義経千本桜

一段目
舞台は後白河院の御所
平家と運命をともにした安徳帝が屋島の海で亡くなったことにより政務は後白河法皇の側近である左大臣藤原朝方に委ねられる。朝方は院の信頼を良いことに、官位の授与や昇進の沙汰までも自らに媚びへつらう人物に与え、群臣はその行いに眉をひそめながらも、院の意向に背くこともできずに、黙って見ていることしかできないでいた。
ある日、義経が御所に呼び出され、屋島での合戦の様子を物語るようにと申し付けられる。義経はわずか四百あまりの兵で千騎の平家を破ることは至難と考え、奇襲によって平家を滅ぼす計画であったことを明かす。また、その急襲によって驚いた平家方が幼い安徳帝をつれて船で沖へ出たことや、戦ううちに形勢の悪くなった平家方の公達がつぎつぎに海に身を投げて沈んでいったが、まさか安徳帝を道連れにはしないだろうと油断したすきに、帝は二位の尼とともに海に沈んだと聞いたと語る。しかし死体を探しだす術もなく、ただ生き残ったのは安徳帝の母のみであったと報告する。朝方はこれを聞いて、それほどの武功のあった義経を兄頼朝は鎌倉にも入れずに、追い返したのはなぜなのかと問う。たまりかねた弁慶は頼朝の側近による讒言のせいであると訴えるが、兄頼朝の命令を尊重する義経は弁慶の言葉を遮り、叱りつける。朝方は義経の態度を褒め、院に戦いの様子などを話して義経のことも良いようにはかろうと表面的には親切そうにふるまって、御所の奥へ入っていく。すると戸の陰から朝方の家司猪熊大之進が出てきて、平維盛の妻若葉の内侍をなぜ殺さないのかと尋ねる。義経は女童のことであるので、殺すには及ばずと答える。大之進は主人朝方が若葉の内侍に執心していると喋りだすが、敵方の女を私物にするのは法度であると弁慶に遮られる。大之進は義経の妻が平時忠の娘であることを引き合いに出し、義経を愚弄したことから、弁慶に投げ飛ばされる。ことを荒立てたくない義経が弁慶を制するところに再び朝方が現れ、院宣であると言って、かねてより義経が欲しがっていた「初音の鼓」の入った箱を渡す。義経は喜び、その院宣を読もうと箱を開けるが、朝方は、その鼓そのものが「頼朝を討て」という院宣であると言う。義経は当惑し、兄頼朝を討つことはできないと、鼓を返そうとするが、朝方から鼓を返したならば、朝敵になると脅されて返答に窮する。主人の窮地に弁慶は朝方に院を諌めるようにと言い出すが、義経は弁慶のさしで口をとどめ、鼓を拝領しても決して打たずに院と兄頼朝、ふたりへの忠誠をたてようと決心する。

一段目
舞台は北嵯峨庵室
平維盛の妻若葉の内侍は子六代の君とともに、以前維盛の館に奉公していたことのある尼のもとに身を寄せている。若葉の内侍は維盛の父、重盛の供養をしようと絵姿を仏間にかけ、この重盛さえいてくれたのなら、このような思いはせずにすんだのであろうと嘆く。そこに庵室を訪れる人があり、尼はいそいで二人を屏風の陰に隠す。訪ねてきた男は尼に判をもらいにくるが、いつもの役人と違う男であったために尼は仔細を問いただす。男の話では、この頃風紀が乱れ、寺にみせかけてみだらな商売をする女があるので、取り締まりのために居住者の確認を行っていると話す。尼はここにはそんな女はいないと男を追い払う。尼はこの気味の悪い男のことを話すうちに、若葉の内侍の草履を男に盗まれた事に気がつく。そこに笠売りの男が訪ねてくる。尼はまた怪しい人物ではないかと追い払おうとするが、この男は維盛の家臣、小金吾武里であった。小金吾は維盛が高野山で生存していると聞きつけ、六代の君をつれていくつもりであると話す。維盛が生きていたと喜ぶ若葉の内侍は女人禁制の高野山に上がることはできないが、麓まで一緒に連れて行ってほしいと頼み、三人は旅立つ準備を始める。そこに猪熊大之進が家来どもをつれて庵室へ乱入し、尼は急いで若葉の内侍と六代の君を仏壇の下戸棚に隠す。大之進は尼がかくまっている若葉の内侍と六代の君を引き渡すように命じるが、尼は縁もゆかりもない二人をかくまってなどいないと言う。しかし大之進は先刻の男が盗んだ草履を出して、こんな赤い絹緒の草履を年寄り尼が履くはずはないと言って尼を拷問するように家来に命じる。尼が奥の間へつれて行かれたすきに小金吾は傘売りの荷籠の中に二人を隠し、背負って表に出ようとする。荷底から女の着物が見えて、大之進の家来に見とがめられるが、小金吾は家来たちを天秤棒で殴り殺して逃げ延びる。

一段目
舞台は堀川御所
体調の思わしくない妻卿の君をなぐさめるために、義経は堀川御所で宴を催し、静御前は舞を見せて家臣たちからも喝采をあびる。弁慶から義経の勘気をといて欲しいと頼まれている静御前は、卿の君の前に手をつき、義経への取りなしを頼む。弁慶を気の毒に思った卿の君は義経に弁慶がどのような失敗をしたのかと尋ねる。義経は卿の君に、弁慶には院の御所での朝方への雑言や朝方の家来に乱暴をはたらいた事から目通りを差し止めていると話す。卿の君の取りなしもあって、義経は以後必ず乱暴は働かないと約束させるようにと言いつけ、奥の御殿へ入っていく。義経の許しがでて、静御前は弁慶を卿の君のまえに連れて出てくる。卿の君は弁慶に「主君は船で家臣は水」と言い、水が荒れていたのでは主君(船)は転覆させられると諭し、以後は決して乱暴な真似をしないようにと言い聞かす。そこへ、見回りの役人、篠原藤内がかけ入り、今日、大津、坂本のあたりを見回ったところ、鎌倉方の土佐坊正尊と海野太郎行永が熊野詣と偽り、義経を討つために都へ向かっているとの噂であると報告する。また、ただ今鎌倉の大老川越太郎が義経を訪ねてきているが、どう対応したらと卿の君に聞く。卿の君は川越太郎ならば自分にも縁のあるひとなので、かまわず義経に会わせようと言い、弁慶もともに奥の御殿へ連れて行く。義経の前にでた川越太郎は鎌倉の頼朝から義経へ三つの疑いがかけられているので、その申し開きを聞きたいと話す。義経はその疑いの仔細を話すようにと促し、まず川越太郎は平家方の知盛、維盛、教経の三人の打ち首が偽物であったことをただす。義経はこの三人は平家方の重要な人物で人望もあるので、生きていることが知られれば郎党たちが放っておくことはないだろう。ならば偽首で一度は世間を欺いた方が得策であると言い、またこの三人は隠密裏に殺すため詮議中であると話す。二つ目の疑いは、院の御所にて義経の受け取った初音の鼓が「頼朝を討て」という院宣であると気づきながら、なぜ受け取ったのか?ということであったが、義経は鼓を返せば勅命に背くことになり不忠となる。なので鼓は受け取りながら決して打つつもりはないと言い、兄頼朝への忠信も表す。三つ目の疑いは平家の臣平時忠の娘卿の君を妻にしているのはなぜか?という問いであったが、義経は卿の君が実は川越太郎の娘であったことを明らかにする。義経は川越太郎が自分と娘の縁組を頼朝に知られたくないために、明らかにしないのかと問いつめる。川越太郎は頼朝の身辺にいる讒者の力が強いために実は卿の君は自分の娘だと明かしたところで信じてはもらえないだろうと言い、義経への申し訳に切腹しようとする。そこへ卿の君がかけ寄り、太郎の手から刃をもぎとると自分の喉につきたて、鎌倉への申し開きのために自分の打ち首を使ってほしいと言い残して亡くなる。そこへ海野、土佐坊が乱入する。川越太郎はことを穏便に済ますようにと義経に助言し、義経は弁慶のことを憂慮し腰元に様子を聞く。義経は腰元から弁慶が戦う所存で出て行った事を聞き、あわてて静御前に弁慶を止めるよう命じる。静御前は長刀を手に表へ出ていく。そこへ亀井、駿河の二人がもどり、敵にはおどしの矢を射かけて傷つけないようにと気をつけていたが、弁慶の乱暴者が海野を叩き殺してしまったと報告する。義経はあきれ、川越太郎も卿の君の死が無駄になってしまったと嘆く。義経は気を取り直し、院宣から逃れて都を後にすると言い、亀井駿河の二人に供を命じる。川越太郎は初音の鼓を義経に捧げ、義経が長年懇望した鼓を持っていかず、落として行ったと思われるのも残念なので、是非持って行くようにとすすめる。また讒者の言葉によって汚されたこの鼓の緒を自分が直す努力(頼朝への取りなし)をしたいと義経に約束して帰っていく。一行が御所をあとにしたのち、土佐坊正尊を馬ごと捕まえた弁慶が駈け入ってくる。ことの成り行きを知らない弁慶は、正尊を殺すと、その頭で主君の行方を占い、追いかけて出て行く。

二段目
舞台は伏見稲荷
堀川御所を逃れた義経一行は伏見稲荷にたどりつく。静御前は一行に追いつき一緒に連れて行ってほしいと頼むが、駿河次郎は落ち行くさきが女人禁制の多武峰であり、静御前を連れて行けば多武峰の僧たちからどう思われるか?と言って静御前をなだめようとする。そこへ弁慶が追いつくが、義経は弁慶を扇で激しく打擲する。弁慶は義経の怒りの原因に気づかず何も叱責をうける覚えはないと言う。義経は川越太郎が頼朝と義経の仲を和らげるために尽力し、卿の君は命を捨てて義経を助けようとしたにもかかわらず、弁慶が土佐坊たちを殺してしまったために、その配慮が無駄になってしまったと言う。弁慶はしばらく返す言葉もなかったが、主君の命を狙うものを見過ごすことはできないと言って無念な思いに泣く。静御前は弁慶の心を思いやり、許してあげてほしいと口添えする。義経も母の病気のために故郷へ帰っている四郎兵衛忠信がいたのならば弁慶を許すことはできなかっただろうが、今は一人でもよい家臣が欲しいところなのでと言って弁慶を許す。弁慶は喜び、静御前に口添えの礼を言う。すると静御前は弁慶に義経が自分を連れていってくれるように口添えをして欲しいと頼む。しかし、世を忍ぶ旅であることを知る弁慶は、やはり静御前の同道には反対する。静御前は泣き出し、義経にすがりついて離れない様子であったので、義経も悲しみに沈みながら初音の鼓をまた会うまでのかたみとして静御前に与える。静御前はいよいよ義経と離ればなれになる事が悲しくて鼓を抱いて泣き沈む。亀井六郎は追手に追いつかれることを心配して、義経に先を急ぐよう促すが、静御前は義経の袖にすがりつき、おいて行かれるくらいなら川に身を投げて死ぬと泣き叫ぶ。この様子を見て、持て余した駿河次郎は静御前を鼓の紐で縛り、その紐を近くの木に結び付ける。こうして義経主従が立ち去ったあと、土佐坊の家来速見藤太が静御前を見つけ、初音の鼓とともに連れ去ろうとする。ここに忠信が現れて静御前を助け、藤太を殺す。義経主従は木陰から出てきて、家臣たちはお互いの無事を喜ぶ。忠信は母の病気が平癒し義経のもとへ急ぐうちに頼朝との不和の様子を聞いて急いで堀川御所へ向かったが、すでに御所を逃れでたことを知り、ここまで追いかけてきたと語る。義経は忠信の手柄を褒め、自分の鎧と九郎義経の名を忠信に贈る。そして義経は忠信に静御前を守って都にとどまるようにと命じ、亀井六郎、駿河次郎、弁慶を連れて旅立つ。
二段目
舞台は大物浦
大物浦で船問屋を営む渡海屋銀平は女房おりうと一人娘お安とともに暮らしている。銀平の留守におりうが泊まり客の食事の準備をしているところ、泊まり客の僧が出かけようとする。おりうは食事の膳を出すところだと引き止めるが、僧はやはり出かけると言って寝ているお安の上を跨ごうとする。すると僧の足はこわばって、すくんでしまう。僧がでかけたあと、おりうは寝ていたお安を起こして奥へ入っていく。ここへ相模五郎ら鎌倉武士の一行が渡海屋を訪れ、義経討伐のための船を調達するようにと命じる。おりうは夫もおらず、先約で宿泊中の客もあるので待ってほしいと鎌倉武士たちに頼むが聞き入れず、奥の客と直に談判すると言って立ちかかる。そこへ夫銀平が戻り、言葉を尽くして了見するように頼むが、相模五郎は刀を抜いて銀平に切りかかる。銀平は五郎の腕をねじ上げ、たとえ奥の客が義経一行であっても、引き渡すような事はしないと追い払う。この様子を奥の部屋で聞いていた義経は出てきて、自分の素性をあかし、討手を追い返してくれた銀平に礼を言う。銀平は義経に鎌倉武士たちが取って返してくると大変なので、一刻もはやく船出するようにとすすめる。駿河次郎は荒天を心配するが、銀平は海の天候をみるのは船問屋の商売だからと言って、夜のうちに雨がやみ、朝には強い風になって好都合の船出であると一行を安心させる。亀井六郎は喜び、さっそく船出をと義経にすすめる。銀平は本船が沖にあるので、そこまでは小さな船で送ることになるので、自分も須磨明石のあたりまで見送ると言う。また、おりうには義経たち一行の支度をして見送るようにと言い残し、自分も船に乗る準備のために納戸へ入る。おりうは義経一行が目立たぬようにと笠と簑を準備し、一行を見送る。支度を終えた銀平は白糸縅に身を包み現れ、平家の滅亡とともに西海に沈んだと思われている安徳天皇は実はお安で、その乳母であった典侍の局はおりうと名をかえ、銀平が実は平家の大将平知盛であると言う。知盛は平家の敵義経を討ちたいと、相模五郎にひと芝居うたせ、義経の信用を得て油断させて殺すつもりだった。また知盛が生きていることを世間に知らせず、義経を討ったのは知盛の幽霊であったと欺くために白糸縅の装束で義経の船を追いかける。典侍の局は安徳天皇の衣装も着せ替えて、知盛がもし負けることがあれば、ともに死ぬ覚悟をかためる。やがて知盛の家来相模五郎がかけ戻り、知盛の苦戦の様子を伝えて再び戦場へ戻って行く。典侍の局は渡海屋から海上で戦う船の様子を見るうちに、船の明かりがすべて消え、知盛の負けがわかる。典侍の局が途方に暮れるところに入江の丹蔵が血まみれで戻り、知盛が敵に取り巻かれたあと行方しれずになっているので、海に飛び込んで亡くなったと思い、冥土の供をすると言って切腹し海へ身を投げる。典侍の局は嘆き悲しみ、安徳天皇とともに入水するつもりで、外へ出る。尊い玉体を海に沈めることになった運命を悲しみながらも安徳天皇に納得させ一緒に海に入ろうとする典侍の局を、戻ってきた義経がとどめ、家の中に引き入れる。そこへ瀕死の知盛がかけ戻り、義経と対面する。義経は銀平を平家の落人であると察して弁慶にお安の上を跨がせようとしたが、足がひきつり動けなくなった。この一件でお安は安徳天皇だとわかったと語り、相模五郎の狼藉も計略だと思い海上での戦いに備えたことを語る。また義経は安徳天皇を害する気持ちは無いと言い、典侍の局は安心する。しかし、なおも義経に立ち向かおうとする知盛の首に弁慶は数珠をかけ、暗に出家をするようにとすすめるが、知盛は聞かず義経と戦う様子を見せる。亀井駿河の二人が主君を守ろうと立ちかかると、安徳天皇は知盛に今までの養育の礼をのべ、義経のことを悪く思うなと涙を浮かべる。典侍の局は安徳天皇の事を義経に頼み、自分が生きていては安徳天皇のためにならないと言って自害する。知盛もこの有様を見て涙を流し、こんなつらい苦しい思いをするのも父清盛が安徳天皇を男の子であると偽った事からだと嘆く。そして知盛は深手を負って所詮長らえる命ではないからと安徳天皇のことを義経に頼み、海に沈んでいく。

三段目
舞台は吉野、下市村。
金峰山参りの人々でにぎわう街道沿いの茶店に世を忍ぶ若葉の内侍と六代の君、小金吾がたどりつく。六代の君が疳の虫で弱り、内侍は同じ年頃の子を持った茶店の女房に薬があったら分けてもらいたいと頼む。茶店の女房は、残念ながら薬の持ち合わせはないが、寺の門前まで行けば薬を商う人がいると言う。小金吾は、この土地の事はわからないのでと茶店の女房に買いに行って来てほしいと頼む。女房がさっそく子の善太郎をつれて薬を買いに出かけると、小金吾は六代の君の気持ちを引き立てるために、茶店のそばに落ちている木の実を拾おうと誘う。小金吾と六代の君が木の実を拾い集めていると、そこへ風呂敷包みを背負った男が通りかかり、床几に腰をおろす。男は木の実を拾っている小金吾たちを見て、下に落ちているものは、中が空であるので、木に成っているものを取れば良いという。しかし高木のことで、取れるものではないと小金吾が言うと、男は小石を拾って枝を目がけて投げつけ、ばらばらと実を落とす。六代の君は疳の虫の事も忘れて喜び、木の実を拾う。男はまだ先へ行かなければならないので、と言って荷物を背負って去る。ふと小金吾が床几の上の荷物を見ると、似ているようではあるが違う荷物では?と気になって風呂敷包みを開けてみる。するとやはり中身が違い、先ほどの男が自分たちの荷物を持って行ってしまったことに気づく。小金吾が急いで追いかけようとするところへ、先ほどの男が戻って来て、荷物を間違えて持って行ったことを詫びる。小金吾は荷物の中身をあらためて納得し受け取るが、男は自分の風呂敷包みに入っていた二十両が無いと騒ぎだす。金を盗んだと言いがかりをつけられた小金吾は刀を抜きかけるが、若葉の内侍はこの先の旅を思って小金吾を押しとどめる。この様子に小金吾も悔しさを胸にしまい込み、二十両を男に渡して三人は茶店を出る。二十両の金をせしめた男が金を懐に入れ博打屋へ向かおうとすると、茶店の女房が前に立ちふさがる。茶店の女房はこの権太の女房小せんで、善太郎は子であった。小せんは権太の悪行を物陰から見ていて、その行いを責める。小せんは、善太郎という子もありながら、権太の悪行のせいで実家である釣瓶鮓やの弥左衛門ともつきあうことができないと嘆く。権太はこんな事をするようになったのも、遊女であった小せんと馴染みになってからだと言い訳をし、実家の釣瓶鮓やの母親をだまして、もう一稼ぎしてくると言い出す。このうえ親からも金をまき上げるつもりかと、小せんは権太を止めるが、権太は聞かず出かけようとする。小せんが善太郎に父親を止めるようにと言うと、善太郎は権太の手を引き、家に入ろうと甘える。子煩悩な権太は、善太郎、女房小せんとともにおとなしく家の中へ入って行く。

三段目
舞台は上市村。
若葉の内侍と六代の君を守って高野山へ向かった小金吾は、朝方の追っ手に取り囲まれて死にものぐるいで戦う。追っ手の大将は猪熊大之進で、北嵯峨の尼に白状させて内侍一行に追いついたと言う。猪熊を死闘の末倒した小金吾も深手を負う。小金吾は内侍と六代に維盛はかねてから出家の望みを持っていて、熊野浦で維盛を見かけたという人の話を聞き、高野山にいるに違いないと御供してきたが、この傷ではこれ以上歩くこともできないと言う。小金吾は六代の君に、内侍をかみやの宿に残して、人を頼んで高野山へのぼり、平家の公達と気づかれないように、密かに父維盛と面会するようにと諭す。六代は泣いてすがりつき、小金吾がいなければ、父に会うこともできないと言い、内侍も頼りに思う小金吾の弱気な言葉に、いっそここで一緒に殺して欲しいと嘆く。小金吾は涙に暮れ、先君重盛公は日本の聖人と呼ばれた人であり、その孫である六代の君を神仏が守らないはずはないと言い、遠くに見える提灯の灯を追っ手と思い、すぐにここを逃れるようにと内侍に言う。深手を負った小金吾を見捨てられない内侍はなおもその場にとどまろうとするが、そんな内侍に小金吾は、すぐに逃げてもらえないのであるならば、ここで切腹すると言う。内侍はこれを聞いて、六代の君と逃げ延びる決心をし、小金吾には後から必ず来て欲しいと頼んで落ち延びる。小金吾は二人の後ろ姿を見送って息絶える。やがて、この村の五人組の村人たちが通りかかり、その中に弥助鮓の弥左衛門もいる。庄屋は弥左衛門に今日の寄り合いで鎌倉の武士が弥左衛門に何か耳打ちしていて、弥左衛門が請け合っていたのは何の話だと聞く。弥左衛門は血を分けた権太であっても、見限って追い出した自分であるから、引き受けたならば、やり遂げるつもりだと言って、今日の寄り合いで命じられた若葉の内侍と六代の君の一件を話す。また耳打ちされたのはその褒美のことであると言ってごまかす。弥左衛門が歩きかけたそのときに、小金吾の死骸を見つけ、まだ息があるのかと思って話しかける。すでに死んでいると気づいた弥左衛門は、回向して立ち去ろうとするが、何か思案すると、また立ち戻って小金吾の首を落として家へ持ち帰る。

三段目
舞台は下市村、弥助鮓。
弥左衛門の店、弥助鮓では弥左衛門の留守に妻と娘お里が名物となっている鮓の商いを続けている。お里は夕暮れになっても戻らない弥左衛門に、昨日の話では今晩使用人の弥助と祝言をさせようと言っていたのに、まだ帰らないのは嘘だったのかと心配する。母親はそんなお里に、弥左衛門が自分の名であった弥助という名を譲り、お里と一緒にして鮓屋を継がせるつもりでいるほど信頼しているのだから、何も心配はいらないと話す。また、今日は突然の呼び出しがあって、役所へ出かけたが迎えに人をと思っても、だれに頼むこともできないと言う。お里は空き桶を取りに出かけて弥助も留守であるし、と思っているところへ弥助が戻ってくる。弥助に夢中のお里は、顔をみるなり嬉しそうに、どこかで浮気でも?と心配したと言って女房のように振る舞う。そんなお里を母親は「嫉妬深いのは親ゆずりだから」と言ってとりなす。弥助は使用人であるのに、弥左衛門の妻が弥助を「殿」付けで呼ぶことを気にして、呼びつけにして欲しいと頼む。しかし、弥助という名は夫弥左衛門の前名であるので、呼びつけにはできないと言う。そこへ長男であるが勘当同然になっている権太がやってくる。弥助とお里が夫婦になって、この鮓屋を継ぐつもりのようだが、この家は自分のものだと威張って、二人を別の部屋へ追いやる。母親は、また権太が父親の留守と聞きつけて金の無心に来たのかと言い、ため息をつく。また嫁と孫も近所にいるようであるのに、勘当同然の権太のせいで会うこともできず、たとえすれ違っても気がつくことができないと言って権太を睨みつける。いつもと違って、機嫌の悪い母親を見て、権太は作戦を変えて盗人に金を盗まれて、三貫目の金がないと首が飛ぶという作り話で、母親の同情をひく。母親は権太のために金を用意し、鮓の空桶に入れたところへ弥左衛門が帰ってくる。慌てたふたりは空き桶の棚に、金の入った桶を並べて姿を隠す。表の戸を弥助が開けて、弥左衛門がなかに入ると、あたりを見回してから弥助を上座に座らせ、維盛の父重盛の恩を受けた自分であったので、維盛と熊野浦で出会ったのを幸いに自分の家へ連れ帰り弥助という名を譲って周囲の目を欺いていたが、今日、役所へ出かけてみれば鎌倉から梶原影時が来て維盛をかくまっているのでは?との詮議だったと打ち明ける。その場は言い抜けてきたが、ここにかくまうことは危険になったと言って明日からでも隠居所のある上市村に隠れるようすすめる。維盛は弥左衛門が父重盛とどのような縁があったのかと問い、弥左衛門はかつて船頭で、平家の世に唐へ渡るはずの金を横取りしたことを重盛に許してもらった過去を話す。お里が待ちくたびれて部屋に入ってくると、弥左衛門は涙を隠し、気を利かせて弥助とお里を二人きりにして自分は離れ座敷へと出て行く。お里は嬉しそうに弥助を寝所へ誘うが、若葉の内侍と六代を思う弥助(維盛)は沈んだ気持ちになる。弥助の態度を思わせぶりと勘違いしたお里は先に寝てしまうが、弥助(維盛)は妻と子を国に残して来ていると打ち明けて、祝言はできないと断る。そんなところへ何も知らない若葉の内侍が六代の君を連れて逃げてくる。弥助鮓の表の戸をたたいて一夜の宿をと頼むが弥助は宿屋ではないからと言って断る。子供連れの女なので、どうか一晩の宿をと頼み込まれて、弥助は断ろうとして戸を開ける。一目見て妻の内侍と六代だと気づいた弥助は急いで戸をしめ、お里が眠っていることを確認してから戸を開ける。久しぶりの対面に三人は涙で再会を喜ぶ。内侍は寝ているお里を見て、こんな暮らしをしていたくらいならば、どうして手紙のひとつもくれなかったのかと維盛に恨み言を言う。維盛は、お里の事は弥左衛門への義理で契った娘であると言い訳する。お里はこらえきれずに泣き出し、何も事情を知らずに維盛に恋してしまったことを悔やんで悲しむ。そこへ村の役人がやってきて、鎌倉から来ている梶原がここにくると伝える。お里は急いで維盛一家を隠居所へと逃げさせるが、気づいた権太が先ほどの金の入った鮓桶を抱えて後を追う。お里から様子を聞いた弥左衛門は驚いて後を追おうとするが、梶原が来て動けなくなってしまう。梶原は弥左衛門が維盛をかくまっていることは村人の訴えで知っていたが、抜き打ちで捕らえるつもりであったと言い、即座に維盛の首を討って渡すよう迫る。弥左衛門は先刻持って帰った小金吾の首を維盛の身代わりに使おうと桶を棚から持ってくるが、妻は金の入った桶であると思い、弥左衛門を止める。二人がもめているところへ、権太が維盛の首を討って、若葉の内侍と六代の君は捕まえて戻ったと言う。梶原は権太を褒めて、褒美には父弥左衛門の命は助けよう言うが、権太は親の命より金の方が良いと言い出す。梶原は頼朝から拝領の陣羽織を脱ぎ、この陣羽織を持って鎌倉にきたら金銀と取り替えてやると約束し、維盛の首と縛られた内侍と六代を引っ立てて帰って行く。弥左衛門は権太への憎しみをつのらせて、権太の腹を刀で突き刺す。権太は手負いになってから、梶原の持って帰った打ち首は小金吾の首であると言い、内侍と六代だと思って縛り上げて戻ったのは妻の小せんと子の善太郎であったことを打ち明ける。弥左衛門が維盛一家の行方を尋ねると、権太は袖から笛を出して吹く。すると維盛、内侍、六代の三人が無事な姿で入ってくる。母はどうしてもっと早く改心しなかったのかと嘆くが、権太は素行が悪かったからこそ梶原をだまし通すことができたと言う。権太は妻や子を思う気持ちを打ち明けて悲しむ。また維盛や内侍も悲しみ、維盛は梶原の置いて帰った陣羽織を敵討ち代りに切り裂こうとして手に取ると「内やゆかしき内ぞゆかしき」と書いてある事に気づく。そして、その「内」に気がつき陣羽織の縫い目をほどくと、中から袈裟と数珠が出て来て維盛に出家せよとの頼朝の意向を伝える陣羽織であった事がわかる。維盛は出家の意思を固めると、内侍には六代の君を文覚上人に預けるようにと言い、お里には権太の代りに弥左衛門のことを大切にするようにと言い残して高野山へと向かう。母親は内侍と六代を送ってくると言う弥左衛門に権太の臨終までそばにいて欲しいと願うが、自分の手で殺した権太の最後をみとるなど出来ないと涙を流し、旅立つ。

四段目
道行初音旅
忠信と静御前が義経を訪ねて吉野山を行く道行き。

四段目
舞台は蔵王堂
忠信と静が義経のかくまわれている河連法眼の屋敷を探して村人に道を尋ねる。二人は村人から駆け落ちカップルに間違われたり、静は法眼の妾候補と早合点されたりと問答が続く。そして館の場所をおしえてもらった二人は河連法眼館へと急ぐ。そのあとに参集を命ぜられていた法橋坊、鬼佐渡坊、薬医坊らの僧が集まってくる。ここに河連法眼も来て、懐から一通の手紙を出し鎌倉方の家臣になっている小舅茨左衛門より義経の首を討って差し出すように命じる文であると明かす。河連法眼は義経をかくまっている事は隠し、もしこの吉野山の衆徒を義経が頼ってきたならば、どう対応するのか?と聞く。三人はそれぞれ義経をかくまう意向を表し、遅れて来た横川の禅師覚範も義経に味方する覚悟を表明する。しかし河連法眼は義経に味方する気はなく、この山の衆徒が生き残る道を選ぶと言って帰って行く。残された僧たちは呆れるが、覚範は自分たちが鎌倉方の味方になっている事を法眼に見抜かれていると言う。義経を討つ機会を失うことを恐れた覚範は、今夜のうちに法眼の館を襲う段取りを相談し、帰って行く。

四段目
舞台は河連法眼館
屋敷に戻った法眼を妻の飛鳥が迎える。法眼は飛鳥にも義経を討ち、鎌倉に味方するつもりであると言って小舅茨左衛門の書状をみせる。読み終わった飛鳥は、その手紙を法眼が義経をかくまっている事をすでに知っているような書き方であると言う。法眼は、鎌倉方へ知らせる人物がいたからには逃れる術もなかろうと、自分で義経を討つ気持ちを固めたと打ち明ける。これを聞いた飛鳥は突然、夫の刀を抜き取り自害しようとする。法眼は止め、わけを問いただす。飛鳥は法眼の気質では義経を裏切るようなことはしないだろうと思い、兄茨左衛門の書状の様子を見れば自分が兄に知らせたと必ず疑われる。身に覚えの無い疑いをかけられるのもつらいので、一思いに殺して欲しいと願う。法眼は手紙を引裂き、茨左衛門の手紙は山の衆徒や妻の心を試すために作った偽の手紙であったと言い、命を捨てることはないと安堵させる。ここに義経が現れ、法眼の心底を思い感謝する。法眼は恐縮し、弁慶が奥州へ遣わされている現在、家臣も少ないので自分のことも家臣同様に思って欲しいと述べる。そこへ佐藤忠信が義経の行方を訪ねて来たと伝えられる。法眼夫婦が次の間に入ると、佐藤忠信が義経のもとに来て久しぶりの対面に涙をこぼす。義経は自分の姓名を譲った忠信が無事でいたことを、まだ武運が尽きてはいない証拠だと喜び、静御前の様子を聞く。忠信は不審な顔つきになり、平家を滅亡させたあと、母親の病気のため本国出羽へ帰ったが、その母も亡くなって、四十九日のうちに合戦で負った傷が破傷風になり命も落としかけたと言う。それから義経が頼朝との不和から堀川御所も立ち退かれた事を知り、そのつらさに切腹してしまいたいとは思ったが、せめてもう一度義経の顔を見てから死にたいと、病気が直ってすぐにこちらへ来たので姓名を譲られた覚えもなく、静御前を預けられた覚えもないと答える。義経は忠信の言うことを信じず、漂泊する身となった自分を見限って静御前を鎌倉方へ引き渡したのだと思い、亀井、駿河の両人を呼んで忠信を縛り上げようとする。そこへ奏者が静御前の御供をして佐藤忠信が到着したことを知らせにくる。先に到着した忠信は自分の偽物を捕らえて疑いを晴らそうと立ち上がるが、亀井から詮議の済むまではそうはいかないと止められる。ここへ静御前ひとりが義経のもとに駆け寄り、久しぶりの対面を喜び合う。義経は静の供をしてきた忠信の事を聞くが、静は最前から居た忠信を見て義経には一緒に対面するつもりでいたのに、抜け駆けしたのかと尋ねる。身に覚えのない忠信は、出羽へ旅立つ折に別れの挨拶をしてから、お目にかかるのは今が初めてであると答える。忠信の言う事を静は信じないが、義経からそこにいる忠信は静の供をした忠信ではなく、別人であると聞かされる。何か心当たりは無いかと聞かれた静は、忠信を見つめて、そういわれれば着ているものや雰囲気も違うと言う。そして、義経のかたみとして預かった初音の鼓を打つと、忠信は酒に酔った人のように聴き入っていたと答える。また姿が見えなくなっても、この鼓を打てば必ず戻ってきたと言うと、義経はこの鼓を使って偽の忠信を詮議するようにと静に命じ、怪しい事があったならば、この刀でと言って自分の太刀を投げ出して奥の部屋へ入って行く。静がひとり鼓を打ちはじめると、やがて忠信が現れる。静ははっと思いながらも鼓を打ち続け、聴き入る忠信の様子をうかがう。鼓を打ちやめ、静は忠信に義経が待っていると促す。しかし立ち上がりかねている忠信に静は切りかかる。忠信は驚いて、その刃をかわす。静は笑い、義経のために屋島の物語を稽古するのだと言って再び鼓を打ちはじめる。忠信は我を忘れて鼓の音に聴き入る。静が忠信の隙をついて切りかかると、忠信はその刀の柄を取り、投げ捨てると静に「どんな罪があってだまし討ちに!」と叫ぶ。静は偽忠信と言って、忠信を鼓で激しく打ち白状せよと詰め寄る。忠信は言葉無くひれ伏していたが、やがて顔を上げ鼓を手に恭しく捧げ持ち静の前にそっと置く。忠信は庭におりると手をついて「今日まで隠していたが、出羽から戻った本物の忠信に疑いがかかり、その申し訳に身の上を話します」と言って、自分は桓武天皇のころに雨乞いのため殺された狐夫婦の子で、その両親の皮が初音の鼓に使われたことを話す。忠信は両親を殺されたころはまだ頑是無い子狐であったが、成長するにしたがって一日も親の恩に報いることが出来ない野狐と蔑まれていたことを話す。父母は殺されてしまったが、千年生きた威徳で鼓にはその魂が残っていると語り、親孝行をとは思っても内裏にあるうちは多くの神や宿直の者が守っていて、近づく事も出来なかったと言い、その鼓が義経に下賜されて、やっと近づけるようになったと語る。忠信は親狐を恋しく思う心を打ち明けるが、その心から本物の忠信に難儀を被らせた罪を思い、早く古巣に帰るようにと親狐が言っていると言う。両親の言葉に従い、狐の忠信はその場を離れようとするが、心が残り古巣に残して来た妻狐と子狐を思い出して泣く。静も同情して涙を浮かべ、義経を呼ぶ。義経が狐を不憫に思い同情の気持ちを表すと狐は礼拝して、鼓に心を残しながら去って行く。義経は静に鼓を打ち、狐を呼び返すよう命じるが、打っても音が出ず、義経は親狐もまた子狐との別れを悲しみ、音を止めたのかと気づいて悲しむ。義経は狐の境遇を現在の自分に重ね合わせて、静とともに嘆き、涙をこぼす。その有様を見た狐は自らも我を忘れ、隠れていた春霞から姿をあらわす。義経は静を守って旅をした狐への礼として鼓を狐に与える。狐は喜び、お礼に義経を守ると誓い、夜討ちを企む僧たちを倒す決意をあらわして帰って行く。始終を聞いた家来たちは僧たちの夜討ちに備え、忠信は自分が義経の身代わりとなって時間をかせごうと申し出るが義経は許さず、思うところあって暫くはここを離れられないので、義経と名乗って僧たちを欺くようにと命じる。また義経は忠信に汝が死ねば自分の命も無いと言って討ち死にをしないようにと言い聞かせ、静とともに奥の部屋へ入っていく。そこに狐の計略で法眼館へ誘い込まれた僧たちがやってきて、次々に捕われる。横川の覚範は何も知らずに屋敷に入ってくるが、障子の中から平家の大将、能登守教経と呼び止められて、思わず振り返る。覚範はその場を去ろうとするが、障子が開いて義経が現れ、横川の覚範を屋島で水死と見せかけ、密かに生きながらえた平教経であると明らかにする。二人は戦い始めるが、義経は奥の間へ逃げてゆき、平教経は追いかけて次々と障子を開けて行く。奥の間の障子を開けると安徳天皇が玉座に座っていて、教経を迎える。教経は驚き、どうしたことかと戸惑うが安徳帝は教経が生き延びた仔細を聞く。安徳帝は知盛の最後を語り、ここで教経に会うことが出来たのも義経の情けであると言う。また教経は母の建礼門院に会いたいと泣く安徳帝の心を思いやり、こんな境遇になってしまった悔しさをあらわにする。安徳帝を抱き上げて出て行こうとする教経を亀井、駿河、河連法眼が止めて睨み合うが義経はこれを制し、教経のことは兄を教経に討たれた忠信と戦わせるつもりでいるので、手出しはしないようにと三人に命じる。しかし、教経が兄頼朝を狙うと聞いて義経は刀の柄に手をかける。本物の忠信への恩を思い、兄の敵を討たせてあげたい狐は目には見えない姿で義経を押しとどめてその場を納め、双方は吉野山での決戦を約束して別れていく。

五段目
舞台は吉野山
義経の名を譲り受けた佐藤忠信は吉野山の山中で鎌倉側の追手と戦う。形勢の悪くなった鎌倉方は引き上げようとするが、安徳帝を奉じて平家の世を取り戻そうと企む横川の覚範(実は平教経)が現れて忠信と戦うことになる。戦ううちに覚範は深手を負い、忠信に首を取れと言うが、ここに義経が現れて安徳帝を出家させて母のもので暮らせるように計らうつもりであると言い、覚範に野望を捨てるように言い聞かせる。ここに河越太郎が朝方を縛り上げ、吉野山まで連れてくる。鼓にことよせて頼朝追討の院宣とは朝方の策略で、後白河法皇の命ではなかったことが露見し、義経に朝方の処置をさせるよう法皇からの命令であると伝える。すると覚範は立ち上がり、「平家追討の院宣も朝方の仕業と聞いた。」と言い、朝方の首を打ち落とす。そして義経に向かって、自分の首を討つようにと言う。義経は覚範の首は忠信に討たせると言い、忠信は兄の敵である覚範の首を討ち、源氏の世を祝賀する。