津国女夫池
一段目
舞台は室町御所
足利十三代将軍義輝は大納言秋忠卿の娘を正妻に迎え、その懐妊を祝う着帯の祝儀に在京の大名たちが御所に出仕する。広間には三好長慶の長男国長や浅川藤孝ら将軍家を支える武将たちが居並ぶ。将軍から祝いの杯をと御簾を半分ほど巻き上げさせたところに、勅使として舅大納言秋忠卿がやってくる。国長は舅とはいえ勅使として現れた秋忠に対し、上座を譲って下座につくよう将軍に進言する。しかし将軍は御簾の中から出て来る様子もなく、怪しんだ国長は御簾をあげる。すると中にいたのは義輝ではなく将軍の弟君義昭であった。浅川藤孝は勅使を迎えると上座に座らせ、将軍義輝は風邪で面会が出来ず、義昭が名代として承ると取り繕う。秋忠は堅田の漁師から双頭の亀が朝廷に献上されたと話し、その吉凶を陰陽師に尋ねたが判らず、武家に評議させるよう命じられたと述べる。藤孝ら武将たちは檻に入った双頭の亀を見るが、その吉凶について判るものはおらず、秋忠卿も即座の回答は難しいだろうと、義輝の体調を気遣いながら帰って行く。国長は義昭に対し、義輝に代わって将軍の座につくつもりなのであろうと詰め寄り、双頭の亀の出現もその予兆に違いないと言い出す。詮議のため義昭を預かると国長は自宅へ連れ帰ろうとするが、藤孝に止められる。まず父親三好長慶の意見も聞いてからとなだめる藤孝に国長は父長慶も正直な人間であるから許しはしないだろうと言って、なおも義輝を連れて行こうとする。そこへ義昭の乳兄弟で家臣の海上太郎があらわれ国長を投げ飛ばして言い合いになる。藤孝は二人を制しようと試みるが、聞き入れず、義昭は自分に後ろめたい事は無いが、その理由を口に出せば義輝の恥辱となってしまうと言って髪を断ち、出家する。二度と兄の顔を見るまいと決心した義昭は、義輝が九条の遊女街へ入り浸りで御台所の懐妊祝いにも御所へ戻る様子が無く、困った末に御台所と相談して将軍のふりをする事になったと語る。義昭は将軍の恥をさらした上は、もうここにはいられないと後の事を藤孝に頼み、海上太郎にも御所へ残るよう命じて亀の頭の片方を切り落とし、これで天下は安泰と朝廷に返事をするようにと命じる。そこに三好長慶があらわれ、義昭の出家を嘆き、もし自分がいたならば、こんな事にはならなかったと嫡男国長の首をはねる。しかし義昭は国長へのあてつけに出家したのではないと言い、かねてからの決心であったと打ち明けて御所を去って行く。

一段目
舞台は賀茂の社
安産祈願のため御台所は義輝の側室梅が枝、白菊、初雪を伴って賀茂の社へ出かけ、その一行を侍女清滝が迎える。御台所の休憩に用意された幕の内に一行が入ると、そこへ藤孝の使者として冷泉造酒の進(れいぜいみきのしん)が訪れる。造酒の進と清滝は御台所の決めた許嫁で、その二人に逢瀬の機会を与えてやりたい御台所は使者の用向きを聞いてくるようにと清滝に命じる。女たちにからかわれながらも嬉しそうに造酒の進に会いに行く清滝であったが、造酒の進は三好長慶が義輝寵愛の傾城大淀を養女とし、今夕九条遊郭から御所へ迎える事になったと伝える。長慶が嫡男国長の首を討ったのも義輝の信用を得る手段であると見抜いていた藤孝であったが、これといった証拠もなく、義輝を諌めても長慶への妬みによる讒言と思い込んで立腹してしまう。この上は御台所に諌めてもらうしか方法が無いので、すぐに御所へ戻って欲しいとの伝言であった。しかし一部始終を聞いていた御台所は、自分の嫉妬心から大淀を遠ざけようとしていると思われるのが嫌であると言って、帰る事を拒む。そんな御台所に側室梅が枝は大淀が御台所の着帯の祝いにも義輝を返さず、義昭の出家につながった事を訴え、もし御所へ入り込んだならば一層わがもの顔に振る舞い、御所に波風を立てるようになるだろうと説く。梅が枝に説得された御台所は、やはり大淀を御所へ入れてはならないと思い直し、急いで戻って行く。

一段目
舞台は室町御所門前
義昭の出家に付き添う事を禁じられた海上太郎は、御所に残って三好の家臣などにされるよりも、やはり義昭の行方を尋ねたいと御所を出る決心をする。せめて外からでも将軍家へ別れをと思い、御所の門前までくるが、門の中では饗応の準備が始まっていた。事情を知らない太郎が門番に聞くと、今夜は大淀輿入れの祝いで御馳走の準備に忙しいのだと説明する。やがて長慶の家臣岩成主税や馬淵団八郎に警護されて大淀の乗り物が到着する。太郎は堪えかね、傾城を御所へ入れるわけにはいかないと輿に手をかけて突き戻す。太郎の狼藉を長慶の家臣たちが止めようとするが、太郎はこれを蹴散らし輿の戸を蹴破る。すると中には大淀とともに義輝も乗っていて、将軍の乗った輿とも知らず狼藉した太郎は恐れおののいて、ひれ伏す。義輝は輿から降りると義昭の指図かと詰め寄る。太郎は義輝が卑しい傾城と同じ輿に乗るとは思いもよらず、また義昭の出家も大淀の起こした災いであると諫言する。大淀は動転し、御所へ迎えられたならば、御台所や側室たちからも恨みを買うに違いなく、遊郭へ戻りたいと言い出す。そんな大淀を義輝は引き止め、岩成主税らに命じて太郎を打擲させる。義輝が大淀の手を引いて御所へ入ると、なかでは婚礼の祝儀が始まる。閉ざされた門の外で悔し涙を流す太郎であったが、築地を越えて外へ出て来た女を見とがめ、そばへ寄る。声をかけると、出て来た女は御台所で、懐胎の身で危ないと太郎は心配する。御台所は今まで側室たちに嫉妬する事も無かったが、今夜の有様を見ては、もう御所に身を置く事は出来ないと心の内を明かす。やがて御所の中が騒がしくなり、御台所は見つけられてはならないと、何処へとも言わず立ち去る。やがて門が開き、出て来た岩成は御台所の行方を吐けと太郎を家来に取り囲ませるが、太郎は知っていても言わぬと答えて、蹴散らす。岩成を捕らえ締め上げた太郎は、長慶に会わせれば許すと言い、会わせると答えた岩成を解放する。しかし、岩成は御所の中に逃げ込んで門を閉ざす。太郎は馬を繋ぐために置かれている大石を持ち上げ、門に投げつけて穴をあける。太郎は穴から頭を出した長慶の家来馬淵団八郎の首をねじ切ると、館の前に投げ捨てて帰って行く。

二段目
舞台は鳥羽、七瀬川。
長慶、藤孝の二人に与えられた馬の草刈場が七瀬川にあり、その境に女の死体が横たわっているのが発見される。死骸の頭は藤孝側、足は長慶側にあり双方の庄屋らが呼ばれ詮議がはじまる。最初に見つけた者は長慶の領地に住む百姓で、気味悪さに逃げ帰り、そのまま庄屋へ報告に行ったと述べる。二人の庄屋は死骸にこもをかぶせただけで、他の事は何も知らないと答える。検分のためにつかわされた冷泉造酒の進と長慶の執権松永弾正は死骸に寄り、こもをめくりあげるが、顔の皮がはがされていて知った人であっても見分けのつかない状態であった。しかし二人は女の着ている小袖が町人のようではなく、また懐胎していた事から死体は失踪した御台所ではないかと思いはじめる。松永弾正は「高貴な家では懐妊した夫人の腹帯に懐妊月日と姓名をしるし、男子を安産するための守りを入れる」との伝聞から、腹帯の中を探してみようと提案する。弾正は腹帯の中からお守りを見つけ、また願主として義輝の名が記されていた事から御台所に間違いないと言って嘆き、泣きはじめる。造酒の進は冷静に死骸を眺め、その手足が御台所とは似ても似つかない事や弾正の大袈裟な騒ぎように不審を抱く。何か策略があると感じた造酒の進は死骸の処理を弾正に任せ帰ろうとするが、弾正は死体が藤孝の領地にかかっているのだから造酒の進に処理してもらいたいと言い出す。造酒の進は笑い、上体が藤孝の領地にかかっていても、その足は長慶の領地を踏んでいるのだからとはねつけて帰って行く。

二段目
舞台は室町御所、奥御殿
大淀を迎えた室町御所では酒宴が続いていたが、義輝は大淀の機嫌をとるために次々と人を殺すようになっていた。今日も酔った義輝はニコリとも笑わない大淀のために誰か成敗する人間を連れてこいと岩成主税に命じる。その様子を見た岩成の娘清滝は義輝の側室梅が枝、初雪に対し酒宴に呼び出されるのも辛いでしょうが何事も我慢して殺される事のないようにと言って立ち去る。誰が殺されるのか不安に怯える二人は、姿の見えない白菊を心配する。やがて庭先に縛られた白菊が連れて来られる。梅が枝、初雪の二人は驚き、庭へ駆け下りて白菊に話しかける。しかし猿ぐつわをされた白菊は最後の別れを言う事もできずに涙を流す。岩成は二人を引き離すと義輝、大淀の待つ奥へ入って行く。門の隙間から様子をうかがう二人は、白菊の惨殺される様子を見て震えながら念仏をとなえる。大淀は白菊の殺される有様を見て笑いながら義輝に抱きついて喜ぶ。梅が枝は大淀を唐土に現れた妲己にたとえ、自分たちも白菊と同じ運命であろうから、御所を逃げ出した方が良いのではないかと言い出す。しかし、この様子を義輝と大淀に見とがめられ、梅が枝、白雪の二人も岩成に殺される。そこへ七瀬川で御台所を殺した犯人を長慶が捕まえてきたという知らせが入る。義輝は、これで舅大納言秋忠への言訳になると喜んで白州へ向かい、三好長慶、松永弾正、浅川藤孝とともに犯人と対面する。長慶は何故御台所を殺したのかと犯人に問いただすが、男は遥かに義輝を見やり、はっきりと名は出さないまでも殺人の頼み手が義輝であったような口ぶりで義輝を怒らせる。長慶は弾正に犯人の首をはねるよう命じるが、藤孝は真相が明らかになるまではと止める。長慶は藤孝に対し、殺しの頼み手が義輝であると判っているのに、なおも追求すれば己の立場が危うくなるのではないかと注意する。しかし藤孝はひるまず、犯人に頼み手の名を明かすよう命じる。犯人は義輝から御台所を亡き者にし、大淀を御台所に出来たならば大名に取りたてようと、その手付けに大判五十枚を貰ったと訴える。怒りをあらわにする義輝を見た長慶は、やはり首を討ってしまえと弾正に命じるが、藤孝は再び止めて事件の張本人は他に居ると造酒の進を呼び出す。造酒の進は輿を伴い白州へ来ると輿の戸を開ける。中から身重の御台所が現れ、義輝をはじめ長慶も気まずい面持ちで迎える。すると、かねてから打ち合わせてあったのか、弾正は犯人の首を切り落としてしまう。大事な証人を失った藤孝は苛立ち、長慶が命じたのかと詰め寄るが、長慶は義輝に向かい涙をこぼしながら主君の為には嫡子の首をも落とした自分であるから、嘘だとは思わないで欲しいと訴え、御台所には密通した男があると言い出す。そこで妊娠した乞食女を御台所に仕立て、殺して本物の御台所をおびき出したのだと言い繕う。長慶を信頼する義輝はこのいいわけを信じ込み、不義、不忠の輩は自分が成敗すると約束し、長慶を伴って奥へ入って行く。残された御台所は不義の汚名をきせられ、無実の罪では死なぬと奥へ駆け込もうとするが、藤孝になだめられる。そして藤孝は造酒の進に許嫁の清滝とともに御台所を守るようにと命じ奥へ下がらせる。一人残った藤孝が長慶を待ち伏せするか、御前で対決するかと思い巡らすところへ、大淀が藤孝を呼びながら出て来る。その大淀の脇腹に藤孝は刀を突き刺し、数々の殺戮も謀反を企てる長慶に頼まれての事だろうと問いつめる。大淀は藤孝へ、その謀反を知らせるために出て来たと言い、義輝のまわりにいる武士達が皆長慶の謀反に加担していて、殺す機会をうかがっていると気づいたが、義輝の傍を離れる事も許されず、いっそ自分が悪人になって愛想をつかされるか、誰かが忠告に来てくれたなら打ち明けようと思っていたと告白する。大淀は自分の罪深さを思い、殺された人々の恨みを思えば、なぶり殺しにして欲しいと藤孝に頼み、「殿の事を・・・」と言いながら息絶える。思いがけない大淀の心根に藤孝が立ちつくしている所、御所中が騒がしくなり、御所の周りを軍勢が取り囲んでいる事を知る。思った通りに長慶の軍勢と知った藤孝は味方の侍達と共に戦いはじめ、造酒の進には清滝を連れて御台所を落ち延びさせるよう命じる。造酒の進たちが御所から出ようとする時、清滝の父岩成主税が鑓を手に立ちはだかる。清滝は岩成に、主君に忠誠を尽くすのが道であると言い、刀を抜いて立ち向かう。岩成は、養親に手向かう恩知らずと罵り、鑓を突き出すが清滝の刀に跳ね返されて首を切り落とされる。父を失った清滝は、夫造酒の進、主君御台所の為に命をかける気持ちを固め、ともに落ち延びて行く。長慶は義輝を探し求め、御所に火をかけよと命じる。藤孝み突き刺して名乗りをあげる。藤孝は怒りをあらわに弾正を追うが逃げられ、逃げ遅れた権平太を捕まえると足下に踏みつけ旗を取り上げる。藤孝の勇ましい戦いぶりに兵は近寄る事が出来なくなるが、主君を失った藤孝は仇討ちのために生き延びる事を決意し、御所を後にする。

三段目
道行 <旅の腹帯>
御台所は造酒の進、清滝に守られながら都を逃れ、東寺、鳥羽畷、淀、石清水八幡宮を過ぎて、橋本を前に産気づき、男子を生む。御台所は将軍家の子として生を受けながら、旅の空に生まれた子の運命を嘆く。造酒の進は八幡大菩薩が筑紫で生まれた時も石上樹下であった事、また石清水八幡宮に近い場所であるからには神々の守護もあるでしょうと御台所を元気づける。その後、一行は枚方を過ぎて造酒の進の父親文次兵衛の住む福島村へたどり着く。

三段目
舞台は文次兵衛の家。
少しばかりの知行のために士官はしたくないと、侘び暮らしを続ける文次兵衛の家に御台所一行が到着する。造酒の進は父母の折り目正しい性格を思い、清滝との関係はふせておかなければ勘当されるに違いないので、おくびにも出さないようにと清滝にささやく。やがて釣り竿を背負って戻った文次兵衛は造酒の進に見向きもせず奥へ行こうとする。造酒の進は文次兵衛を呼び止め、挨拶をするが、父は福島村も三好長慶の領地で女連れの腰抜けが留まるべきでは無いと突き放す。造酒の進はいささかも命を惜しがるつもりは無いと弁明し、連れ帰った御台所と若君の素性を明かす。わけを聞いた文次兵衛は、自分のような浪人を頼ってくれた御台所に感謝し、上座に座らせる。御台所は思いがけない三好長慶の謀反に生き残るのも悔しいが、若君を生むまではと御所を逃れ来て、頼る事ができるのは造酒の進や御夫婦だけであると涙ぐむ。文次兵衛は御台所を元気づけ、もし若君が三好誅伐の旗あげをしたならば、諸国の武将は御味方につくでしょうと語る。文次兵衛は屋敷の隅にある学問所を御台所一行の隠れ家として妻に案内をさせ、御台所と清滝は奥へ入って行く。文次兵衛は造酒の進を近くに呼び、海上太郎を探し出して阿波、淡路の軍勢を集めるよう命じる。学問所へ御台所を案内して戻った文次兵衛の妻は、清滝が長慶の家臣岩成主税の娘であると言い、それを聞いた文次兵衛は驚く。造酒の進は両親に、清滝自身が親を討取った事を話し、安心して欲しいと話す。しかし文次兵衛は、それほどの忠義心を持つ人間なら、親の恩も忘れる事はないであろうと一層心配する。文次兵衛は、この付近が三好長慶方の領地である事から、清滝が敵の者を手引きする事を恐れ、造酒の進に殺してしまえと命じる。造酒の進は清滝を妻であると言い出す事も出来ず、忠節を尽くす味方を減らすのは後悔のもとであると父をなだめる。しかし文次兵衛は聞かず、妻に清滝を連れてくるようにと命じ、目で合図したなら一太刀で殺せと言う。やがて何も知らない清滝が連れて来られ、文次兵衛から父岩成主税を失い、離ればなれになった一門の人々の事も懐かしいだろうと話しかけられる。その問いに清滝は、自分は東寺の四ツ塚に捨てられていた子で、自分を殺そうとまでした父岩成を慕う気持ちなど全く無いと答え、身寄りの無い自分を見捨てないで欲しいと頼む。文次兵衛は清滝が捨て子という話しも岩成の嘘ではないのかと重ねて尋ねる。清滝は捨てられた時に襟に縫い付けてあった守り本尊の不動尊とそれを包んだ袱紗を出し、実の親の形見と思い、肌身離さず持っていると言う。文次兵衛夫婦は、その見覚えのある品に驚き、捨てた親は自分たちであると名乗り出て清滝を抱きしめる。文次兵衛は造酒の進が三歳の頃に清滝が生まれ、苦しい浪人生活に二人の子を育てる事もままならず、二人とも飢え死にさせるよりはと清滝を捨てたいきさつを語る。しかし、夫の造酒の進が実の兄であると知った清滝は悲しさに涙ぐみ、造酒の進も因果な契りに心の内で煩悶する。文次兵衛は清滝と造酒の進ふたりの子が主君に忠誠を尽くす姿を誇りに思い、清滝が実の娘であったと披露するために御台所のもとへ清滝を連れて行く。ひとり残った造酒の進は父文次兵衛から、このあたりの百姓は三好方になびく「ひとでなしの畜生」であるから、なにかあったら鉄砲で撃ち殺すようにと命じられる。なにげなく言った文次兵衛の言葉もいまの造酒の進には妹と契った自分の事を言われているようで胸にこたえ、涙をこぼす。御台所と若君を父に預け、思い残すことはないと決意した造酒の進は、家の名を汚すような自分を葬り去ろうと刀を手にする。しかし武士として拝領の刀で自刃する事もはばかられ、首を吊るのも人間のする事と思い遠慮する。畜生の身としてふさわしい死に方に苦しむ造酒の進のもとへ清滝が戻って来る。しかし兄と知ったうえは近くに寄る事も出来ずに苦しみ、造酒の進とともに涙を流す。すると家の庇にさかりのついた猫が互いを呼び交す声が聞こえる。同じ色合いの二匹に造酒の進は兄妹であろうと察し、見るのも辛く明かりを吹き消す。清滝は誰にも咎められずに仲睦まじくしていられる猫を羨ましがるが、やがて二匹の猫が足を踏み外して真下の井戸へ落ちると、助けてあげたいと焦る。しかし、二匹の猫が水の中であがき、溺れ死ぬのを見て自分の運命を悟る。死を決意した清滝は暗闇の中で造酒の進を探し求め、恋を全うする覚悟で近寄るが、造酒の進はその手を振りほどいて外へ駆け出し、清滝も後を追う。

三段目
舞台は女夫池
道なのかあぜなのか、造酒の進はすがりつく清滝をふり払いながら夢中で走り続ける。やがて二人は絡んだ草の根につまずき、清滝は泣きながら、「こんな事になったのは自分の罪でも造酒の進の罪でもない。造酒の進ひとりが死んだところで、夫婦であった事実が消えるわけでもなく、二世を契ったうえは犬猫の類いでも来世は夫婦に生まれるだろう」と訴える。清滝の言葉に造酒の進は思い直し、二人で死のうと決意する。やがて辺りの草むらに星の映るのを見て、二つの池を見つける。造酒の進は池に石を投げて深さを計り、別々の池に飛び込もうと言うが、清滝は同じ池で死にたいと願う。造酒の進は清滝の願いももっともだと言い、しかし自分たちの死骸が浮かんだ時に、兄妹とは知らずに夫婦となり自害する事になったが、その恥を知って別々に死んだのだと思ってもらう事が出来たら、両親への申し訳になり、また世間の受け取り方も違うだろうと説得する。造酒の進は自分の着ている紋付や清滝が身につけている御台所から拝領の上着では、この死には相応しく無いと言い、ふたりは着物を脱いで傍らの木に掛けて西を向く。するとその彼方から松明の火や小さな提灯の明かりが見えると、文次兵衛や母の追って来る声が聞こえ、二人は急いで芦の間に隠れる。追って来た文次兵衛は、ともに心配して来た妻と御台所に向かい、二人とも道理をわきまえた人間なので、兄妹で契ったと知っては生きてはいないだろうと語る。文次兵衛は御台所にも御足労をかけ勿体ないと言い、妻に供をして早く戻るようにと命じる。しかし妻は諦める事ができずに、京への街道の方も探してみようと言い、死骸を見つけたならば諦めもつくだろうと文次兵衛は池の前を行き過ぎようとする。すると、枝にかかった紅裏が目にとまる。御台所はその小袖が清滝のものだと気づき、夫婦も造酒の進の小袖を見つける。文次兵衛は二人が池に身を投げたと思い、池の水面に向かって造酒の進が身の恥を思って刀で自害せず、紋付をも脱いで水死を選んだ事を褒める。御台所は忠臣と頼りになる侍女を失い若君の行く末を嘆いて涙をこぼす。文次兵衛は涙を押さえ、実は造酒の進と清滝は両親が違い、夫婦になっても差し障りがなかったと話しはじめる。造酒の進の実の父親は周防の国、大内義隆の家臣で駒形一学と言い、文次兵衛とは同い年で古くからの友人であった。母親は造酒の進を生んでお七夜も迎えないうちに亡くなり、それから間もなく迎えた後添えが今の文次兵衛の妻であったと打ち明ける。その頃はまだ大内家が隆盛を極め、茶の湯や連歌などが盛んで、連歌の道に通じた一学が周防朝倉八幡宮での連歌の会の帰り道に、何者かに襲われて殺されたと話す。それから先妻の生んだ子を抱え、未亡人となった一学の妻に、子が十五歳になったら敵討ちをさせるとの約束をして夫婦になったいきさつを話す。ところが浅川藤孝のもとに仕えた造酒の進は出世を重ね、仇討ちは一年、二年と延ばしてしまい、いつかは国や郡の主にもなるのではと願っていたが、このような泥水の中で死を迎える事になってしまったと言って嘆く。文次兵衛は造酒の進の出世につられて敵討ちをさせる約束を破った自分は、人間の皮をかぶった狐だと蔑み、そんな狐の死に場所はこの池であると言い、これで前夫の仇を討ったと思って欲しいと妻に言い残して池に飛び込もうとする。文次兵衛は妻や御台所に止められ、造酒の進と清滝も芦原をかき分けて姿をあらわす。母や御台所は生きていてくれた二人にすがりつき、嬉しさに涙を流す。造酒の進はひれ伏して泣いていたが、父母に心配をかけた事を詫びて今までの厚恩に感謝する。また実父の仇を討ち、現在の両親の念願も叶えたいと母親にその仇の名前なり住まいの噂でも聞いた事が無いかと問う。母はそれを知っていたならば再婚などせずに、幼い子に刀を握らせてでも自分が討ち果たしただろうと答える。仇を知る術がなく、文次兵衛を頼った年月を思い、母は文次兵衛の為にも仇を捜し出して討取って欲しいと造酒の進に願う。母子の会話を黙って聞いていた文次兵衛は、妻に仇の在処はわかったと言い、その仇は文次兵衛自身であると告白する。妻や御台所は驚き、造酒の進は呆れ、清滝は何とか文次兵衛を討たせまいと造酒の進の様子に気を配る。文次兵衛ひとりは落ち着きはらって一学を殺したいきさつを語りはじめる。かつて一学が存命のころ、文次兵衛は現在の妻を恋しく思っていたが近寄る術も無く、一学ならば知り合いがあると聞いて手紙をしたため頼みに行けば、一学は妻ある身でなければ自分が娶りたいと言い出す始末。そんな時に一学の妻が造酒の進を産んで亡くなり、その喪もあけないうちに後添えにしてしまった。その憎しみから一学を殺し、自分の妻に迎えたものの、何も知らずに慣れ親しんでくる妻を思うと苦しみは増して辛い年月を過ごして来たと語る。文次兵衛は造酒の進に向かい、一学の仇を討つようにと促し、清滝には手出ししないようにと命じる。文次兵衛は造酒の進に向かい、自分を討たねば武士の面目が立たないだろうと迫るが、造酒の進は討たれる側も親に変わりなく、その恩を知った人間の武士としての面目が立たないのなら、それまでと腰の刀を投げ出す。文次兵衛の妻は立ち上がり、その刀を抜いて夫の仇と呼んで文次兵衛の耳を切り落とす。そして仇討ちは済んだと言い、長年連れ添った文次兵衛にこんな真似をするのも武士の家に生まれた因果であり許して欲しいと詫びる。また仇を討ってもらうために再婚し、その仇を夫にしていた自分は神仏にも見放された女であると刀の切っ先を口にくわえて池へ飛び込む。文次兵衛は人を殺めてその妻を奪った畜生も池のすっぽんの餌になれと言って、もう片方の池に飛び込もうとする。その左手を造酒の進が掴み、どうしても死ぬとおっしゃるならば、切腹をと止める。文次兵衛は造酒の進が心がける事は御台所と若君の事だけで他には無い、兄妹とも忠義を忘れるなと言い残して腰の刀を抜くと自らの左腕を切り落とし、池に沈んで行く。造酒の進は両親の体を池から引き上げるが、すでに体は冷たく、三途の川も二人で瀬踏みであろうと嘆き、文次兵衛の遺言を胸に帰って行く。

四段目
舞台は奈良興福寺の傍らにある庵室
世を捨ててひとり庵室に籠る足利義昭は名も慶覚と変えて読誦の日々をおくっている。御台所の行方を捜しあてた浅川藤孝は清滝夫婦に若君を抱かせて、海上太郎の案内により庵の外までやってくる。庵の中からは読経の声が聞こえ、藤孝は慶覚が外出していない事を喜ぶ。慶覚に若君を会わせたいと藤孝は中へ入ろうとするが、太郎はそれを止め、還俗して長慶を討ち、義輝の無念を晴らしていただきたいと懇願した事を明かし、まず自分一人が中に入って、その返答を聞き、もし悪い結果ならば、違う手を打とうと一行を外で待たせる。太郎は庵室の庭に入ると頭をさげ、挨拶をするが慶覚は読経に余念なく太郎を見ただけで再び机上の経に目を落とす。太郎は苛立ち、還俗の返事を聞かせていただきたいと迫るが、慶覚には還俗の意思はなくにべもなく断られる。命がけで説得するつもりの太郎は机で慶覚を打ちはじめ、音に驚いた一行は庵の中に入り、太郎の乱暴を止める。太郎は長慶の謀反以来、その息のかかった侍達が我がもの顔に振る舞うのを見て断腸の思いをしてきた。若君は未だ幼少であっても慶覚が還俗してくれたら、ともに足利家のために戦いたいと一心に願っている気持ちを訴える。藤孝も涙ながらに若君を慶覚の前に座らせ、義輝の忘れ形見である若君は慶覚と血のつながった甥であり、この子を世に出す為、還俗の罰を受けるとも後見をお願いしたいと説得する。御台所も涙ながらに若君の行く末を頼むと願い、清滝夫婦は若君をうながし、傍へ近づける。慶覚は若君の笑い顔を見て、その面差しが亡き兄に生写しであるのを不憫に思いつつ見つめる。海上太郎から重ねて乞われた慶覚は、若君や御台所、藤孝のためにも還俗しようと決意を固める。一行は喜び勇むが、慶覚から足利家に伝わる「小袖の鎧」の在処を聞かれ答えに窮する。また味方となる大名は誰かと問われた藤孝は、慶覚君が還俗したと知れば足利家に恩のある大名は駆けつけてくれるに違いないと答える。その曖昧な返事に失望した慶覚は、文武に優れた藤孝もこのような思慮浅い人間になってしまうとはと嘆きつつ奥へ入ってしまう。海上太郎は急いで後を追うが、名将の片鱗をうかがわせる慶覚の言葉に藤孝は感じ入る。太郎は奥から走り出てくると、慶覚の姿が見えないと言い、裏の薮垣を切って逃げ失せたと知らせる。皆は驚くが、藤孝ひとりは落ち着き払って、我々を励ますための失踪であるに違いなく、御台所と若君を清滝に預け、三人で手分けして諸国の大名に味方を頼むよう指示を与える。

四段目
舞台は室町御所跡
慶覚は焼け落ちた室町御所を訪れる。はかない栄華の跡に涙をこぼすうち、日が暮れて宿を乞わねばならない時刻になる。慶覚は用ありげに行き過ぎようとする若者を呼び止め、一夜の宿を頼む。若者は長慶の命令で旅の僧を泊める事は禁じられているので、この先にある義輝公の古御所へ泊まられるのが良かろうとすすめる。慶覚はいぶかしげに、その御所はこの場所で焼け落ちたはずだと答えるが、若者は自分の目で確かめられたら?と慶覚を誘う。若者の案内で御所の門を入ると目の前には昔のままの御殿が広がる。慶覚は懐かしく部屋を歩き回り、義輝の部屋の上段に飾られた「小袖の鎧」を見つけると、足利家再興の瑞兆であると思わず鎧に触れる。すると忽ち空が暗くなり、家鳴りが聞こえ始め、慶覚は気を失ってしまう。
千畳敷其世かたり
慶覚は義輝と大淀の仲を嫉妬する梅が枝、白菊、初雪らの幻を見るが、その迷える魂も仏の力によって消え失せる。また義輝の亡霊は慶覚に長慶を討取って修羅の苦しみから自分を救って欲しいと頼み、小袖の鎧を手渡すかのように姿を鎧に変えて消え失せる。慶覚が目を覚ますと、そこは以前の焼け落ちた室町御所で、虚空には四人の女達の魂が御台所、藤孝らを招き寄せて消えて行く。慶覚はこうして小袖の鎧を手に入れ、藤孝らから味方の軍勢を得た報告を聞くと還俗する。

五段目
舞台は三好長慶の館
長慶は要害の地に建てられた館に安心して毎夜の酒宴を楽しんでいる。先君義輝公の仇を討つため、味方についてくれた諸国の軍勢には義昭とともに麓で待機してもらい、浅川藤孝、冷泉造酒の進、海上太郎の三人は密かに館へ忍び込む機会を狙っていた。三人は館の屋根から様子をうかがい、夜回りの侍を見つけると飛び降りて斬り殺し、拍子木を奪って館の中に入り込む。しばらく気づく人も居なかったが、気づいた松永弾正が夜討ちと叫び、同士討ちを防ごうと腰に同じ提灯を付けさせる。三人は多勢を相手に戦い、腰提灯を奪うと自分の身につけ、奥をさして斬り込んで行く。表門からも軍勢が押し寄せ、逃げ場を失った長慶は側の松の木によじのぼって身を隠す。藤孝、造酒の進、太郎三人は百人あまり斬り殺すが、目指す長慶と弾正が見つからず、館の内を探しまわる。すると一間から弾正が躍り出て、造酒の進と戦いはじめる。造酒の進は弾正の事は自分に任せ、長慶を探すよう藤孝、太郎に訴えると、左の肩先を少し斬られながらも弾正の首を討ち落とす。義昭公は館をくまなく探しても見つからない仇に焦り、運にも見放されたかと嘆く。藤孝も途方に暮れていたが、海上太郎は松の木が怪しいと火をかける。梢にいられなくなった長慶は地面に落ち、鑓で突き殺される。義昭公は長慶の首を落とし、勝ちどきを上げる。