近江源氏先陣館
一段目

舞台は鎌倉御所
源頼朝が亡くなり、その跡継ぎには北条政子の生んだ次男実朝が選ばれている。政子の父北条時政は執権となり、実朝の後見役を務めている。新年の挨拶のために諸大名の居並ぶなか、実朝から近年の目覚ましい働きを賞せられた佐々木盛綱は近江の国を領地として与えられる。盛綱はその恩賞を喜ぶが、頼朝存命の頃に弟高綱とともに先陣を務めたにもかかわらず、自分だけが恩賞にあずかり、その事が原因で不和となった弟高綱を探し出して領地を二人で治めたいと願い出る。それを聞いた執権時政は、盛綱を近江の領主にと配慮した理由を話し始める。亡き頼朝公の長男である頼家が家督を継げなかった事を恨み、鎌倉を出て都にのぼり自堕落な暮らしをしていると言う。そして近頃では謀反の噂もあるので、都に近い近江に名将を置いて防備したいという考えであると言い、また古今無双の軍師として誉れ高い高綱も探し出し、兄弟で近江を守って欲しいと盛綱に命じる。盛綱は時政に近江の国は兄弟で守ると約束し、退出する。そこへ都の頼家のもとへつかわされている家老片岡造酒正、近習比企能員、小姓三浦之助が挨拶にあらわれる。時政は頼家が鎌倉を避けて京へのぼったまま、遊興三昧で暮らしている事を責め、家老の片岡に何故諌めないのかと詰め寄る。何の返事も出来ずにいる片岡の心を察した政子は、長男頼家は頼朝の側室宇治の方が生んだ子であり、自分にとっては継子なので、世間では謀反などと言いたがるのだと苦しい胸の内を明かす。片岡は頼家が病気がちで、出かける事もままならず、鎌倉を軽んじているわけではないと弁明する。しかし、身辺に若狭という白拍子を始終侍らせ、放蕩三昧ではあると言い、しかしこれも若さのせいであろうから自分に任せて欲しいと述べる。近習比企能員はそんな片岡に対し、宇治の方と頼家にとっては北条が仇と見えてもおかしくないと言い出す。片岡と比企が言い争いを始めるところを三浦之助は止め、執権とは言っても頼家から見れば家来同然であるのだから、謀反など起こす必要も無いと言ってその場を鎮める。政子は時政の末娘時姫と頼家の縁組を提案し、片岡が媒酌人に選ばれる。実朝も頼朝の三回忌を東大寺で行い、その節に正式な縁組みもさせようと決める。

二段目
舞台は東大寺

亡き源頼朝の法要が行われる東大寺では、導師として建長寺の栄西和尚が呼ばれている。栄西は片岡造酒正と比企能員ふたりをねぎらうが、比企能員は頼家、実朝兄弟の家督争いについて不満をもらし、北条家と頼家との縁組の媒酌人となった片岡にも不遜な態度をとる。二人は言い争いをはじめるが、栄西に止められ、ともに休息所へ入る。そこに北条時政の娘、時姫が腰元達とともにあらわれる。片岡造酒正の娘、住の江も同行して嫁入りの事は嬉しいだろうと時姫に尋ねるが、時姫は頼家に白拍子の恋人がいる事を思い、恋仲を裂くような事は気が進まないと答える。これを聞いていた腰元の瀧浪は時姫の意中の人は三浦之助であると明かし、堅物の三浦之助を時姫になびかせる方法はないかと言い出す。住の江は籠絡する手始めに自分が口説いてみて、なびく様子となったら時姫を出そうと提案する。やがて宇治の方の使いで三浦之助が時姫のいる幕の近くまでやってくる。住の江は三浦之助を誘惑し、三浦之助も拒絶しきれずにいるところを時姫に引き合わされる。住の江の活躍で時姫の恋が実ろうとするところへ、政子と宇治の方ふたりがあらわれる。宇治の方は頼朝が生きてさえいれば長男である頼家がこんな処遇を受ける事もなかったであろうと言い出す。すると政子も正妻の子が家督を継ぐのは道理であると言い、二人は言い争いをはじめる。一触即発の危機に片岡は二人の間に入り、頼朝公の法要でこのような争い事はと言って涙ながらに二人を諌める。栄西も二人を諭し、政子も宇治の方も納得したように取り繕うが、政子一行が帰った後に宇治の方は三浦之助を呼び、頼朝公が東大寺に納めた雌雄の名剣のうち、雌剣を手渡し、この名剣につりあう名将を探し出すまでは勘当すると言い渡す。宇治の方の無念を察した三浦之助は、栄西の残した掛け軸の文字「天の時、正に至る」の時と正(時政)を狙うよう宇治の方に弓矢を渡し、宇治の方は時政の字を矢で射抜く。

三段目
舞台は源頼家の館。

愛妾若狭とともに宴を楽しむ頼家に近習比企能員が鎌倉の様子を伝え、宇治の方の指図で佐々木高綱を味方の軍師にすべく探しまわっていることを報告する。また比企は片岡造酒正が北条時政の娘、時姫との縁談を勧めている事を伝える。不安そうな様子を見せる若狭を頼家はなぐさめ、片岡が戻っても奥の御殿へは入れずにおくようにと家来たちに言い渡す。そこに取り次ぎの侍が来たり、佐々木高綱の来訪を告げる。比企能員は高綱に対面し、味方の軍師として迎えたい意向を伝えると、高綱は快く承諾する。頼家は堅苦しいやり取りに閉口し、高綱を早く宇治の方に引き合わせてしまおうと、高綱を連れて奥の部屋へと入って行く。そこにもう一人の高綱が現れ、不審な人物として縄をかけられそうになるが、対面した宇治の方はその器量を見て取り、頼家に対面させようと奥の部屋へと案内する。すると腰元達ばかりとなった庭先に花売りの男が入ってくる。男は立派な館を見るうちに庭の中に入り込み、どうか館の中も見せて欲しいと梅の花を差し出して比企能員に頼みはじめる。怒った比企は男を梅の枝で打擲し、男は謝って出て行こうとする。そこへ宇治の方が現れ、男を縛り上げるようにと命じて、自ら成敗をするので刀を持ってくるようにと腰元に言い、比企には奥へ入るようにと指図する。花売りの男は命乞いをするが、宇治の方の刀を見て観念する。ところが、男を切ると見せかけて宇治の方は縛り上げた縄を切り、頼みたい事があると言い出す。宇治の方は花売りの男を恋慕し、思いを叶えて欲しいと言って迫る。花売りの男は訝しみながらも承諾し、二人で館の中に入ろうとする所へ片岡造酒正が戻ったという知らせが聞こえる。慌てた宇治の方は花売りの男を打ち掛けの中に隠し、素知らぬ顔で片岡と対面する。奥御殿へ入らせない頼家の仕打ちに納得できない片岡は、宇治の方にその不満を訴えるが、その理由は自分が説明すると言って、入道大江の広元があらわれる。広元は片岡が勧める北条との縁組に不審があり、そのことで頼家の不興を買うことになったと説明する。片岡は鎌倉との和睦をはかるには縁組が欠かせないと説き、身持ちの悪い宇治の方の噂や頼家の遊興三昧を嘆き悲しむ。宇治の方は噂を信じる片岡を叱るが、片岡はひとえに北条との縁談を承諾して欲しいと訴える。広元は片岡の振る舞いを許さず、比企は片岡につかみ掛かろうとする。そんな比企を片岡は投げ飛ばし、頼家に直接願おうと立ちかかる。広元は片岡めがけて手裏剣を投げつけるが、片岡には当たらずに宇治の方の打ち掛けに当たり、花売りの男が痛みを堪えかねて出てくる。宇治の方は片岡に詫び、広元も頼家に片岡を会わせようとしぶしぶ奥の間へ伴って行く。頼家の機嫌をとるための宴の合間に若狭はそっと出て来て、縁談の事は心配なくなったようだが、片岡は自分の恋には仇であるとつぶやく。それを後ろで聞いていた広元は、本当の敵は宇治の方であるとふきこむ。広元は頼家の為にも宇治の方を生かしておくことは出来ないと言い含めて、若狭に殺させようとする。若狭は広元の言う事を真に受け、宇治の方を狙って奥の間へと入って行く。一人残った広元は廊下を歩く花売りの男に気がつき、若狭との話を聞かれたと気づいて切り掛かる。花売りの男は刃を脇息で受け、再び切り込む鍔元を打ち落とす。驚いて駆けつけた比企能員は飛んで来た手裏剣を受けて絶命し、花売りの男は自分こそが佐々木高綱本人であり、先に館へ入った二人は自分の配下のものであると述べる。高綱は広元が鎌倉に通じ、自分の娘を白拍子若狭として密かに頼家のもとにやって、頼家、宇治の方を亡き者にしようと企んでいたと見抜く。高綱に見抜かれて返答もできずにいる広元の前に若狭の打首を手にした頼家があらわれる。今までの放埒を悔やんだ頼家は、その放埒を改めるために若狭を殺したと言い、その死は父親が行った罪の報いであると述べる。広元は恥じ入り、自害しようとするが高綱に止められる。高綱はその器量をもって広元を救い、広元も新たな気持ちで頼家に忠義を尽くそうと思い直す。頼家の味方をする決意を固めた高綱にとって、片岡造酒正は敵となる事が決定的になり二人は互いの力を尽くして対決する事になる。

四段目
「道行旅路の濡衣」
時姫と住の江が三浦之助の行方を探して近江路を行く。途中、塩売りに姿を変えた三浦之助に出会うが、見失ってしまう。

五段目
舞台は近江、高宮の村はずれ。

三浦之助を見失い、時姫と住の江が落胆するところへ鎌倉から北条時政の家来関口平太が迎えにくる。時姫は鎌倉へ帰る事を拒むが、関口から片岡造酒正の配慮で悪いようにはしないからと説得され、住の江とともに東へ向かう。ここに急ぎの駕篭が到着し、駕篭の乗客は駕篭かきへの返礼に駕篭代の他、酒を飲ませてやろうと言い出す。酒を飲まない一方の駕篭かきは餅の方が良いと言い出して、離れた茶屋へと向かうが、酒に目がない四斗兵衛は飲み続け、酔いつぶれて寝込んでしまう。客の侍が呆れつつ立ち上がり、先を急ごうとするところへ、鎌倉方へ内通している大江広元の家来鬼山曾平に出会う。駕篭に乗ってきた侍は鎌倉方の八藤軍治で、それぞれの密書を取り替えて持ち帰ろうとする。だが曾平は後ろで寝入っている四斗兵衛に気づき、密談を聞かれたのではないかと疑う。二人は四斗兵衛を殺してしまおうと考え、眠っていたところを起こして命をくれと頼む。四斗兵衛は驚き、一度家族に会って別れを言いたいと命乞いをする。そして逃げ出そうとするところで肩先を斬りつけられる。四斗兵衛は古井戸に飛び込み、四斗兵衛は死んだと思った侍二人はそれぞれ来た方へ帰って行く。一部始終を見ていた塩売りは古井戸の四斗兵衛がただものではないと見抜き、天秤棒に仕込んだ鑓を井戸に突き込む。四斗兵衛は鑓の穂先を抜き取ると古井戸から出て来て塩売りに向かって投げ返す。鑓の穂先は塩売りに命中し、四斗兵衛は何か心に思案があるかのようにうなずき、村道に向かって歩き出す。塩売りは鑓の穂先を手で受け止め、死んだふりをしていたが、起き上がって四斗兵衛の後を追って行く。

六段目
舞台は近江、醒が井の四斗兵衛の家。

大酒飲みの四斗兵衛は家の道具類まで酒代のために売り払ってしまうような暮らしをしている。四斗兵衛は今日も女房おまきに酒をねだり、断られると通行人をまきこんで酒を買って来させようとする。その計略が失敗に終わったあと、嫁入りの酒、肴を届ける仲人が道を尋ねて四斗兵衛の家に来る。四斗兵衛は、その婿になりすまし、酒、肴を受け取ると仲人を帰らせる。やがて若い娘を連れた立派な侍が四斗兵衛の家にやってくる。その侍はおまきの兄である片岡造酒正で、嫁入りと偽って連れて来た若い娘は時姫であると言う。片岡は時姫が時政からは勘当され、頼家側からは首を討って差し出せと迫られている事を話し、おまきと四斗兵衛を見込んで預けに来たと打ち明ける。しかし、おまきは酒のためには道理も義理も忘れる四斗兵衛を信じられず、不安になる。四斗兵衛は時姫を匿ううちは禁酒すると宣言し、おまきは喜んで匿う決心をする。安心した片岡が帰ったあと、塩売りの長蔵が酒樽をもって駕篭かきの弟子にして欲しいと四斗兵衛の家にやってくる。酒好きの四斗兵衛はさっそく飲みはじめ、長蔵は肴にと藁づとの中から刀を出し、これで時姫の首を切って欲しいと言い出す。酒のためならと四斗兵衛は請け合い、長蔵を見て思わず駆け寄ろうとする娘の首を切り落とす。長蔵はその死を見届けると立ち去り、おまきは兄へ申し訳が立たないと嘆き悲しむ。そこに片岡が戻り、四斗兵衛を武士に取りたてるためと祝儀の兜を持参する。おまきが自害しようとするところを止めた片岡は、その様子から時姫が殺された事を知り、四斗兵衛に切り掛かる。四斗兵衛は兜と刀を持って奥に逃げ込み、夫を助けようとするおまきと片岡が争ううち、表に塩売り長蔵が三浦之助という名をあらわして和田兵衛秀盛を頼家方の軍師として迎えに来たと呼ばわる。三浦之助は四斗兵衛が下賎の者として暮らしていても、その器量は隠しがたく古井戸での一件で確信した事を話す。また肴として差し出した刀は宇治の方より預かったものであり、その刀を受け取るからには頼家方に味方する所存であろうと言って、一刻もはやく京へ同行して欲しいと望む。それを聞いた片岡は時姫の仇であり頼家方の人間を放っておく事は出来ないと、四斗兵衛(秀盛)の逃げ込んだ一間に駆け入ろうとする。片岡がその戸障子を蹴破ると、中には陣羽織、鎧姿の秀盛が座し、先ほど殺した娘は片岡の娘であろうとただす。秀盛はその姿形が片岡に似ていた事から、片岡が時姫の思いを叶えるために娘住の江を身代わりにした事を思い、その気持ちを察して不憫ながら住の江を殺したと打ち明ける。片岡が伴ってきた輿からは本物の時姫があらわれ、自分の恋心のせいで住の江の命を奪ってしまったと嘆き悲しむ。片岡は娘の死を無駄にして欲しく無いと、生き残った時姫を三浦之助に添わせたいと願うが、三浦之助は鎌倉方の娘など断ると言い、どうしても時姫を自分の娘と偽って添わせようと思うのなら片岡の首が欲しいと言い出す。秀盛は不忠ものの誹りを恐れず、将軍宣下に欠く事の出来ない兜を手に入れた片岡を褒め讃え、自分が軍師となったからには方策を尽くして戦うと誓う。それを聞いた片岡は、自分のような武士はもう必要ないだろうと腹に突き立てる。片岡は秀盛に三浦之助への取り持ちを頼み、秀盛から人の気持ちをくんであげよと諭された三浦之助は時姫を妻とする事を承諾する。しかし、戦いに勝つまではと三浦之助は時姫をおまきのもとに預けて出立する。

七段目
舞台は近江、坂本の城。

頼家の城を預かる高綱は盛綱の攻撃が近いことを物見の新開次郎から報告される。高綱が夜遅くまで戦いの策を思いめぐらす所へ、妻の篝火が子の小四郎を連れて初陣の許しを乞いにあらわれる。高綱はそれを許し、小四郎に鎧をつけさせる。高綱は祝いの杯をしようと、二人を連れて奥の間へ入って行く。夜も更け渡った城門に一人の武者があらわれ、静かに城門を叩いて佐々木盛綱であると言う。弟高綱の顔が見たいと言う盛綱に高綱は面会を許し、篝火は警戒しつつ城内へ案内する。高綱は兄への礼儀を尽くし、長い不和となり、兄弟でありながら疎遠となった事をわびる。盛綱は疎遠はお互い様であり、面会に来たのも久しぶりに顔が見たかったからであると言う。しかし、盛綱がこの機会に頼家方に味方したいと言い出すと高綱は怒りをあらわにして、兄を弓で打ち据える。盛綱は一途な高綱に母親微妙の悲しみも思いやって欲しいと頼むが、高綱は聞き入れず盛綱を城外へ追いやる。こうして盛綱は高綱の頼家への忠誠心を確かめると、急いで城へ戻り、合戦の準備をはじめる。盛綱が早々に責めてくる事を知った高綱は陣太鼓を打ち、戦いがはじまる。坂本の城から一騎で走り出て来た小四郎は初陣の名乗りを上げ、盛綱の子小三郎と戦いはじめる。篝火と盛綱に見守られながら、互角の戦いであった二人が馬から落ち、つかみ合いになると小三郎は小四郎を組伏して縛り上げ、勝ち名乗りをあげる。
八段目
舞台は比良、佐々木盛綱の陣。

盛綱の妻早瀬は子の小三郎の手柄を喜びつつも母微妙にとっては生け捕られた小四郎も孫であるからと、その心痛を思う。微妙は小四郎の事は高綱との音信不通の為、顔を見た事も無いので、小三郎の手柄を喜ぶ気持ちに変わりはないと答える。やがて、石山の北条時政へ報告に立ち寄って、館に戻った盛綱と小三郎が縄で縛られた姿の小四郎を連れてくる。微妙は初めて見る孫小四郎に高綱の面影を重ね、不憫な孫の姿をつらい気持ちで見つめるが、早瀬への気兼ねもあって、素知らぬ様子を見せる。盛綱は時政からも褒められ諸大名からも息子の手柄を羨ましがられたと喜んで母に報告する。早瀬も小三郎に初陣をさせるため、微妙と三人で戦場まで盛綱を追いかけて来た事は間違いではなかったと誇らしげに喜ぶ。小三郎は北条時政より小四郎を討首にする事を禁じられ、縄をかけたまま生かしておくようにと命じられた事を話す。小三郎は小四郎の無念を思い、言葉をかけるが、小四郎は父高綱の教えを守って潔く死ぬのが武士であると、討首にするよう求める。そこに高綱方の侍大将和田兵衛秀盛が盛綱を訪ねて来る。秀盛は鎌倉方の攻め方が悠長なので、退屈しのぎに小四郎を返してもらいに来たと言う。盛綱は小四郎のような子供がいなければ勝つ事ができないのかとあざ笑うが、秀盛は小さな子を生け捕って大喜びで戻った鎌倉方をさげすむ。秀盛は自分の命と引き換えに小四郎を返して欲しいとも言うが、盛綱は一度捕らえて時政に報告した上は自分の勝手には出来ないと断る。秀盛は時政と直談判しようと言いつつ、盛綱の館を出て行く。盛綱は思案の後、母微妙を呼ぶと、頼み事があるので承知して欲しいと言い出す。盛綱のただならぬ様子に頼み事を引き受ける約束をした微妙であったが、その頼み事は孫小四郎を今夜のうちに殺して欲しいという事だった。微妙は北条時政の命令で、小四郎を生かしておかなければならないはずだと問う。盛綱は時政が小四郎を人質にして高綱を味方につける考えであろうと言い、たとえ高綱にその気持ちが無くても、小四郎が生きているうちは情愛にひかれて未練な振る舞いをするかも知れない。高綱が武名を汚す事の無いように小四郎を殺してしまおうと思うが、自分が手をくだしたならば時政の命令に背く事になる。なので是非小四郎が自害したという事にする為、その説得の役をと微妙に頼む。微妙は弟高綱の事を心配する盛綱に感謝し、その役目を引き受けて二人は奥へ入って行く。小四郎の母篝火は和田秀盛の従者にまぎれ込み、陣屋の木戸口まで忍び込む。篝火は小四郎への手紙を矢に付けて庭の紅葉に命中させるが、その手紙を早瀬に見つけられ、早瀬は武士の母として夫や子の恥となるような振る舞いは慎むようにと返事の矢を木戸の外の松に射込む。小四郎はそのやりとりから篝火が近くまで来ていると知り、ひと目会いたいと付近をそっと窺う。その後ろから微妙が声をかけ、小四郎のおどおどした様子をいっそう不憫に思う。微妙は小四郎の縄をとき、会わずに過ごした年月も忘れたことは無かったと温かい言葉をかける。そして、微妙は切腹の白い上下と刀を小四郎に差し出し、北条時政が小四郎を人質にして高綱を味方に引き入れようとしていると説き、父高綱のために死んで欲しいと泣き崩れる。我が子が切腹させられると気づいた篝火は驚き、木戸の外で気をもむ。小四郎はおとなしくその言葉を聞き、高綱や盛綱のためならば喜んで死ぬ覚悟が出来ているが、初陣に出て間もないうちに生け捕られたのが悔しく、一度は高綱の許へ返してもらって雑兵の首ひとつでも手柄にしてから死にたいと願う。微妙は小四郎を返したならば、盛綱が咎めにあうと説き、父高綱のためにもおとなしく死んで欲しいと諭す。微妙は後から自分も自害するからと小四郎に切腹を迫るが、小四郎は逃げ惑い木戸の篝火を見つけて駆け寄ろうとする。微妙は小四郎を捕らえ、切腹するようにと叱責する。切腹しないのなら斬り殺すと刀を振り上げた微妙に、小四郎は手を合わせて、母の声を聞いたら、いっそう死にたくなくなったと逃げ惑う。微妙がそのつらさに泣き崩れると、遠くから陣太鼓が聞こえ、長刀を持った早瀬が木戸を開けて入って来た篝火と対峙する。館のうちが騒然とするところへ、北条時政のもとへ高綱が攻め込んだという報告が入る。盛綱は高綱が小四郎を奪い返そうとして時政の計略にかかったと思い、高綱の死を確信する。やがて時政は近習古郡新左衛門を供に鎧櫃を脇に置くと、高綱の首を実検して欲しいと盛綱の館にあらわれる。時政は高綱の影武者が何人もいる事を考慮し、兄盛綱にその顔を確かめさせようとする。盛綱は弟高綱の討首を確かめるために悲しみを押さえつつ首桶をあける。すると小四郎が後ろからのぞき込み、父の顔を見ると即座に刀を腹に突き立てる。驚く一同に小四郎は逃げ回ったのも父高綱に会いたかったからだと言い、その父とともに死んで武士としての死に方を見せようと見事な切腹をとげる。微妙は小四郎の手にすがり、叱責した事を詫びる。時政から高綱の首であったかと尋ねられた盛綱は、弟高綱の首に違いないと答え、時政は安心して帰って行く。盛綱はあたりを見回すと、偽首の計略はうまくいったと篝火を呼ぶ。小四郎のもとにかけ寄る篝火は我が子を抱いて泣き崩れる。微妙は偽首と知った上で時政を欺いた盛綱に頼家方に味方するつもりかと尋ねる。盛綱は時政を裏切る気持ちは無かったが、父の計略のため命を落とす小四郎を犬死ににはさせられなかったと言い、その詫びには自分も切腹する所存であると答える。盛綱は小四郎を褒め、篝火も悲嘆にくれながら健気な小四郎を褒めてその最後を見送る。一同が悲しみに沈むなか、盛綱は時政への申し訳に切腹しようとするが、和田秀盛があらわれ、敵を前に自害とは臆病と止められる。秀盛を相手に盛綱は戦おうとするが、秀盛は懐から鉄砲を出し、時政の置いて行った鎧櫃を撃つ。すると中から時政の隠目附があらわれる。秀盛は時政の疑い深い性質を盛綱に思い知らせ、すぐに切腹したならば偽首が露見して折角の計略がだいなしになる。本物の高綱が戦場に出て来てから切腹しても遅くは無いと諭して盛綱の切腹を思いとどまらせる。

九段目
舞台は大津の浦、二郎作の家

大津の浦に住まう舟長二郎作と妻およつの家では十五になる子のぼん太がひとりで留守番をしている。およつは雪が降りはじめた帰り道に傘をさしかけて貰った侍に送ってもらい家に戻るが、後から侍がおよつの家を訪ねてくる。およつは腕のたつ侍を探すために侍に気のあるそぶりを見せるが、他愛ない人物とわかると、ぼん太に追い払わせる。やがて夫の二郎作が簑笠をつけた老人を伴って帰って来て、その老人を今夜は泊まらせると言う。二郎作は草津のあたりで戦があると聞き、何か商売になるのではと矢橋の浜に舟をつけていたところに、この老人が突然乗り込んできて、とにかく舟をだしてくれと頼まれたと話す。老人からは石山の陣所へ行って欲しいと言われたが、激しい風に吹き戻されて仕方なくこの家まで案内したと言う。明日朝、風がやんでいたら老人を石山まで送る事にしたと二郎作はおよつに話し、およつは老人の風貌や話しぶりから立派な武将のように見えるがと問う。老人は今日の戦いで佐々木高綱に翻弄され敗走したいきさつを話す。およつは死んだと聞いていた高綱が実は生きていたのかと老人に問う。すると老人は高綱の事は何度も討ち取っているが、皆偽物であり、高綱の子小四郎が後を追って自害したのを見て今度こそは討ち取ったと思い込んでいたが、今日また高綱に悩まされて、その恐ろしさを思い知ったと語る。およつはその話を沈んだ様子で聞き、小さい子でも戦場に出れば命を捨てなければならないと親の心を語ろうとする。しかし二郎作はおよつに語らせず、話を遮って老人の名前を問う。老人は名前を言うのをはばかり、二郎作も老人の立場を思って無理に聞き出さず、奥の部屋で休息させることにする。およつは涙を浮かべ、ぼん太の用意していた供え物を押し入れの中にある仏壇に供える。およつは二郎作を「佐々木殿」と呼び、二郎作に注意され「二郎作殿」と言い直す。およつは亡き子の供養をと夫に頼み、その泣き声をはばかる二郎作はおよつをたしなめる。およつは父親の言いつけ通りに振る舞って亡くなった子を愛しんでは泣き沈み、二郎作も子の最後を見届けることができた妻よりも自分の方がいっそう苦しかったと心の内を吐露する。夫婦とぼん太が悲嘆の涙にくれるところに、長押にかけた鳴子が音を立てる。二郎作は立ち上がり、およつに「城内からの知らせ」だと言って、奥の間に注意するよう言いつけ、ぼん太には裏口を見張るよう指図する。二郎作が居間の畳を上げると中から武者姿の男、谷村小藤治があらわれ、今日の戦場のもようを語る。また北条時政がただ一人で逃れた事を聞いた二郎作は、その様子を聞き出す。小藤治が帰ったあと、畳を戻した二郎作におよつ(篝火)は奥の間にいる老人が時政に違いないと言い、時政を討ち取る良い機会であると夫高綱(二郎作)に進言する。しかし高綱が落ち着き払っているところで再び鳴子の音が響き、家来四の宮太郎が報告にあらわれる。太郎の話によれば、今日の勝ち戦に和田兵衛が大酒を飲んだうえ、頼家公からの祝い酒だと大江の入道が注いだ酒を飲み干したところ、突然顔色が変わり、血を吹き出して息絶えたと訴える。高綱が三浦之助はいなかったのか?と聞くと、三浦之助は毒酒で和田兵衛を殺した入道に向かって駆け寄ろうとしたが、その板の間に仕掛けてあった落とし穴に落ち、その穴に仕込まれた劔で命を落としたと語る。高綱は和田兵衛、三浦之助を失ったのも運の尽きであると言い、すぐにも城へ戻ろうと篝火に用意を言いつける。すると外が騒がしくなり、北条方の兵が時政を迎えに来る。篝火は一刻も早く時政を討つようにと高綱にすすめるが、高綱は城へ戻る時政を送り出す。篝火は折角の機会を逃した高綱をなじるが、高綱は時政が偽物であると見抜いていた。高綱は時政が自分に似たものを選んで影武者を仕立て、その影武者を高綱に討ち取らせて頼家方の油断を誘う手だてだと説く。高綱はその計略を見越してわざと味方の追手から偽時政を逃れさせ、この家に誘い込んで和田兵衛や三浦之助が死んだと思い込ませ帰らせたと話す。高綱は鉄砲で松の木に潜んでいた北条方の諜報を撃ち殺し、居間の畳を上げると城内への抜け道を戻って行く。

舞台は坂本、頼家の城。
数度の勝ち戦をおさめながらも、頼家方は北条方の大軍に攻め込まれて落城も間近くなっている。城内では頼家の母宇治の方をはじめ、女達が最後の身繕いをしている。大江の入道は宇治の方に向かい、和田兵衛、佐々木高綱、三浦之助らが討死したのも自分の指示に従わなかった罰であると言い、もう勝ち目も無い戦であり、自分も後から自害するので、敵が城内に入る前に御自害をとすすめる。宇治の方は頼りにしていた武将達が討死と聞いて落胆し、自身の自害を覚悟すると、ほかの女達には自害を強要せず、心のままに逃れるよう言い渡す。そこへ頼家のもとから奥女中千草が使者として訪れる。千草は頼家が切腹の意思を固め、母宇治の方にも自害の用意をと言って、自ら母の回向をしていると報告する。宇治の方は頼家の心を思いやって涙ぐみ、女達もまた悲しみに沈む。大江の入道は苛立ち、千草には早く戻って頼家を切腹させるようにと命じ、宇治の方にも早く自害するようにと迫る。すると外から攻め太鼓や戦いの声が聞こえてくる。その中に「和田」「佐々木」という名をかすかに聞き取った宇治の方は、戦の様子を見て来るようにと腰元に命じる。大江の入道は苛立ち、自害に怖じての空耳だろうと言い、なおも自害を迫る。真実をしらなければと抗する宇治の方に大江の入道が斬り掛かり、危ういところを高綱に救われる。高綱は自分たちが討死したと偽って宇治の方と頼家を殺し、その首を手みやげに北条方へ寝返ろうとした大江の入道の悪事を暴く。大江の入道はその策略を見抜かれて、高綱目がけて斬り掛かる。応戦する高綱が逃げる大江の入道を追いかけて奥へ入って行くと、宇治の方は頼家にこの事を知らせるようにと叫び、女達は奥の間へ入って行く。すると、どこから忍び入ったのか北条時政があらわれ、宇治の方を殺そうとする。しかし飛んで来た矢が時政の胸を突き通し、そのまま息絶える。高綱は時政を討ち取ったと大声で宣言し、斬り掛かってくる雑兵を次々に倒す。雑兵を追い払った高綱がほっと縁側に立ったところに、一本の矢が飛んで来て高綱を刺し通す。そこへ弓矢を持った北条時政があらわれて、稲毛前司という時政に似たものを遣わして高綱の裏をかいたと明かす。時政は和田兵衛、三浦之助が大江の入道の策略ですでに死んでいるとの報告を受け、いよいよ敵は頼家ただひとりと思い込んで奥の間に入って行こうとする。すると、銃の音が聞こえ、時政が驚いて振り向くと、簑笠を脱ぎ捨てて笑う高綱の姿があった。またも高綱の計略にかかった事を悟った時政が引き返そうとすると、三方を携えた和田兵衛と長柄の銚子を持った三浦之助が入って来る。三浦之助は城外で実朝、頼家の和睦が成立したと報告し、和田兵衛も時政公に異議は無かろうと言って祝儀の酒をすすめる。高綱は時政に対し、自分が策略をもって時政公を城に引き入れたのも、この和睦を成立させるためであり、これによって万民の苦しみを助けることができる。もしこの申し出を受けていただけるのならば、どんな刑罰もお受けすると述べ、和田兵衛、三浦之助も心を尽くして時政を説得する。時政は忠臣達の気持ちに感じ入り、実朝公が納得したのなら自分にも異議は無いと言い、和睦も望むところだと答える。その返事に三人が喜ぶところへ、大江の入道が軍勢を引き連れて立ち向かおうとするが、三人の勇士を恐れたものたちが逃げ出す。そうして大江の入道ひとりが残り、悪事の返礼だとばかりに入道は首を討ち落とされ、世は太平を取り戻す。