女殺油地獄

上巻
舞台は徳庵堤
北新地天王寺屋の遊女小ぎくは会津の客とともに屋形船で野崎参りの途中、船を降りて堤を歩いて行く。大阪本天満町の油屋豊島屋七左衛門の妻お吉は三人の娘を連れて野崎観音の御開帳参詣のために徳庵堤を通りかかり、のどが乾いたと言う娘のために茶店に立ち寄ったところで、同じ油屋で筋向かいの河内屋の息子与兵衛とその友人達を見つけ、声をかける。お吉は与兵衛に今日のような参詣人の多い日に、美しい連れと歩いて人目を驚かすこともしたいだろうに、天王寺屋の小ぎく、新町備前屋の松風を連れて歩かないのはどうしてなのだと与兵衛の馴染みの名をあげる。与兵衛はお吉の粋らしい問い方から調子に乗り、備前屋の松風からは先約があるからと断られ、天王寺屋の小ぎくは自分との野崎参りを方角が悪いと断ったにもかかわらず、会津の客と連れ立って野崎参りに出かけたことに腹を立てて、小ぎく一行を待ち伏せするつもりで友人たちも連れて来たと言う。この様子を聞いたお吉は与兵衛の両親が心配して、豊島屋夫婦に与兵衛への意見を頼んでくる有様を話し、与兵衛の兄のように商売に精を出すよう諭す。しかし、返事をしない与兵衛にあきれて、お吉は娘を連れて立ち上がり七左衛門に会ったら本堂で待っていると伝えてくれと言い残して立ち去る。ここへ小ぎくたちが来かかるが、与兵衛に気づいた小ぎくは船に乗ろうとする。しかし間に合わず与兵衛は小ぎくを茶店の床机に引き据え悪態をつく。小ぎくは与兵衛を抱き寄せ、心から惚れているのは与兵衛だとささやく。与兵衛は小ぎくの言うことを鵜呑みにするが、そばで聞いていた会津の客が、夕べ自分に言ったことを与兵衛の前で言ってみろと小ぎくに強要する。これを聞いて与兵衛の友人達がつかみかかり、喧嘩がはじまってしまう。折しも高槻藩の代参小栗八弥が馬で通りかかり、与兵衛が誤って投げた泥を浴びてしまう。与兵衛が侍たちに囲まれて取り押さえられるすきに、小ぎくと会津の客一行は逃げ失せる。徒頭の山本森右衛門が与兵衛を引き据え、顔を見ると甥の与兵衛だったために驚き、また甥ならばなおの事堪忍は出来ないと討ち捨てようとする。一部始終を見ていた小栗八弥は森右衛門を止め、殿の代参を血で汚すようなことはするなとたしなめる。森右衛門は与兵衛を離し、下向のときには手討ちにすると言い残して立ち去る。命拾いした与兵衛が茶店の店先で呆然としていると、お吉が戻ってくる。うろたえた与兵衛はお吉に助けてくれと訴え、お吉は与兵衛の泥だらけの体を綺麗にしてあげたいと茶店の奥へ連れていく。遅れてきた七左衛門が茶店の前にいた中娘にお吉のことを尋ねるが、子供の言い足りない言葉から与兵衛とお吉の不義を疑う。茶店の奥から出て来た与兵衛の泥に濡れた姿を見て、七左衛門は誤解だったと気づくが、お吉には疑われるような真似はするなと言う。豊島屋一家が立ち去ると、代参を終えた小栗八弥が戻ってきて、森右衛門が与兵衛を手討ちにすると刀の柄に手をかける。小栗八弥は森右衛門を止め、与兵衛のようなものに泥をかけられても自分が汚されたとは思わないと言って与兵衛の命を助ける。

中之巻
舞台は河内屋。
油屋仲間の山上講が河内屋へ立ち寄る。主人の徳兵衛が店先に出てきて山上講の面々をねぎらい、与兵衛の不心得を嘆いて意見してくれと頼む。奥から河内屋の女房も出てきて、与兵衛が親や兄から金をせびり取るために山上様をだしに使った罰で妹おかちが風邪をひいて十日ばかり寝込んでいると話す。どうかお詫びの祈祷をお願いしますと頼む女房に、山上講の先達は、お山の祟りならば与兵衛に罰があたるだろうから、おかちの病とは別であろうと言い、加持祈祷で病気もたちどころに癒えると評判の白稲荷法印という山伏を呼んであげようと言い残して、帰って行く。ここへ順慶町から与兵衛の兄太兵衛が浮かない顔で河内屋へやってくる。徳兵衛は太兵衛におかちの見舞いに来たのかと尋ねると、太兵衛は高槻の叔父森右衛門から来た手紙を見せ、野崎参りの折に与兵衛が喧嘩沙汰を起こして、森右衛門の主人に泥をかけてしまった一件を話す。森右衛門は与兵衛を殺して、自分も切腹するつもりであったが、主人の情けで命を助けられたものの御家中、町中でもこの事が噂になり、御奉公も出来なくなって浪人することになった。また四五日中に大阪へ来て、ふたたび武士として身を立てる思案をしなければならないとの手紙であったと話す。徳兵衛はこの話に驚き、おかちの病といい与兵衛がこの先どんな事をしでかすやらと苦りきる。太兵衛はそんな徳兵衛に与兵衛を勘当して家から追い出すようにすすめ、太兵衛と与兵衛が義理の息子であるからと言って遠慮しすぎると言う。河内屋の先代が二人の息子太兵衛と与兵衛を残して亡くなり、そのあとに徳兵衛が母親と一緒になっておかちが生まれたが、実の娘おかちには手をあげることもあるのに、あの与兵衛がやりたい放題でも手をあげない徳兵衛に太兵衛は、その遠慮がかえって皆の迷惑になっていると言う。徳兵衛は自分がかつて河内屋の奉公人で、太兵衛や与兵衛は主人の子供であり、現在の女房もまた主人の内儀であったが、主人が亡くなったあと、商売の行く末を案じた森右衛門から是非にと頼まれて婿に入ったことを話す。主人の子を自分の子と思って育て、太兵衛は一人前になったが、与兵衛には商売の種として金を与えても放蕩に使ってしまう。意見をしても聞く耳を持たず言い返す有様であるが、もともと主人の子であった遠慮から厳しくできないことが口惜しいと言う。太兵衛は、その正直を見抜いて与兵衛が悪さをするのだから、勘当なされと話す声に病床のおかちが目を覚まし、山上講の先達から頼まれた白稲荷法印も河内屋を訪ねてくる。与兵衛も商売から戻るが、森右衛門から言付かったと嘘を言って親から金を騙しとろうとする。徳兵衛は与兵衛のことは相手にせず、おかちに婿を取って店を継がせるつもりで、跡取り娘の方が大事とばかりにおかちを法印に見せる。法印の祈祷がはじまるとおかちは「婿取りもいや、与兵衛の好いた女郎を身請けして所帯を持たせ身代を譲らなければ、おかちの命は無い」と亡くなった父の霊が取り憑いているかのように口走る。与兵衛は山伏を追い払い、徳兵衛に父の霊を迷わせるような事をしてでも自分に店を譲る気はないのか?と訴える。徳兵衛は、与兵衛に女郎の女房を持たせて身代を譲ったならば店が潰れる。そんな事はさせないと言って、おかちに婿を取って店を継がせると突っぱねる。与兵衛は怒り、徳兵衛に乱暴を始め、おかちは止めに入って、与兵衛がこう言ってくれたらこれからは親に孝行を尽くすと約束したのであのような死霊の真似をしたのだと明かす。なおも与兵衛が乱暴をするところへ母が戻り、与兵衛の髪をつかんで引き据え、散々に打擲して勘当する。与兵衛を追い出そうとして母がてんびん棒を振り上げると、与兵衛はそれをもぎ取って、母を打ち据える。徳兵衛は与兵衛の持ったてんびん棒を奪い取ると与兵衛を打ち据えて家から追い出すが、亡き主人に似てきた与兵衛の後ろ姿を見て悲しみに沈む。

下之巻
舞台は豊島屋
端午の節句をひかえた五月四日。豊島屋の主人七左衛門が商売の掛取りから戻り、妻お吉はもう休むように言うが、商売熱心な七左衛門はまだ集金が残っているからと集金してきた金をお吉に預けて出かけようとする。出かけにお吉が酒をすすめると、忙しさについ野辺送りのように立酒を飲んで、その不吉な仕草をお吉からとがめられる。七左衛門は集金に出かけ、娘たちは眠ってしまう。その豊島屋の表から河内屋与兵衛が中をのぞき込んでいると後ろから上町の綿屋小兵衛に呼びかけられ、借金の催促をされる。与兵衛は徳兵衛の印判を使って借金の証文を書き、借りた金は二百匁であったが、額面では壱貫匁になっていて、綿屋へ五日の朝までに返済されなければ返済金額が壱貫匁にふくらむようになっていた。そんな事情から綿屋は与兵衛に明日朝までに返済にしたほうが良いと告げる。与兵衛は必ず返済すると請け合い綿屋を帰らせるが、返済の金を才覚するあては無く、茶屋への支払いも滞っていた。二百匁の金の工面を思案するところへ後ろから徳兵衛が近づくのに気がつき、与兵衛は豊島屋のわきに隠れる。徳兵衛は豊島屋のお吉に与兵衛を見かけたら心を入れかえて河内屋へ戻るように意見してあげて欲しいと頼み、河内屋からとは言わずに渡してやって欲しいと三百文を置いていこうとする。ここへ徳兵衛の妻お沢が現れて、隠れようとする徳兵衛を呼び止め実の母が追い出した与兵衛のことはもう気にせず帰ろうと言う。徳兵衛は親子の情を大切に思う気持ちを話して泣き沈むが、お沢は太兵衛やおかちがいるではないかと言って帰らせようとする。徳兵衛が帰るのならお沢もと言って引き立てようとすると、お沢の懐から粽と銭五百文が出て来る。お沢も隠れて与兵衛に金を渡してもらいたいと、お吉のところへ来たことを明かす。河内屋夫婦の心を思いやるお吉は、二人の持って来た金を預かる。河内屋夫婦が帰ったあとに与兵衛が豊島屋の店先に入ると、お吉は与兵衛に河内屋夫婦から預かった金と粽を見せて、天から降ってきたものだと言って差し出す。与兵衛は両親の様子を見ていたことを明かすが、その八百文では足りないので二百匁を貸して欲しいとお吉に頼む。お吉はそんな与兵衛を責め、金は七左衛門が集金してきた五百匁ほどが戸棚にあるが、先日の野崎参りの折に不義だと疑われた一件もあるので、夫が帰らないうちにその金を持ってはやく帰ってくれと言う。与兵衛は徳兵衛の印判を使って借りた金のことをお吉に話し、自害も考えたが自分が死んだあとに父徳兵衛にかかる難儀を思うと死に切れず、どうか二百匁を貸して欲しいとお吉に頼む。お吉は話を聞いて、そういう事もあろうかと思うが、やはりいつもの嘘ではないかと疑って貸すことはできないと断る。諦めたと見せ与兵衛はお吉に油を売って欲しいと頼み、お吉が店の油に立ちかかると与兵衛は懐の脇差しを抜いて近寄る。お吉は刃物に気がつき与兵衛を警戒するが、とうとう与兵衛の手にかかり命を落す。与兵衛は豊島屋の戸棚から金を奪い、逃げて行く。

下之巻
舞台は新町備前屋と曾根崎新地花屋。
豊島屋のお吉殺しの犯人と噂される与兵衛の詮議に叔父の森右衛門が新町備前屋の松風を訪ねてくる。森右衛門が与兵衛の所在を聞くと、さっきまでいたが曾根崎へ行ったと聞いて、与兵衛の後を追う。曾根崎新地の花屋、与兵衛と小ぎくは店の表に腰掛けて酒を飲み始めている。そこへ悪友の弥五郎が来て与兵衛を探す侍がいると教える。昨日から兄の太兵衛のところへ来ている侍と聞いて森右衛門だと気づき、会いたくない与兵衛は紙入れを新町に忘れてきたと嘘を言って急いで帰る。その後にやってきた森右衛門は与兵衛が帰ったばかりだと聞いて、明日にでも与兵衛が来たならば、酒でも飲ませて足止めをして、河内屋まで知らせてくれと花屋に言いつける。また五月の節句前後からの与兵衛の金遣いや四日の晩に着ていたものを聞き出して帰って行く。

舞台は豊島屋。
お吉の三十五日の逮夜に人々が集まるなか主人の七左衛門が残された子供達のことを思い涙にくれるが、その居間の梁を鼠が走り一枚の血の付いた書付けが落ちる。名は書いていないが筆蹟から与兵衛の書いたものと知れ、一同は与兵衛がお吉殺しの犯人に違いないと察する。ここに与兵衛が現れ、七左衛門から犯人と言われて動転するが、世の中に似た筆蹟はあるものなので証拠にはならないと言う。逮夜の客たちに押さえつけられ、身動きできなくなったところへ森右衛門が現れて、与兵衛が五月四日に着ていた袷を持って来る。こわばった袷に暖めた酒をかけると血の色が現れて、お吉殺しの罪があらわれ、引っ立てられて行く。