敵討襤褸錦
上巻
舞台は先斗町。
備後の国の一城主に仕える春藤助太夫は若殿の妾にする舞子を下見するため、先斗町に逗留している。春藤家の若党佐兵衛が下見に使う座敷の準備をしているところへ、助太夫の次男助太郎が舞子達の稽古に浮かれながら座敷に現れる。佐兵衛は主人助太夫の持病を心配し、呉服所から届けられた泡盛を助太夫にとすすめるが、愚鈍な助太郎は何を頼んでも無駄口ばかりで役に立たず、座敷を出て行く。そこへ助太夫が現れ進物の泡盛に礼状をと言いながら、隠居のような自分に、こうした進物が届くのも主君の恩、そして主君に仕える長男次郎右衛門の勤めぶりの良さからだと語る。助太夫は舞子の仲介をする伝八を呼び、国許の大奥から若殿の好みにあう舞子を探し出すように絵図まで寄越されているが、今までみた舞子には見るべき物が無く、また今宵は同じ藩の須藤六郎右衛門と組下彦坂甚六も同席するので失礼の無いようにと指図する。伝八は、いま都で評判の舞子おてる、かつの、いく世を下見に選んだと言って助太夫を安心させる。時刻になり須藤六郎右衛門と彦坂甚六が到着して、座敷に通される。すると、伝八の姿を見た六郎右衛門は執心しているおてるが選ばれていると察して伝八を睨みつける。座敷で舞子達が舞い納めると助太夫は絵図に似たおてるをもう一度見たいと願う。おてるを取られたく無い六郎右衛門は邪魔をしようとするが、助太夫はおてるの姿を絵図と見比べ、佐兵衛に呉服所へ行って、おてるの身請け金二百両を今夜中に持って帰るように言いつける。そして助太夫は六郎右衛門と甚六に持病のことを話し、先に休ませてもらいたいと断り、かわりに長男の助太郎に相手をさせようと言い残して部屋へ戻る。六郎右衛門と甚六は伝八に六郎右衛門がおてるに執心で身請金の準備が出来るまで外へ身請話をしないように約束したはずなのにと詰め寄る。伝八はおてるの親に金が必要になり、急いで話をまとめなければならなかった事情を話す。伝八は二人に助太夫が金を払ってから、おてるの恋人がおてるを奪って逃げたことにして、その責任は助太夫に押し付けるようにしたらよかろうと相談する。六郎右衛門は家来の雁助、関内を呼びつけ、おてるを奪う策略を伝える。そして伝八は今夜のうちに二百両の金が入ることを知らせに、おてるの親のもとへ出かける。夜も更けて助太郎が泡盛を抱えて六郎右衛門と甚六のところへ来る。甚六は助太郎におてるには言い交わした男があって、おてるを身請けしようとする男には生霊となって取り殺すと都中の評判であると言い、若殿にもしもの事があると不忠となる。いまのうちにおてるを帰してしまったほうが良いと言って脅かす。六郎右衛門と甚六は、ひと芝居うって助太郎を怖がらせ、まんまとおてるを連れてこさせるが、助太夫に気づかれ二人掛かりで助太夫を殺す。二人がおてるを引っ立てて逃げ去った後、雁助と関内が助太郎を押さえつけ、踏みつけているところへ佐兵衛が戻り、刀で切りかかる雁助と関内を斬り殺す。また助太夫の死骸を見つけた佐兵衛は六郎右衛門と甚六の仕業と察し、助太郎に二人を討たせようと、せき立てるが、腰の抜けた助太郎は立ち上がることも出来ずに佐兵衛の背中に負われて行く。

中之巻
舞台は春藤助太夫と須藤六郎右衛門の屋敷が接する裏庭。
秋の重陽の節句、春藤家の末子新七は弓矢の稽古中に隣の須藤家に矢を射込んで、菊の花を台無しにしてしまう。となりの須藤家では、節句の祝いに須藤六郎右衛門の妹お霜が腰元たちと菊酒に酔いながら祝宴の最中であったため、突然の矢に驚き、春藤家から謝罪をと腰元達が騒ぎだす。新七は困惑し、矢取りをさせていた小坊主に頼んで木に登らせ矢を誤って隣の庭先へ射込んだことを謝らせる。腰元たちは木の上から見下ろしての謝罪にかえって腹をたて、許すことはできないと言い出すが、お霜は新七自身が謝ってくれるのなら、許さないこともないと木の上の小坊主に言う。垣根ごしにこの話を聞いていた新七は早速、垣根の上から謝るが、それでも許してもらえず、お霜の言うままに垣根を押し分けて須藤家の庭へ来る。お霜は以前より新七を恋い慕い母親をつうじて新七の母へお霜を嫁にもらってくれるように頼んでいた。粋な腰元たちに二人はお霜の部屋へ押しやられる。春藤家には長男次郎右衛門が酔って戻り、兄がいるとも知らずに垣根を分けて新七が戻って来ようとするところを、兄嫁の機転に助けられる。次郎右衛門は妻から弟新七とお霜の縁談を聞き、賛成の意思を妻に伝えると居間で休むと言って奥へ入って行く。垣根にかくれていた新七は兄嫁に呼ばれて、縁談が整うことをともに喜ぶ。ここへ若党伊兵衛が京から助太郎、佐兵衛が戻ったと伝えに来る。次郎右衛門や母が迎えに出て来るが、助太夫が一緒でないことを助太郎に問う。しかし、まともな答えは帰って来ず、押し黙っていた佐兵衛から助太夫の討たれた仔細を聞く。敵の六郎右衛門と甚六を追いかけようと次郎右衛門と新七は奥で仕度をはじめる。若党伊兵衛は妹の夫である佐兵衛を打擲し、どうしてすぐに六郎右衛門らを追いかけて討たなかったかと怒りをぶつける。佐兵衛は、助太郎のことを放っていくことが出来なかった無念を語って切腹しようとする。佐兵衛の切腹を次郎右衛門の母が押しとどめるところへ、助太郎の旅装束を持って、次郎右衛門、新七の二人が旅装束で現れる。次郎右衛門は助太郎の手を取って上座に座らせ、兄助太郎へ父の敵討ちを決意するよう促す。いままで兄だと思っていた次郎右衛門から兄と呼ばれて戸惑う助太郎であったが、母から次郎右衛門と新七は妾腹で助太郎は母の生んだ長男であったと明かされる。助太夫が亡くなり、継母の気持ちを疑って助太郎を長男に直す気かと母は次郎右衛門に問い、夫が亡くなっても、次郎右衛門を家長にする気持ちでいると話す。また助太郎のようなものを連れて行けば、必ず足手まといになると言って置いていくように勧めるが、次郎右衛門は助太郎を家長として、尊ぶ気持ちに変わりはないと語る。どうしても助太郎を伴って敵討ちに出かけたいと願う次郎右衛門に母は諦めたと見せかけて、助太郎の差し添えを抜いて、助太郎の脇腹を刺し通す。敵討ちに助太郎を伴い、二人の足手まといになることを恐れた母は助太郎を殺す決意をし、父親助太夫の冥途の供をするように助太郎を諭す。そして助太郎は父親の供と聞いて得心し、自ら腹を切って果てる。旅立つ二人に若党伊兵衛、佐兵衛がお供を申し出るが、次郎右衛門は母や妻の事を頼み、兄弟二人で敵討ちに出ると言う。二人の旅立ちに隣の屋敷から女の声が聞こえ、須藤家にも京からの使いが到着し、一部始終を聞いたお霜は、新七と夫婦になる望みも消え自害したと言う。ひと目新七の顔を見たいと願うお霜を庭の垣根まで来させて、井戸の水鏡で新七と対面すると、お霜も臨終を迎え兄弟は敵討ちに旅立つ。

中之巻
舞台は御城下の町外れ、春藤次郎右衛門の母と妻がひっそりと暮らす家。
若党伊兵衛と佐兵衛はそれぞれの妻を伴って、春藤家の女たちとともに暮らしている。次郎右衛門の母と妻は敵討の成就の噂もなく七ヶ月を過ぎて、二人の路銀も尽きたのではないかと心配する。敵討の成就を願って二人が宮詣に出かけたあと、伊兵衛と佐兵衛はそれぞれの妻を傾城屋へ売って金を作ろうとする。伊兵衛の妻おみよは銀五百五十匁で女郎屋へ売られるが佐兵衛の妻おぬいは僅か一貫文で、船で客をとる女郎として買われて行く。

「道行対の花鰄(みちゆきついのはなかいらぎ)」
妻達を売って作った金を次郎右衛門たちに届けたいと、伊兵衛、佐兵衛が主人たちの居所を訪ねて行く道行。

下之巻
舞台は大和郡山、八幡神社馬場。
大和郡山家中の侍、高市武右衛門とその子庄之助が馬術の稽古を終えて、休息してから帰ろうと神社の中に入って行く。そこへ六郎右衛門らに連れ去られた舞子のおてるが、目立たない身なりで神社へ宮参りに来るが、ここに伝八が来合わせ、二百両の金を手に入れる前に、おてるが姿を隠したことで伝八が金を横領したかのように、おてるの親から責められ、こうして探しまわっていたと恨み言を言う。おてるは尤もな話であるが、自分も好きでもない六郎右衛門に連れ去られ、嫌と言えば殺すと脅されていた。しかし、そこまで自分を思ってくれる心に惹かれて、まだ一緒に住んでいると答える。伝八は、そこへ連れていって欲しいとおてるに詰め寄るが、逃亡中の六郎右衛門のもとへ連れては行かれないと困惑する。伝八は二百両の工面も出来そうにない六郎右衛門に会うよりも、おてるを連れて帰り、親元へ返せば事は済むと言って、おてるを連れて行こうとする。そこへ六郎右衛門らをかくまっている加村宇田右衛門が伝八を止め、おてるの身請金二百両は自分が払うと申し出る。しかし今は出先なので、すぐには払えず、あとで屋敷へ取りに来たなら払おうと約束する。伝八はそれでもおてるを離さず、宇田右衛門は仕方なく二百両を持っていくまで、おてるを伝八へ預けることにする。伝八は二百両が手に入るまではと言って、おてるを宿へ連れ帰る。宇田右衛門は二百両の工面をするのに、かくまっている六郎右衛門の刀、備前長光を売ろうと思っていたところへ高市武右衛門と庄之助が通りかかる。宇田右衛門はこの刀は殿が買い上げて鎌倉へ献上する予定の刀だと言って、目利きを武右衛門に頼む。しかし刀を見た武右衛門は、この刀は備前長光などではなく「なまくら刀」で切れないだろうと鑑定する。宇田右衛門は備前長光でないからと言って切れないだろうと言うのは間違いで、たとえ無銘であっても切れ味の良い刀であるなら、献上品にもなるだろうと言う。売り主へも殿が買い上げてくれるだろうと言ってしまった手前どうしたら良いだろうと途方に暮れるうち、庄之助が死罪と決まった罪人があれば、そのものを試しに切ったらよかろうと言う。武右衛門は急な事でそんなわけにもいかないと庄之助を制する。宇田右衛門は昨日見かけた大安寺堤の非人を思い出し、小さいながらもしっかりした体格で試し切りにはちょうど良かろうと提案する。武右衛門は主君のためと思い、庄之助を連れてともに大安寺堤へ向かう。

下之巻
舞台は大安寺堤。
敵の六郎右衛門と甚六を探して二年ほどたった春藤次郎右衛門は、ここ二ヶ月ほどはこの大安寺堤で非人の姿となって身を隠している。そこへ弟の新七が戻り、探し歩いたところの事などを話すうちに新七は六郎右衛門が見つからないまま病死でもされたら、どうしたら良いだろうと泣き言を口にする。そんな新七を次郎右衛門は慰め、必ず討たせると言って新七を力づける。新七が次郎右衛門のためにと酒を出すと、次郎右衛門は荒神さまへと言って動こうとすると足の痛みを訴える。新七は次郎右衛門の体を心配して薬を買いに行って来ると言い出す。物騒な遠い道のりを気遣う次郎右衛門は明日で良いと新七を止めるが、新七は出かけて行く。一人になった次郎右衛門は残してきた母や妻の事を思い、ひとり悲しみに沈むが気を取り直して灯火を消して床に入る。そこへ宇田右衛門、武右衛門、庄之助の三人が大安寺堤の小屋までやってくる。宇田右衛門は眠っているところを襲うつもりでいたが、武右衛門は眠りから起こして得心させてから切るようにと説得する。眠っていた次郎右衛門は表に引きずり出され、試し切りのために体を貰うと言い渡される。次郎右衛門は非人に生まれついたわけではなく、勘当されてこのような非人となったが、もう一度もとの人間に戻りたいと神仏に祈っていると言い、どうか助けて欲しいと命乞いをする。不憫に思った庄之助は次郎右衛門を助けようと言い出すが、宇田右衛門は家来に言いつけて引き出させようとする。家来たちは次郎右衛門の手を押さえつけようとして、投げ飛ばされる。怒った宇田右衛門は次郎右衛門を切ろうとするが、ひとこと言いたい事があると言う次郎右衛門の言葉に武右衛門が宇田右衛門を止める。次郎右衛門は自分には大切な願いがあって、今は死ぬわけにはいかないので、その望みがかなったら自分から命を差し出すと言って説得する。武右衛門はその望みというのは敵討ちであろうと言いあてる。次郎右衛門は親の敵を探していると打ち明けると、宇田右衛門は刀も持たずにどうやって討つのだと言って信用せず再び試し切りにと言って家来が近づく。次郎右衛門は竹杖から刀を抜いて見せ、名刀青江下坂であると言う。宇田右衛門は敵討ちの相手を聞き出そうとするが、非人にまでなって身を隠し、敵を探す志ならば、軽々しく名を明かすようなことはないと武右衛門に止められる。一行は帰るが、次郎右衛門が眠ったところへ宇田右衛門が六郎右衛門と甚六を連れて戻ってくる。非人を次郎右衛門に違いないと察し、だまし討ちに殺すつもりで小屋に近づく。突然切りつけられて次郎右衛門は血まみれで堤を転げ落ちる。明けの鐘を聞き、宇田右衛門たちが急いで帰って行ったあとに、新七が戻り、瀕死の次郎右衛門から、侍たちの試し切りで命を落しそうになったが、危ういところで命を助けられたことや、その侍の一人が再び来て傷を負わせたことを話す。そうするうちに今度は武右衛門が庄之助を連れて、下人に重箱を持たせて訪ねてくる。新七は兄に手傷を負わせた侍かと思い、刀で切りつける。武右衛門は刀を投げ出して手向かいする気のないことを示し、戻ってきたのは次郎右衛門から庄之助に盃をいただき、武士の魂にあやからせるつもりであったと言う。次郎右衛門は新七を止め、危ういところを助けてもらったのも、そのお侍のお陰であると話す。次郎右衛門が傷は急所を外れているので心配ないと言えば、武右衛門は敵討ちの力になると言って、大和郡山で敵を探していたわけを聞く。次郎右衛門は敵が加村宇田右衛門なる侍に匿われていると聞いたと答える。武右衛門は敵討ちの相手が六郎右衛門と甚六であると気づき、必ず討たせると約束する。しかし次郎右衛門は負傷のために答えることも出来ない状態になる。そこで一計を案じ、次郎右衛門の耳元で敵を呼ばわる声を聞かせる。すると、その執念で次郎右衛門は起き上がることができるようになる。武右衛門は次郎右衛門と新七を引き取り、次郎右衛門の傷の介抱をする。宇田右衛門が主君のお供で旅立つ日、武右衛門は宇田右衛門の屋敷を訪ねる。六郎右衛門と甚六を長櫃に隠して連れて出かけようとするが、にわかに発病と言って武右衛門はその長櫃の上から動こうとしない。出立の時刻となり、宇田右衛門は長櫃を残して出かけるが、そのあとに伊兵衛、佐兵衛が駕篭かきの姿で屋敷に来る。駕篭には次郎右衛門を乗せて、新七とともに宇田右衛門の屋敷へ乗り込む。長櫃のフタを開けると、中から六郎右衛門と甚六が飛び出し、逃げようとするが止められて、六郎右衛門と甚六、次郎右衛門と新七で戦うことになり、次郎右衛門と新七は敵を討ち果たす。