用明天王職人鑑
一段目
舞台は内裏
敏達天皇の御代、同腹の弟山彦の王子は自らの信仰する邪教をひろめようとして、多くの教典を帝の前に持ち出す。また腹違いの弟花人親王は仏教を信仰し、その経の数々を帝の前に置いて、仏の道に従って国を治めるならば、万代の安泰を得ることができると勧める。これを聞いた山彦の王子は怒り、仏法は先帝(敏達、山彦、花人の父親)の御代に異国の宗教であるからと廃され、儒教の教えにも父親の意向は三年間は変えてはならないとあるではないかと反論する。花人親王は父親の間違いを改めるのも孝行であると言い、邪教に心を奪われた兄山彦の王子にも仏法に帰依することを勧める。二人は意見を戦わせ、その仲裁のために物部の大臣が双方の教典に火を放って、どちらの教典が正しいか判断しようと申し出る。そして火をつけられた仏典は燃え上がり、軸だけが残るが、邪教の教典には火がつかずに残る。山彦の王子は勝ち誇り、花人親王をあしざまに罵るが、花人親王は落ち着いて「仏法は自然の理に従う道」であるから火をかけられて燃え上がるのは自然の道理であり、火のつかない経は天魔の術であると断じる。また花人親王は御仏の奇瑞を見せようと言って合掌し、祈り始める。すると焼け残った軸から焼き尽くされた仏典の文字が浮かび上がり、光の中から如来の姿が現れる。そうして如来の頭から稲光が走ったかと思うと、その光で邪教の教典は焼き尽くされ、如来の姿は天空に消える。この尊い有様を見た天皇は仏法を広めることに同意し、仏教伽藍を建てる詔をする。また花人親王を玉座近くへ呼び、仏教の教えは大慈大悲と聞いているが、自分は帝位についてから一度も慈悲を行ったことがないので、農民には税を緩め、商人には黄金を与え、職人には官位を与えようと言い、その采配を花人親王に命じる。

一段目
舞台は山彦の王子の館。
内裏で行われた花人親王との対決が気にかかる山彦の王子の臣下たち。山彦の邪教の師でもある伊賀留田の益良は、やはり邪教の道士である小野の土丸、伊駒の宿禰とともに王子の帰りを待ちかねる。やがて山彦の王子が戻り、内裏での勝負に負け、仏教寺院の建立が帝から宣言されたことや、花人親王に職人への官位授与の命が下ったことを語る。次の帝位を狙っていた山彦の王子は、この件で花人親王が春宮(皇太子)になるのではないかと危ぶみ悔し涙を流す。益良は山彦の王子を励まし、魔法で花人親王方の様子をさぐってみようと言って呪文をとなえる。すると左の目玉が中空へ虹のように飛び去り、戻ってくると花人親王の周辺に起こっていることを語り始める。益良の話しでは豊後の国の真野の長者という者が継母と折り合いの悪い愛娘玉世の姫を伴い、都近くの檜隈の岡に屋敷を建てて住んでいると言う。このたびの職人への官位授与について真野の長者は自らの使用人たちにも官位をいただきたいと、金銀財宝を使って花人親王に便宜を図ってもらおうとしていると話す。また真野の長者の屋敷では、明日花人親王を招待し、もてなすため用意の真っ最中であり、この機会に呪法を使って玉世の姫の乳人である百島大夫と花人親王の執権検非違使勝舟を争わせて油断させ、花人親王の命を狙う策略をもちかける。山彦の王子はたちまち機嫌を直し、帝位についたならば美貌で名高い玉世の姫を自分の後宮に入れることもできるだろうかと尋ねる。益良はたやすい事であると請け合って、今度は右の目玉を虚空へ飛ばすと目玉は小さな仙人の姿となって飛び去る。

一段目
舞台は真野の長者の屋敷。
職人への官位授与の願いを申し出ようとする真野の長者は、官位を望む職人たちの姿を絵に書かせて花人親王に見せようとする。花人親王を迎えた屋敷では玉世の姫が出迎え、ふたりは一目で恋に落ちる。

「職人尽し」
(職人の絵姿を玉世の姫が花人親王に見せながら、二人が接近してゆく様子が描かれる(笑)

花人親王の執権検非違使勝舟は留守居をしていたが、山彦の王子方が花人親王に近づくのを気遣い、真野の長者の屋敷へと駆けつける。折しも屋敷は酒宴のさなかで、勝舟がいらだつところへ玉世の姫の乳人百島大夫が銚子と杯をもって通りかかる。勝舟が百島大夫を呼び止めると、百島大夫は冥加な親王のお成りに姫ともども職人たちも喜んで、屋敷に来ていることを話す。百島大夫は銚子の酒を親王様にと思ったが、親王様はまどろんでいるようなので、勝舟が迎えに来ていることも後で伝えようと言う。勝舟は百島大夫らの接待をねぎらい、二人が話し込むうちに屋敷の天井には益良の放った邪法の気配が現れる。しかし二人が気づかないうちに、銚子が自然に浮かび上がり勝舟は酒を浴びせられる。益良によって込められた毒気に熱湯のようになった酒をかけられた勝舟は怒り、こうして隙を作って自分を亡き者にし、花人親王の命を狙う気なのかと百島大夫につめよる。百島大夫は驚き、銚子に手をかけた覚えもなく、しかも冷酒で熱かろうわけもないのにと言い、自分を試す所存で勝舟が言いがかりをつけているのかと早合点する。言い争いをするうちに今度は百島大夫が眉間を叩かれ、二人は刀を抜いて切り合いを始める。邪法の気配が裏門より出て行くと、間もなく山彦の王子が屋敷へ来たと門番が告げにくる。女達は恐れおののき百島大夫を探すが見つからず、屋敷に詰めかけていた職人たちもオロオロと心配をする。そこで職人たちは、小さいながらも力のある久馬平という桶職人を取り囲み、武士の姿となって山彦の王子を追い返すようにと命じる。久馬平は恐ろしい山彦の王子を相手に刀を持ったこともない自分が太刀打ちできるはずはないと断る。逃げ出そうとする久馬平を職人たちが取り囲み、よってたかって衣装を着せ、太刀を佩かせて武士に仕立て上げる。山彦の王子はただひとり馬上から、自分が思いをかけた玉世の姫と花人親王が忍び合うと聞いて駆けつけたと叫んで屋敷の中を荒し回る。やがて二人が臥していた一間を探し当て、二人を連れ去ろうとする。すると久馬平が立ちはだかり、姫と親王を取り戻すと山彦の王子に立ち向かう。二人が睨み合うところに、山彦の王子の家臣である宿禰と土丸がかけつけ、久馬平が土丸とつかみあううちに、姫と花人親王が連れ去られそうになる。久馬平が助けを呼ぶと、多くの職人達は手に手に商売道具を持って追いかけて行く。やっと久馬平が土丸を押さえ込むと、百島大夫が花人親王を奪い返し、勝舟は玉世の姫を取り返して戻ってくる。それぞれの主人を無事に取り返してもらった百島大夫と勝舟は、先ほどの諍いも邪法の仕業であったと気づき、このような邪法のはびこる都に主人をおく事は心配であると言って玉世の姫は本国へ帰すことになる。また勝舟は山彦の王子の追手を押さえ込んだあと追いつく所存で、久馬平を供にして花人親王を四国へ落ち延びさせようとする。その任務を承諾した久馬平は土丸の首を切り落として門出の祝いとする。

二段目
舞台は佐渡島の浜辺。
検非違使勝舟の弟で花人親王の側近であった五位の介諸岩は色恋沙汰の噂から帝によって島流しとなり、佐渡島の侍、松浦の庄司の世話になり名も鍬取りの京雀と変えて百姓仕事で暮らしをたてている。浜辺に降り来る雁も諸岩を恐れる気配もなく、すっかりなついた様子を見せる。諸岩が畑仕事の手を休め、ふと空を見上げると帝の住まう王城に立つはずの雲を見つける。諸岩が不審に思っているところに、芦がざわめき雁が飛び立つ。諸岩が芦をかき分けて浜に出ると小舟が一艘漂っていて、舟の中に一人の女と殿上人とおぼしき若者を見つける。怪しい舟と思った諸岩は鍬を振り上げ舟に乗り込もうとするが、女は都より西国へ逃れようとするところを嵐にながされて、この浜まで命からがらたどり着いたものだと語る。また、若者が帝の弟宮、花人親王であると明かすと、諸岩は鍬を捨て地にひれ伏して涙を流す。花人親王が幼い頃に流人となった諸岩は、姿形もすっかり変わったために気づかれず、すっかり落ちぶれ果てた主従の対面に二人は涙にくれる。花人親王は兄山彦の王子が自分を殺そうとしたことや、久馬平と落ち延びるはずであったところが久馬平が病気になり、その妻に付き添われて出船したことを話す。諸岩は松浦の庄司という家の世話になっているが、庄司は尼君で、その長男兵藤太や自分と恋仲の兵藤太の妹佐用姫のことを話し、何かの折には味方になってもらえるだろうと花人親王を力づける。花人親王は諸岩の言葉に勇気づけられ、涙をこぼして感謝する。そこへ一羽の雁が諸岩のもとに来たって今は播州で遊女となった妻からの手紙や贈り物を届ける。諸岩は自分の帰りを待つ妻が実は山彦の王子の側近である伊駒の宿禰の娘であると明かし、今日限りで縁を切らねばならないと言う。しかし離縁の理由を書くわけにもいかないので、ただ諸岩が自害するまえに書いた手紙ということにして雁に結びつけて飛び立たせる。

二段目
舞台は松浦の庄司館。
越後の国へ出かけていた松浦の兵藤太が佐渡の館へ戻ってくる。母や妹佐用姫、諸岩が出迎えると兵藤太は出世の望みが叶いそうであると告げる。兵藤太は山彦の王子が謀反を企て、その味方となる武将を集めるつもりでいる事や、味方について功名したならば相応の処遇をされると語る。兵藤太はこの機会に世に出るつもりで武士の家柄でありながら流人となったものたちに声をかけて帰って来たと言い、諸岩にも加勢するようにと命じる。しかし、怖じ気づいて返事もできない有様の諸岩を見た恋人佐用姫や母の尼君は、様々に言い含めて諸岩を兵藤太に従わせようとする。しかし、それでも承知しない諸岩に尼君は屋敷から出て行くようにと命じる。兵藤太もあきれ果て、諸岩の背中を踏みつけてその場を立ち去る。諸岩が花人親王の命を狙う兵藤太を討つか、それとも危険の迫っている親王を先に落ち延びさせようかと思案しているところへ佐用姫が戻り、兵藤太の味方にならずとも、そばを離れるつもりは無いとすがり付く。そんな佐用姫を冷たくあしらう諸岩の態度に佐用姫は諸岩が親王方の人間であると気づく。諸岩は自分の素性を明かし、どうしても夫婦として添い遂げたいと思うのならば、月の出るまでに兄兵藤太を討って、首を持ってくるようにと言う。どうしても諸岩と夫婦になりたい佐用姫は兄を手にかける事を承諾し、裏の妻戸の陰に隠れて声をかけたら出て来て欲しいと約束する。諸岩が立ち去ると、佐用姫は自分の罪深さを嘆いて涙を流す。すると奥の障子が開いて、母の尼君が長刀を携えて出てくる。尼君は佐用姫と諸岩の話しをすっかり聞いていて、佐用姫のために兄兵藤太を討たせると言い、自分が兵藤太を眠らせてから障子の戸を叩くので、その合図を待って障子越しに兵藤太を刺し殺すようにと言い含める。諸岩はまさか佐用姫が実行するとは思わなかったが、裏の妻戸に立って月が昇るのを待つ。佐用姫が気もそぞろにあたりを行きつ戻りつしているところに、昼のうちに兵藤太とともに山彦の軍に加わる約束をしたもの達が館にやってくる。そして一間のうちから障子を叩く音がする。佐用姫は勇気をふりしぼり、長刀で突き刺すと、諸岩を呼ぶ。かけ出た諸岩が障子を開けると、そこには兵藤太ではなく血に染まった尼君がいた。尼君は苦しい息のうちに兵藤太を死なせたくなかった事や佐用姫の願いも叶えてやりたかったと言って、諸岩に佐用姫と夫婦の杯をしてくれるようにと頼む。佐用姫は母を手にかけた事を悔やんで涙に暮れる。諸岩は尼君の気持ちをくみ、佐用姫とは夫婦であると宣言する。兵藤太は命を捨てて自分を守ってくれた母親の気持ちを思い、武士としての出世の望みを捨てて出家する決心をする。また山彦の王子への義理を思い、一緒に加担しようとしていた者達に自分の首を持って山彦の王子への言い訳にせよと観念するが、哀れな一家の一部始終を見ていた者たちは、花人親王方につくことを決意し、尼君も安心して息を引き取る。

三段目
舞台は播州尾上の浜。
僧となった兵藤太は不思議な夢に導かれて海の底に沈んだ釣鐘を見つける。この鐘を波打ち際まで引き上げたところが、そこから先へは動かなくなったために往来の人々の手を借りて引き上げようとする。そこへ下人に身をやつした花人親王や妻佐用姫を伴った諸岩が通りかかる。親王は鐘の銘を見て、これは先帝の御代に天竺の祇園精舎より伝えられた鐘で、筑紫の海に捨てられてしまったものであると言い、礼拝する。親王は、この鐘の響きに九十五種の外道が通力を失って地におちたという伝説があり、そのような鐘が世に現れるというのも、仏法を尊ぶ自らにも光明であると言う。皆が地にひれ伏して鐘に礼拝していると、真野の長者が通りかかる。兵藤太入道は真野の長者に自分のみた霊夢を話し、鐘を引き上げるための援助を頼む。真野の長者は乗り物から急いで降りると、鐘を拝み、援助のための金銀を浜辺に積む。兵藤太入道は喜んで近所の人々を呼び集めて、金銀を与え鐘を引かせる。しかし人間の目には見えなくとも、邪宗の魔物が鐘の上に乗り邪魔をするために鐘は浜辺に寄ることもできない。親王はその気配に気づき、長者のもとへ駆け寄ると自分に任せて欲しいと申し出る。近在のものたちは親王が金銀を独り占めするつもりで言い出したのだろうと詰め寄り、親王をかばって中に入った兵藤太入道までも打ち殺そうとするが、その正体も魔物が入り込んで言わせているのであった。真野の長者は争いをとどめ、親王に鐘を引き上げる方法をどうして知っているのかと尋ねる。親王は祇園精舎の鐘について説明をし、経文の木遣りでならば魔物の力を祓って引き上げることが叶うであろうと語る。その聡明な物言いに近在のものたちは、山彦の王子が敵対している花人親王に違いないと見て取り、縛り上げようとする。すると諸岩がすすみでて、これはただの土民であるが、小さい頃より都の学者へ奉公していたので、ひとよりも知恵がついたと言う。真野の長者は珍しがり、自分の従者として貰いたいと申し出る。諸岩が喜んで話しを受けると、真野の長者は親王に「山路」と名付け、さっそく鐘を引き上げる采配をさせる。山路は経文の木遣りで鐘を引き上げる。

三段目
舞台は鐘供養の場
真野の長者の計らいで、名僧豊国国師を招いて鐘の供養が行われることになり、その準備のさなかに室の津で遊女となっていた諸岩の妻が現れる。鐘供養の場は女人禁制であると断られるが、兵藤太入道に取り入って中に入る。すると、死んだはずの夫諸岩を見つけ様々に恨みを口にするが諸岩は冷たい態度で離縁すると言い出す。あまりの仕打ちに妻は魔物のようになり、鐘を落としてしまう。騒ぎに驚いた豊国国師が駆けつけ、一部始終の様子を聞いて「五大明王五龍神」の秘法によって鐘に込められた呪いを解き、諸岩の妻の後生を助けようとする。やがて、祈りの声に応ずるように鐘が上がり、中から蛇体が現れて今までのつらい思いを述べると、これからは夫婦の守り神になると約束して空へ消えて行く。

四段目
舞台は真野の長者の館。
花人親王が真野の長者の下僕となっていると聞いた勝舟は、豊後の長者屋敷を訪ねる。しかし、親王が山路という名になっていることも知らない勝舟は広大な屋敷の中を探しあぐね、そっと中の様子をうかがうことにする。屋敷の中では玉世の姫が花人親王を慕い、物思いに沈んでいる。そこに邪教の妖術により、玉世の姫の継母の体に邪悪な魂が入り込む。すると継母は山彦の王子からの求婚に応じない玉世の姫を責めはじめ、懐胎している事を人前で言い立てる。初めて娘の懐胎に気がついた真野の長者は驚き、堕胎薬を飲ませてから山彦の王子の妃に差し出そうとする。玉世の姫が死んでも山彦のところへ行くのは嫌だと泣いてすがるところへ山路が呼び出され、堕胎薬となる薬草を知っていたならば、玉世の姫を伴い、お腹の子を堕胎させて連れ帰るようにと命じる。出立の用意に姫と山路が奥へ入って行くと、屋敷のおもてに花人親王の執権検非違使勝舟になりすました伊駒宿禰が現れる。この様子を見た本物の勝舟は鹿島の「事触れ」の姿となって偽の勝舟の正体を暴き、逃げ出した宿禰を追いかけてゆく。

四段目
山路玉世の姫道行
玉世の姫は山路のひく牛に乗せられて継母や侍女らとともに内山へ向かう。

舞台は内山
内山に到着した玉世の姫の継母は、さっそく下男に湯を湧かさせ山路の採って来た堕胎用の薬草を煎じる。姫はお腹の子を助けたいと飲もうとはしなかったが、継母が無理矢理飲ませようとするのを見て、山路はやっと玉世の姫に気づく。玉世の姫は涙ながらに山路を見つめ、山路の採って来た薬草でこの子を殺す因果を語る。いよいよ腹を立てた継母は周囲のものが止めるのも聞かず、薬を姫の口に流し入れる。たちまち姫は苦しみはじめ、侍女たちは姫を傍らの馬繋ぎのもとへ連れて行く。すると不思議にも堕胎はされず美しい皇子を産み落とす。継母は驚き、生まれたばかりの皇子を殺そうと近寄るが、一頭の牛が起き上がり継母めがけて突進し、逃げる継母を追いかけてゆく。そこへ勝舟に追いかけられた伊駒宿禰が逃げ込み、草の中に隠れる。都からの帰り道に屋敷での騒動を聞いた姫の守役百島大夫は、屋敷へも寄らずに内山の姫のもとに駆けつける。伊駒宿禰が勝舟を名乗って悪事を働こうとした事も聞き知っていたので、宿禰のことをただでは帰さないと言う。草陰でこれを聞いた宿禰は恐れおののき、少しずつ退くところを百島大夫に見つかる。
また玉世の姫の継母を追いかけて行った牛は継母を角に刺して駆け戻り、親王の足下にひれ伏して人間の声で、自分は諸岩の妻であったが嫉妬により蛇身となり地獄で責めを受けていたと話す。しかし、閻魔王に頼んで牛の姿となり、諸岩同様に親王を守るつもりであったと伝える。牛が継母を地面にふるい落として走り去ると、そこへ勝舟と長者が駆けつけ、皇子を屋敷へ連れ帰ろうとする。すると継母の頭から光が天空へ走り、伊賀留田の益良が放った目玉の分身が姿をあらわす。百島大夫、検非違使勝舟は力を尽くして戦うが、天空の敵になす術無く虚空を睨んでいたところ、生まれたばかりの皇子が左手を少しだけ開くと、そこから光があふれ出して妖術つかいは地面に落ち、殺される。この様子を見ていた長者は、皇子の生まれながらの徳に感じ入り、新たに館を建てて皇子を迎える。

五段目
舞台は播磨国、明石の浦。
駒繋ぎの傍らで降誕した皇子は厩戸皇子と名付けられるが、この皇子は幼少のころから左手を開くことがなかった。周囲のものたちは何かの病気ではないかと思い、都の名医にみせようと船で播磨の国、明石の浦にたどりつく。ふと山の方をみると、錦の旗(官軍)をはためかせ、騎馬武者たちが千騎あまり武装して待ち構えるのが見える。勝舟と百島は何事かと驚くが、迎えた諸岩や兵藤太入道は山彦王子が大江山に陣をはり、花人親王と一戦交える所存であると語る。また諸岩たちは花人親王の願いと称して天皇へ訴え、山彦討伐の勅宣を受けた事を話し、同時に厩戸皇子は聖徳太子という名を賜ったと報告する。

舞台は大江山。
聖徳太子を大将にした官軍は大江山に立てこもる山彦を討伐のために責めかける。双方が強者を揃えて激しく戦うが、次第に官軍の勝利が近づく。逃げ場を失った山彦は桐の古木に上って呪文を唱える。すると、にわかに葉が生い茂り山彦の姿を隠してしまう。官軍が山彦の姿を見つけられずに責めあぐんでいると、花人親王は聖徳太子を抱いて桐の古木のもとへやってくる。聖徳太子が左の手を開き「南無仏」と三度唱えると、薫風とともに桐の葉が落ちて山彦の姿が現れる。山彦は無念の思いを述べ、再び生まれ変わり本望を遂げると言い残して自殺する。そこへ天皇の勅使が到着し、帝位を花人親王に譲る詔が下ったと報告する。