前があらわれ、東吉は五百石の加増により二千石の俸禄となる。几帳の前は信長が陰から全て聞いていたと言い、東吉の才能を高く評価しての加増であると伝える。一同が信長に対面するため奥へ入っていくと、市介があたりを見回して九郎次郎のもとへやってくる。九郎次郎はわざと工事を伸ばしていたが、その企みを邪魔されるのも東吉のせいであると言い、東吉を殺してしまおうと言う。信長との面会を終えた東吉夫婦は衣服も改めて帰途につこうとするが、東吉は九郎次郎から真剣での戦いを挑まれる。しかし、東吉は難なく九郎次郎を庭へ転がし、不意を襲って来た市介は一太刀で殺される。東吉は事を穏便に済ませるため、九郎次郎が市介を手討ちにした事にして帰途につく。

二段目
舞台は信長の下屋敷
下屋敷の庭には芥子の花が咲き、信長は縁先でうたたねをしている。そこへ妻几帳の前と東吉の妻園菊が訪れ、信長に近侍している森蘭丸が応対する。園菊は紅と白に咲き分ける芥子の花を見て喜び、几帳の前も芥子の花を飾った投入の花器が信長の手作りではないかと話す。本をあたりに散らかしたまま眠り込む信長が風邪でもひくのではと心配した几帳の前は、自分の被(かづき)をそっとかける。その気遣いに園菊も信長の裾にも何かかけてあげようと立ち騒ぐうち、信長が目を覚ます。信長はあくびをしながら起き上がり、身重の几帳の前も少し歩いた方がお産に良かろうと言って二人の訪問を喜ぶ。近頃ではあまり几帳の前のもとに帰らず、それを心配して下屋敷まで訪ねてきた二人に、信長は新春の参内で義輝から官位昇進をうけ、慶寿院からは小鍛冶の長刀を授けられて将軍家を見守って欲しいと頼まれた事を話す。信長は仇である大膳に味方している浅倉義景を室町御所の一件後すぐに討取り、そのまま越前に攻め入ろうと考えたが、冬では雪に悩まされるであろうと思いとどまったと語る。しかし夏も近くなったいま、出陣の用意をと山口九郎次郎をここへ呼んで、戦いの準備をすすめているとも話す。重ねて信長は大膳が信貴山に立てこもっているとも、都や泉州にいるとも噂されて、その居所が判らず、東吉に命じて様子を探らせているとも語る。先年の今川との戦いに勝てたのも自身が信仰する祇園牛頭天王のご利益であると信じる信長は、下屋敷からも近い津島神社の神に願いをかけ、三十七日の潔斎をして、今夜が満願であると語る。取り散らかした本も戦術を練るための本ばかりであると信長は言い、諸国を平定し、天皇をも安心させようと思う一心から下屋敷に長く滞在しているのだと説く。几帳の前と園菊に下屋敷に一泊するよう勧めた信長は御馳走の用意をさせるよう森蘭丸に言いつけ、園菊は几帳の前と信長の潔斎につきあおうと意気込む。几帳の前と園菊が奥へ下がると、信長のもとへ九郎次郎が津島神社への参詣の時刻であると迎えにくる。しかし思いがけない几帳の前一行の訪問で、出かけるのはいかがか?と心配する。信長は九郎次郎に自分が毎夜出かけるのは、本当に津島神社だと思っているのか?と尋ね、実は密かに女のところへ通っていたのだと明かす。九郎次郎はそんな信長に神詣を口実にするとは不浄であると諌める。信長は顔色を変えて怒り出し、森蘭丸に九郎次郎の顔を殴るようにと命じる。躊躇する蘭丸に信長は重ねて命じ、蘭丸は扇で九郎次郎の眉間を打ち据える。信長がそれを止め、さぞ無念に思うだろうと尋ねると、九郎次郎は主君に捧げた自分であるからには、命を取られても恨む事など無いと答える。信長はそんな九郎次郎の返事に、森蘭丸を奥へ行かせ九郎次郎に自分の身代わりとしてここで参籠してもらいたいと頼む。信長は几帳の前の被を九郎次郎に被せ、何か聞かれても頭をふるだけで声は出すなと命じ、逃げて行ってしまう。やがて几帳の前が園菊を伴い、信長の参籠をねぎらいに訪れる。神への神酒だと酒をすすめても、煙草をすすめても頭を振るばかりであったため、二人は蚊に刺されるのを防ごうと団扇で風を送りはじめる。すると軽い被は風に煽られて替え玉の九郎次郎の姿があらわになる。あわてて逃げようとする九郎次郎を二人は引き止め、信長の行き先を聞き出す。几帳の前はこのままでいて信長にこの様子を見つけられるよりはと、今度は自分が被を被って夫の帰りを待つ事にする。やがて信長は上機嫌で下屋敷に戻り、被の人物を九郎次郎と思い込んで、のろけ話を始める。酔った信長は被に抱きつき、中の人物が几帳の前だと気づく。どこへ行っていたのかと詰問する几帳の前に「善光寺」や「筑紫の五百羅漢」などとトボケた返事をする信長に几帳の前は何故正直に言ってくれないのかと問い、神仏をダシに使うとは信心深い信長らしからぬ振る舞いであると嘆く。信長は立ち上がり、傍らの花生けから芥子の花を取り上げると、一本の茎に咲く紅白の花がこの庭に咲いたのも、吉凶を伝える天からの知らせだと言い、源平の紅白を思わせるこの花が、自分と几帳の前の姿でもあると花を几帳の前に渡して、自分の胸中を察してもらいたいと言い残し、奥へ入って行く。几帳の前が信長の後ろ姿を見送った後ろから九郎次郎があらわれ、几帳の前の持った芥子の片方を切り落とし、刀身の裏側で散々に打ち据える。驚く几帳の前に九郎次郎は、よくよく妹のお前に言い含めて信長の館へ入り込ませたのに、その愛情にほだされて重要な任務をなおざりにしたと怒りをあらわにする。そして、この芥子の花は我々の企みに気がついた証拠であるから、このうえは一刻も早く信長を亡き者にしなければならないと几帳の前に迫る。几帳の前は信長の命を狙ううちに月日が流れ、お腹には信長の子も出来てしまった。どうかせめてこの子を生むまで待って欲しいと哀願するが、九郎次郎は許さず、その心構えでは出来ないに違いないと自ら信長の首を取ろうと駆け出す。兄から縁を切るとまで言われた几帳の前は、すがりついて信長を討つと約束する。几帳の前は障子の中から芥子の花の影を映すので、それを合図に座敷の中へ踏み込むようにと兄に伝える。妹の合図を待って庭の芥子に身を潜める九郎次郎。兄と夫との板挟みに悩んだ几帳の前は信長の身代わりとして兄の手にかかる覚悟をするが、自らの身に宿った子の命も失われる不憫さを思い、声を殺して泣く。几帳の前は、うち萎れて奥へと入って行き、九郎次郎は息を殺し、妹の合図を待つ。やがて障子に花影が映り、九郎次郎は縁先に隠しておいた鎌鑓を取り出し、芥子の花影を目当てに障子越しに突き通す。すると鎌鑓は折れ、九郎次郎は鑓の柄を投げ捨てると刀を抜いて障子を開け放つ。すると合図の花は森蘭丸の手にあり、几帳の前は縛り上げられていた。信長は片手に小鍛冶の長刀、もう一方には切り落とした鑓の穂先を持って待ち構えており、それを見て驚いた九郎次郎は慌てて逃げようとする。しかし信長から「明智十兵衛光秀待て!」と呼ばれて振り向き、光秀などでは無いと答える。しかし、信長は鑓の穂先を見て越前の浅倉のもとに身を寄せていた光秀に違いないと確信し、祇園で非人達を犠牲にして信長の家臣となった事が腑に落ちず、密かに様子を見ていたと語る。そして几帳の前を入り込ませ、自分の首を討たせようとしていた事はすでに知っていたが、その計略を早く行わせようと、蘭丸に殴らせたとも言う。光秀は信長の言葉に動揺しながらも、自分は立身出世を望み、非人を殺したのも信長の難儀を救うつもりだったと言い繕う。なかなか白状しない光秀の前に、信長は赤前垂れ姿の園菊を呼び出して、祇園で歌占いをしたお薗はこの園菊であると明かし、園菊は光秀と非人達とのやりとりを全て見ていたと証言する。返す言葉も無い光秀に几帳の前は悪心を諌め、浅倉への義理ならば信長の代わりに自分を殺してくれと頼む。進退極まった光秀が森蘭丸に詰め寄られるところへ突然勝鬨の声が響き渡り、小田家の紋の赤旗を押し立てた衆徒が神輿を担いで庭へ入ってくる。衆徒が神輿を縁先に据えると、後から到着した柴田勝重が東吉の計略で神璽の箱を浅倉義景から奪い返し、神輿の中に納めて持ち帰ったと告げる。また九郎次郎を見た勝重は、光秀の手跡を真似て義景を騙し、神璽の箱もろとも義景を生け捕ってきたと言って、光秀の目前に引き据える。信長は悠然と、計略は全て東吉の指示であり、光秀と知りながら下屋敷に置き信長の手を汚す事無く浅倉を生け捕りに出来たと語る。また信長は光秀の妹である几帳の前は我が手で処罰すると言い、長刀を手にすると縛り縄を切る。信長は几帳の前の心底は十分に判ったので、お腹の子を無事に生んで欲しいと願う。義景は光秀が寝返ったと思い、禄盗人と誹る。光秀は義景から信長こそ国の敵と教え込まれ、正義感の強さから妹とともに信長を狙うようになったと明かし、信長の仁徳に触れた今では誠の主君は信長であり忠勤を尽くしたいと義景の首を刎ねる。信長は安堵し、静かに神輿の扉をあけると、中から慶覚法師が僧衣ではなく、烏帽子直垂姿で神璽の箱を捧げ持ってあらわれる。信長は室町御所の騒動で東吉が慶覚法師を救い出し、大膳から守る為に津島神社にかくまった事情を話す。そして信長は毎夜妾のもとへ通うと見せかけて実は慶覚法師の還俗を説得していたと打ち明ける。慶覚法師は名を義昭と改め、将軍職につく決意を述べる。信長は信仰する祇園社と津島神社とは同体であるから、この機会に絶えて久しい祇園会の祭りを津島神社への神輿の返還に再興したいと言上し、几帳の前とそのお腹の子を救った小鍛冶の長刀にちなんで注連縄を切り、長刀鉾を先頭に様々な鉾を飾って津島神社への道のりを練り歩く祭事を行う。

三段目

道行憂蓑笠(みちゆきうきみのかさ)
輝若丸と乳母侍従が都を逃れ、大阪へ向かう道行。

舞台は岸野村住吉街道
男は住吉参詣の客を相手に街道の傍らで燗酒を商っている。参詣道を行き交う人々の中には、借金の催促にわざわざ遠江からやってきた火車の小次兵衛と岸野村庄屋持兵衛がいた。小次兵衛は岸野村の薬屋是斎へ貸した金の返済を迫ったが埒があかず、役所に訴え出たものの役所側でも小次兵衛の付けた高利が法外であると、是斎には形ばかりの手錠をかけて薬屋の商売を続けさせていた。二人は街道で大膳配下の代官十河(そごう)軍平に出会う。小次兵衛は軍平に明日が返済の期限であるので、どうか是斎に返済をさせてくれるようにと願い出る。軍平は金貸しには許された利息というものがあり、それ以上の高利を貪るのは禁じられている。明日はその詳細を吟味するべく横目役人も来るので、沙汰があるだろうと答える。また軍平は持兵衛に向かい、室町御所からの落人を見つけ次第、生け捕って渡すか報告するならば褒美は望み次第であると言い、その旨を村中にふれ回るよう言いつけて立ち去る。小次兵衛と持兵衛も帰り、街道の松陰から三人のならず者があらわれ、かしらの木蔵と二人の手下は落人をつかまえて金にしようと待ち伏せる事にする。燗酒売りの男は代官のせいで客足が遠のき、これでは商売にならないとボヤきつつ手ぬぐいで頬かぶりをし、面を被って物乞いをはじめる。ここへ是斎の娘お露が通りかかり、男から金をせびられるが振り切って行ってしまう。すると今度は面と手ぬぐいを取り、通行人の男に朝鮮人参のようなものをそっと紙包みから取り出して、見せる。通行人はそれを朝鮮人参だと思い込み、三両で男から買い受けて立ち去る。そこへ一部始終を見ていた木蔵がやってきて、通行人から騙しとった金を出せと脅迫する。男はその金は主人のために作った大切な金であるから、渡すわけにはいかないと言い、見逃して欲しいと頼む。いらだつ木蔵が刀を抜いて斬り掛かると、そこへお露が戻って来て、男の事を「新」と呼ぶ。素性を隠したい男はお露の言葉をはぐらかし、危ないから早く家に帰るようにと言う。お露は木蔵に向かい男を見逃してくれるようにと頼み、その礼にと大事な櫛を差し出そうと結い上げた髪に手を伸ばす。しかし、いつの間に失ったのか櫛は無くなっていた。お露はかわりに懐から金を出し、木蔵はしぶしぶ納得して戻って行く。お露は燗酒売りの男を新作と呼び、日頃から思いを寄せていた事を告白する。また是斎の借金返済の代わりに小次兵衛が自分を女房にすると言っていると訴え、もし新作にもお露を思う気持ちがあれば心強いからと言って、色よい返事をと迫る。新作は涙ぐみ、主人是斎の娘から思いを寄せられるのは嬉しいが、このたびの金の工面に燗酒売りやサギのような真似までしていると明かし、荷箱の中から櫛を取り出すと、さきほどお露の髪から盗んだのもであると白状する。お露はこの櫛が京にいる姉が父への手紙と一緒に寄越した物で、大切に思っていた品だけれども、この櫛を売って借金の工面をしてもらいたいと言う。新作は櫛をお露の髪に差してやりながら、何も心配する事は無いと言って、是斎の手錠がとれ、母親の了解も得たならば、その時には良い返事をしましょうと答える。またそれまでは二人の事は秘密にと言い聞かせて帰らせる。新作も荷箱を担いで帰ろうとするところへ、百姓たちが荒縄やこん棒を手に新作を取り囲む。百姓達は新作が干してあった桔梗の根を盗み、朝鮮人参だと思い込ませて三両で売りつけた詐欺師であると言う。そして新作の口に藁を突っ込み、縛り上げる。そのまま焼き殺そうという百姓もいたが、代官所へ訴え出るのが良策と考えた百姓たちは、縛り上げた新作をそのままにして立ち去る。そこへ室町御所を命からがら逃れた輝若丸と乳母侍従がたどりつく。侍従は心優しい輝若丸にこんな辛苦をかけるのが不憫であったが、将軍の子として敵の刃にかかるような事になっても卑怯な態度を取らないようにと考え、その時が来たら敵の名を聞いた上で西の方を向き、南無阿弥陀仏と唱えると極楽からとと様が迎えにくると言い聞かせる。輝若丸はうなずいて、とと様に会えるなら嬉しいが乳母も一緒に来て欲しいと頼み、侍従は涙をこぼしながら輝若丸を抱きしめ、一緒に行くと約束する。この様子を見ていた木蔵ら三人は、さがしていた室町御所の落人を捕らえて金にしようと二人を連れて行こうとする。侍従は刀を抜き三人を相手に戦いはじめるが、侍従が手下と斬り合う隙に木蔵ひとりが輝若丸を狙って戻って来る。侍従は手負いとなり、輝若丸に逃げるよう叫ぶと、木蔵の手下二人を道連れに命を落とす。木蔵は輝若丸が隠れていそうな藁をかき分けると、中から縛られたままの新作があらわれる。木蔵が新作の口の藁を取ると、新作は縄をほどいてくれたら先ほどの三両をやると木蔵をだまして、今度は木蔵を縄で縛り、藁をかぶせる。するとそこに代官所で了解を得た百姓たちが戻り、火刑にすると言って藁に火をつける。危ない所をのがれた新作は、その場をそっと抜け出して帰って行く。

三段目
舞台は是斎の家
住吉街道で薬を商う是斎の家では、女房おさじと娘お露が床の間に飾る三方の準備をしている。そこへ借金の返済を迫る小次兵衛と庄屋持兵衛が是斎を迎えに来る。小次兵衛が借金のかたに連れて帰ると言ってお露にまとわりつくが、新作が制して借りた金を返すと小判六両を差し出す。小次兵衛は是斎に貸した金は黄金六両で、しかも高い利息がついて足らないが、貰わないよりはマシだと紙入れに仕舞い込み、ふたたびお露にしなだれかかる。そこへ是斎があらわれ、小次兵衛を引きのける。是斎はお露を借金のかたにやれば、亡くなったおさじの夫に申し訳ないと言い、心配するなと言いおいて、小次兵衛、持兵衛と共に役所へ向かう。残された母は新作に、金策のために毎夜出かけていたとは知らず、叱った事を詫びる。新作は主人のためならば、何も苦ではないと答えて朝食の支度をと台所へさがる。やがて門口のあたりで子供達の騒ぐ声が聞こえ、おさじは様子を見に出て来る。ひとりの迷子を棒切れで追い回す子供達を見たおさじは、子供達を追い払い迷子を家の中に連れて入る。美しい身なりや、迷いもなく座敷の上座に座る子に、お露とおさじは室町御所を逃れた落人ではないかと話す。また以前、是斎からお露の姉おちゑが室町御所で乳母をしていると聞いたが、その迷子がたずねる乳母というのはおちゑではないのかと、迷子に聞いてみようとする。おさじが問うても判らないと答えるばかりの迷子であったが、お露の礼儀正しい聞き様に迷子は心をひらき、京に居た頃は供も多かったが、乳母と二人で京を離れた事やその乳母とも離ればなれになって、乳母を探すうちに子供達からいじめられた事情を話す。新作は輝若丸を見て、昨夜の一件が露見したのかと肝を冷やすが、たった一人で生き延びた輝若丸に感心して食事の準備をする。しかし、ぞんざいな膳の据え様が気に入らず、おさじは再びお露に頼んで、膳を据え直させる。すると輝若丸の機嫌がなおり、箸をとる。やがて眠い目をこすりながら乳母を慕う輝若に、お露とおさじは手足を洗ってやろうと奥へ連れて行く。新作は輝若丸を不憫に思いながらも、室町御所の落人を差し出せば、その褒美の金で是斎を救えると思い、訴え出る事を決心して役所へ駆け出す。お露とおさじは迷子を介抱するうちに、その子が輝若丸である事を聞き出し、義輝が大膳の企みで殺され、慶寿院も大膳のもとにいると知る。輝若丸の乳母がお露の姉のおちゑだろうと察した二人は、是斎がこれを聞いたならば、どんなに心配するだろうとおちゑの身を案じる。そこへ代官十河軍平が新作の訴えで輝若丸を捕らえに来る。輝若丸はお露とおさじに西はどちらかと聞く。何故そんな事を尋ねるのかと聞かれた輝若丸は、乳母から教えられた通りに潔い最後を迎えるのだと言い、それを聞いた者たちの心を打つ。縛り上げられた輝若丸は乳母を心配し、もしこの後に乳母が来ても、自分は花見に行ったと嘘をついて欲しいと頼んで十河軍平に連れられて役所へ向かう。残されたお露とおさじは、不憫な輝若丸を思い、涙にくれる。すると、役所から再び30日間の手錠だけで許された是斎が持兵衛に送られて戻って来る。持兵衛は飛田の道ばたにあった死骸を是斎の頼みで戸板に乗せて村人に運ばせ、是斎の家に置いて行く。お露とおさじが心配して死骸に立ち寄り、是斎に尋ねると、やはり死骸は輝若丸の乳母侍従だった娘おちゑであると明かす。輝若丸が役所へ連れて行かれた事情をおさじから聞いた是斎は悔しがるが、主人を思う一心で訴え出た新作を責める事も出来ず、全てが上手く行かないもどかしさを口にする。是斎はおちゑの亡骸に数カ所の傷はあるものの、なまくら刀の斬り傷なので、明国から伝わる秘法をもってすれば息をふきかえす事もあるだろうと、薬?笥の引き出しをあける。するとその拍子に手錠が外れる。役人がわざと緩くかけてくれたものかと驚く是斎であったが、秘蔵の薬を取り出すと亡くなったおちゑの口を開けさせて薬を流し込む。是斎はおちゑの耳元で名を呼び、おちゑはお露やおさじの呼びかけに答えるように生き返る。輝若丸を探し求め、狂乱のおちゑを是斎は落ち着かせ、輝若丸は将軍義輝の子であるのかと聞く。おちゑは輝若丸を将軍義輝の子として育てたが、実は三好存保と自分の間に出来た子で、義輝と亡くなった正妻の間に生まれた男子は生まれて間もなく亡くなったと打ち明ける。慶寿院の思惑で輝若丸を将軍の跡取りとして育てたが、大膳の企みで義輝も亡くなり、父是斎を頼ってここまで来るつもりであったと語る。おちゑの気持ちを落ち着かせるため、皆は輝若丸は奥で寝ていると嘘をついていたが、もう一度輝若丸の顔を見せて欲しいと願うおちゑへの申し訳なさから、おさじは輝若丸の残した短刀で自害しようとする。しかしお露に止められ、是斎の孫とは知らずに敵へ渡してしまった事を悔やむ。それを聞いたおちゑは輝若丸が敵方へ取られたと知り、悲嘆のうちに息を引き取る。三人がおちゑの死を悲しむところへ、取り次ぎの使者が真柴久吉の到来を告げる。久吉の名には覚えが無かった是斎も、姿をあらわした此下東吉の顔を見て店先にあぐらをかく。東吉は土にひれ伏し、是斎を松下嘉平次殿と呼んでその健勝を喜ぶ。是斎は東吉を睨みつけ、自分がこのような手錠にかかるような難儀をするのも、この東吉のせいであると言い、かつて是斎が武士として大膳に仕えるために借りた準備金黄金六両を東吉に持ち逃げされた事情を話す。東吉はようやく頭を上げ、主君の指示に背いても立身出世をして天下を取るのが武士の道であると嘉平次から教え込まれたと述べる。また東吉は出世の後、嘉平次を探したが見つからず、今日思いがけず代官所の障子を隔てて顔を見て、手錠も緩くするよう役人に命じたのも嘉平次への恩返しであると話す。東吉は嘉平次に小田家の軍術師範になってもらえるよう頼むが、嘉平次は立ち上がると引き出しから東吉との主従の契約をした書面を取り出し、ずたずたに引き裂く。是斎は東吉との主従関係を断ち、改めて頼みたい事があると言って東吉を上座に座らせる。是斎に小田家へ一緒に来てもらいたい東吉は、再度その意思を尋ねるが、一度は大膳に仕えた自分が敵方へ行くのもどうかと言い、しばらく考えさせて欲しいと言って、お露に東吉を奥の間へ案内させる。おさじは喜び、お露も東吉の配慮を喜ぶが、是斎は返事の手紙をしたためて床の間の箱と一緒に東吉のいる奥の間へ持って行かせる。やがて小次兵衛が返済される金を受取りに是斎の家へやってくる。訴人で入手した千両箱を小次平衛に渡そうとする新作を是斎は止め、輝若丸の残した短刀を自らの腹に突き立てる。おさじやお露は驚いて是斎のもとに走り寄る。是斎は主人思いの新作とお露を夫婦にするよう言い残し、新作は松江新左衛門という堺の鞘師の家に生まれながら、身寄りを失い、是斎のもとで奉公を続けてきたと言い、また自分が是斎の貧しさを侮って、主人の娘お露に手をつけたと誹られるのが嫌だったと心のうちを明かす。是斎も息のあるうちにと、自らの出自を語り、自分は唐土の人間で、周防国主大内義隆の先祖淋聖太子の子孫に仕えた宗設という唐人であると言う。朝鮮から責め入れられ、明国の国土を失ったその無念を晴らそうと義隆を頼ったが、義隆も悲運のうちに命を落とし、その際自分に先祖の衣装を与えて、東国に赴いて良い大将を見つけ我々の無念を晴らして欲しいと頼まれたいきさつを語る。是斎は日頃床の間に祀り、大切にしていた箱にはその衣装が入っていて、いわば太子の形見なのだと明かす。苦しい息の是斎は、これで大膳へ味方した過去も清算できるだろうと障子の向こうにいる東吉へ言うが、小次兵衛は悲劇をよそに立ち去ろうとする。すると障子の中から東吉が十河軍平を加藤正清と呼び、小次兵衛を止めさせる。小次兵衛が驚いて足を止めると、障子の中から、太子の衣装を身にまとった東吉があらわれる。遠州時代の東吉を知る小次兵衛は東吉を「猿冠者」と呼び、その出世ぶりに驚く。東吉は千両箱を小次兵衛に渡すよう正清に命じるが、持って帰ろうとする小次兵衛を東吉は呼び止め、かつて「東吉が十石の侍になれたなら首をやる」と小次平衛が賭けた話を持ち出す。東吉は、まして十河軍平の素性を知った小次兵衛を生きて帰すわけにはいかないと言う。恐ろしさにわなわな震える小次兵衛は逃げようとするが、正清につかまり首を落とされる。東吉は是斎の遺志を継ぎ、朝鮮に攻め入って明国の無念を晴らそうと約束し、輝若丸を呼び戻して一同と対面させる。東吉は是斎の血縁である輝若丸を引き取り、久次丸と名を改め、自らの跡継ぎとして育てる決意をする。新作は髪を切り、曽呂利と名を変えて久次丸の傍に仕え、鞘師の家を再興すると決意する。正清が再び十河軍平としてもとの代官に戻ろうとすると、是斎は後ろの襖を開けさせ、その景色を朝鮮半島に模して地理を教え込む。正清はその先陣は自分がと約束し、是斎を安堵させる。東吉はまた茶の湯にゆかりの深いこの地に茶店を出して、道行く人に茶を施すよう命じ、村の名も天下茶屋村と名付けて帰って行く。

四段目
舞台は京、浮世風呂
侍たちが風呂上がりの酒を楽しんでいるところへ、ぬるい湯からあがった忠次が女主人おつめに苦情を言い、おつめは風呂焚きの番をしていた下男久七が居なくなっている事を愚痴る。侍たちが奥の部屋へ入って行くと、おつめは奉公する女達を叱り、下女小磯が久七と水汲みに行ったと聞くと尚更いらだつ。そこへ十河軍平が風呂からあがってきて、おつめに小磯という下女は主人大膳が手に入れたがっている雪姫に違いないので、だまして大膳のいる金閣寺へつれて行けば、自分の手柄にもなり、おつめにも褒美が出るとそそのかす。久七に気があるおつめは、何かと二人がそばに寄りたがるのを嫉妬し、軍平の話にのる。二人が話しているところへ、深編み笠で顔を隠した東吉が立ち寄り、おつめに風呂を使いたいと言って奥へ行かせ、軍平に東吉をも金閣寺へ入れる手配りを頼む。東吉が帰ったあと、軍平はおつめに小磯をだまして町の会所まで連れてくるよう指図し、帰って行く。小磯と久七は水汲みから戻り、おつめは小磯に帚を振り上げる。しかし久七が小磯をかばうといとしい久七の手前、機嫌を直す。おつめが久七に色目を使いながら奥へ入ると、小磯(雪姫)は久七(直信)に仇を捜して本望を遂げさせて欲しいと願う。二人が話し込むところ、客から呼び出された久七は奥へ行き、小磯ひとりになる。すると納戸から出て来たおつめは態度を変え、小磯を雪姫と呼んで、委細は聞いたので、どうか安全な場所へ隠れるようにとすすめる。直信とともに行きたいと願う雪姫に、おつめは二人では人目に立つから久七は後から行かせようと言い、駕篭に雪姫を乗せると上から網をかぶせて連れて行かせる。一方、かねてから小磯に思いを寄せる侍達に仲立ちを頼まれていた久七は、それぞれに良い返事をしていた事が露見して、どう始末をつけるのかと迫られていた。久七は三人の侍客にそれぞれの手ぬぐいを戸の隙間からさげてもらい、小磯にそれをひかせて夫を選ばせようと提案する。侍達が風呂に入って行った後、おつめが戻って来て久七を口説きはじめる。すると久七は、おつめに惚れている侍が三人いるので、もし自分と夫婦になったら、どんな仕返しをされるかわからない。そこで風呂の戸の隙間からそれぞれの手ぬぐいをさげるので、おつめが久七の手ぬぐいを選んでくれれば、侍達も納得するだろうと言う。おつめは喜び、化粧を直して風呂の手ぬぐいをひきに行く。しかし、久七のものと思った手ぬぐいは別人のもので、戸を開けた侍たちは小磯はどこだと騒ぎ出す。おつめは小磯をだまして駕篭に乗せ、大膳のもとへ行かせた事を明かす。これを聞いて驚いた久七が雪姫の後を追おうとするが、大膳の手下であった侍たちは久七を縛り上げて連れ去る。

四段目
舞台は金閣寺
主君義輝を殺し、その母慶寿院を幽閉した松永大膳は弟鬼藤太を相手に碁を打っている。大膳は慶寿院の望みで金閣寺の天井へ龍を描かせるために直信と雪姫を捕らえてきたが、両人とも何のかのと言って描こうとしない。大膳はこの機会に雪姫を手に入れるつもりで、直信は軍平に命じて牢に入れてしまっていた。鬼藤太は慶寿院を捕らえながらも生かしておく大膳の気が知れず、自分なら殺してしまっているだろうと言う。大膳は慶寿院が生きていれば小田信長や慶覚も手出しはできないので、人質として生かしているのだと話し、警護の侍たちに油断せずに慶寿院を見張るよう言いつける。浅倉義景を失って、小田と一戦交えるつもりであった大膳が、その戦を任せる軍師がおらずに金閣寺へ籠ったままでいるところ、信長の家臣であった此下東吉が大膳のもとに来ることになって軍平が迎えに行っている。その帰りを待つ間にと障子を開けると、そこには芸子法師に取り巻かれた雪姫が悲しげに座っている。大膳は雪姫に龍の天井絵を描くか、そうでなければ自分にものになるよう強要する。雪姫は描く事を拒否するつもりはないが、龍の絵は特別で、祖父雪舟から父将監まで伝わった秘書を見なければ描く事が出来ないと断る。また自分には主君慶寿院の配慮で夫婦となった夫直信があり、夫のある身で不義など出来ないと言い、こんなつらい仕打ちをされるのなら殺して欲しいと訴える。そんな雪姫に大膳はいらだち、軍平が戻ったら邪魔な直信を殺してしまおうと言い出し、それまでに決断をするよう雪姫に言い渡す。そこへ戻った軍平は小田の家臣であった東吉が大膳に近寄るのを警戒するために刀を東吉の首につき付けながら屋敷の中に入ってくる。それを見た大膳は軍平の刀を鞘に納めさせ、東吉にも刀の所持を許す。東吉は大膳に仕官の許しを願い、大膳は試しにと東吉を相手に碁を打ちはじめる。金閣寺に捕われた雪姫は慶寿院を助け出したい、夫直信の命も助けたいと悩みつつ、その手だてとして大膳に身を任せる決心をする。しかし碁に夢中の大膳は雪姫の申し出に喜びながら、直信を殺してしまえと軍平に命じる。駆け出す軍平を雪姫が慌てて止め、直信の命助けたさに大膳に従う気持ちになったのだから、待って欲しいと引き止める。大膳もその約束を思い出し、雪姫に直信の命を助けると約束して再び碁を打ちはじめる。大膳と東吉は碁盤上の戦いを続けるが、東吉が勝ち、上げ石を拾う間もなく大膳は盤をひっくり返す。東吉は扇で盤を押さえ、相手次第でわざと負けたりする事は出来ないと言い、腹が立つのならもうひと勝負しましょうと言う。大膳は納得し、東吉の才能を試すために今度は碁笥を井戸へ投げ込み、手を濡らさずに取り上げてみよと東吉に命じる。東吉は庭へ出ると樋を外し、瀧の水を井戸へ流れ込ませて碁笥を浮かばせて取り上げる。東吉は碁笥を碁盤の裏に載せ、信長の首に見立ててさし上げる。松永大膳、鬼藤太兄弟や軍平も東吉の機知に驚き、優れた軍師を手に入れた喜びに祝宴をと奥へ入って行く。残った大膳は雪姫の傍へ寄り、自らに従う気持ちになったのなら、慶寿院の望む龍の絵も描いて欲しいと頼む。雪姫が、なおも龍の絵の手本が無ければ描けないと断ると、大膳は手本を見せようと庭へ降り、宝剣を抜くと瀧の水に映す。するとたちまち龍の姿が現れ、刀を鞘に戻すと消える。雪姫は父雪村を殺し、宝剣くりから丸を奪った仇が大膳だと気づき、くりから丸を奪い取ると大膳に斬り掛かる。大膳は雪姫を突き飛ばし、剣をもぎ取ると、雪村を殺したいきさつを語る。大膳は雪姫を踏みつけ、鬼藤太に命じて縛り上げさせる。来合わせた東吉は雪姫の首を斬ってみせようと意気込むが、大膳はそれを止め、軍平に直信を舟岡山で殺すよう命じる。軍平は雪姫も舟岡山へと大膳に聞くが、雪姫の縛られた姿に魅入られた大膳はそれを許さない。大膳はくりから丸を鬼藤太に預け、慶寿院の見張りを固めるよう命じると奥へ入って行く。桜の木につながれた雪姫は軍平に引っ立てられ舟岡山へ向かう直信と顔をあわせる。直信は、生き残って慶寿院の事を頼むと雪姫に願うが、雪姫は一緒に死にたいと訴える。軍平と直信が去った後、雪姫は雪村を殺した仇が大膳であった事を直信に知らせる事のできない悔しさに泣く。やがて雪姫は祖父雪舟が幼い頃、寺に預けられ学問よりも絵を好んだ事から、柱に縛り付けられて折檻されたが、自分の涙を床に落とし、足で描いた鼠がその縄を喰いちぎって助けたという話を思い出し、あたりの桜の花びらを足でかき寄せると足で鼠を描き出す。すると花びらの鼠が動きだし、雪姫の縄を喰いちぎる。縄の外れた雪姫が起き上がると、花びらの鼠は消え、雪姫は直信のもとへ急ごうとする。そこに鬼藤太が現れ雪姫を捕らえるが、どこからか飛んで来た手裏剣が命中して鬼藤太は息絶える。すると鎧を身につけた東吉が姿をあらわし、鬼藤太の死骸からくりから丸を取り上げ、雪姫に手渡す。名剣を取り戻した雪姫は親の仇をとるべく大膳のもとへ向かおうとするが、東吉は大膳を天下の敵と呼び、その始末は後にするようにと説く。また軍平に命じて、直信の事は心配ないが、この様子を知らせるようにと雪姫を舟岡山へ急がせる。酒に酔った大膳が眠ったすきに、東吉は庭の桜をよじ上り、慶寿院の幽閉されている高殿に上がる。警護の侍たちを片づけた東吉は慶寿院に信長の指図で迎えに来た旨を伝える。慶寿院はその言葉を喜びながらも敵の虜となった身を恥じてここで死なせて欲しいと願う。東吉はそんな慶寿院に慶覚法師の還俗を伝え、味方の軍勢を集めて足利家に天下を取り戻そうとしていると励ます。東吉が付近で待つ侍たちに狼煙で慶寿院の無事を知らせると、あたりには法螺貝や太鼓の音が鳴り響く。二階まで降りた東吉が傍らの竹に慶寿院を乗せると、竹はゆっくりとしなって無事に慶寿院を地上に下ろす。舟岡山から戻った軍平、雪姫、直信は慶寿院との再会を喜び、軍平は東吉の部下加藤正清であった事を打ち明けて、大膳のいる一間の障子を蹴破る。すると障子の内側に鉄の網が張られ、中の大膳には近寄る事ができなくなっていた。東吉はその幼稚な防御策を嘲りながらも、今回は信長の指図通りに慶寿院を救い出す事のみで引き下がり、大膳の本拠地である信貴山での決戦を誓う。

五段目
舞台は信貴山
信長は将軍義昭に敵対する松永大膳を滅ぼすために、直信や光秀を従えて信貴山中に陣を構えている。義昭は信長の忠心に感謝し、また敵方の不意を討とうと陣中で能を催す。出陣の門出に義昭から舞扇を贈られた信長は、東吉とともに和歌を詠じて門出を寿ぐ。そこに敵の様子を探っていた権六が戻り、大膳との決戦の時が近づいた事を知らせる。光秀、東吉、信長が分かれて大膳の城に攻め込み、正清は城の兵糧を篝火として燃やし、大膳を追いつめる。正清と戦ううちに刀を折ってしまった大膳は、正清とつかみ合うが、踏みつけられて動けなくなる。先の将軍義輝を殺した大罪人として捕まえられた大膳は正清に逆さ吊りにされた上、直信の剣で身を貫かれ、義昭によって首をかき斬られる。