ひらかな盛衰記
一段目
舞台は鈴鹿山山中。
源頼朝より木曾義仲討伐の命を受けて、敵の前方からは源範頼、後方からは源義経が攻め込むこととなり、義経は家臣を伴って伊勢路から鈴鹿山越えに京へ向かう。途中の神社で一行が休息するところ、義経は山道をとぼとぼと歩いてくる老人を見つけて、家臣和田義盛に老人を連れてくるように命じる。義経は老人に宇治への近道を聞こうとするが、老人の教える道に「首落ちの滝」という地名があるのを不吉に思い別の道はないかと尋ねる。すると老人はこの神社を弓手(左)へ回って、笠置を通り宇治へ向かう道を教える。また義経が老人に神社の祭神を尋ねると、「いとどの明神」と呼ばれているが、文字に書くと「射手」であると答える。義経は「射手の明神が弓手にまわって笠にかかって責めよ」とのご託宣かと喜び、老人に多くの礼物を贈って帰らせる。そこで家臣梶原平三景時が進み出て、弓矢神のもとで休むことになったのも、神のご加護があるからであると祝い、戦の結果をも占おうと扇を的にして矢を射ってみようと言い出す。景時は自らの先祖が源義家の家臣権五郎景政であり武勇の誉れ高い家柄である事を誇る。ところが景時が日の丸を書いた扇に向かい矢を放つと、扇には当たらず義経軍の白旗に刺さってしまう。家臣たちは味方に何かあったのではないかと不吉な思いに沈む。義経は景時が出過ぎた行いで家臣たちを不安がらせると怒り、もともと日の丸に矢を射かけることが不遜であり、扇の要か日の丸を避けて狙うのが武士の心得であると言う。義経は沈んだ家臣たちの心を思い、今度は自分が矢を射かけて見事に扇の要に命中させ味方の勝利に違いないと喜ばせる。家臣畠山重忠は義経の矢を神前に捧げて勝利を願う。そして景時に向かい「恥を恥とも思わぬ梶原」と罵り、矢で白旗を貫いたのは裏切りの証ではないかと問いただす。景時は義経への申し訳に切腹すると言い、佐々木高綱へ介錯を頼む。そんな景時を高綱は止め、大事な戦を控えて切腹など義経への面当てになると諌める。高綱は義経に向かい、景時の矢は「敵にハタ(旗)と矢が当たる」というめでたいしるしであると取りなして、景時の命は自分が預かりたいと申し出る。義経は高綱の機転を褒め、景時には以後慎むようにと命じて出立し、宇治川の渡しにたどり着く。

一段目
舞台は木曾義仲の館。
義仲の妻山吹御前と長男駒若は京の館で春を迎えている。そばに付き従うお筆は山吹御前のもとを離れず、義仲には四天王と呼ばれる家臣や、巴御前のような女ながらも勇者の誉れ高い者がついているので、勝利は間違いないだろうと安堵させる。しかし、お筆は義仲の子供を身ごもっている巴御前が戦場で産気づいたらと気遣い、山吹御前も駒若の弟となるはずの子であるからと巴御前の身を案じる。そこへ義仲が戻り、戦いの様子を尋ねる山吹御前に、折悪しく重臣樋口次郎が多田蔵人行家を攻めるために河内へ行ったまま留守であるために源範頼、義経の多勢に比べて小勢となり不利な戦いになっていると話す。義仲も出陣して戦場の指揮を取ろうと後白河上皇のもとへ別れの挨拶をと思い院の御所を訪ねたが、門を閉ざしたままで物音も聞こえず、仕方なく帰って来たと言う。いままで天下のため帝のためと戦い続け朝日将軍という名まで賜ったものが朝敵と呼ばれることになった口惜しさを嘆き、この上は力の限り戦って討死にをする覚悟であると言う。山吹御前は義仲に駒若や巴御前のお腹の子のためにも生き延びて、時節を待って申し開きをして欲しいと頼む。義仲は院の周りにいる公家たちが讒言し、なかでも多田蔵人行家は自分に意趣をもっているので、申し開きは叶わないだろう。どうか駒若を連れて館を出て逃げ延び、時をまって義仲の汚名をすすいでくれるようにと頼む。山吹御前は夫との別れを嘆き悲しみ、お筆も主の心を思いやり共に泣き沈む。そこに巴御前が戻り、味方の敗戦を伝える。義仲は討ち死の覚悟で巴御前とともに戦場へ向かう。出立に巴御前は山吹御前に向かって義仲を守り抜く意思を伝え、駒若とともに生き延びて欲しいと頼む。お筆は巴御前に自分の親里ならば代々源氏に仕えた家なので、かならず山吹御前と駒若をかくまってくれると言って安心させる。そうして夫婦、主従は別れて旅立つ。

一段目
舞台は琵琶湖沿岸。
木曾義仲の愛妾巴御前は義仲から共に討死する事を禁じられて、ひとり故郷へ帰ろうとするが、鎌倉方の追手に取り囲まれる。しかし女ながらも強者の巴御前は雑兵を馬で蹴散らす。また関東一の勇者と言われた秩父の畠山重忠も巴の鎧をつかんで引きずり落とそうとするが、かえって尻餅をつかされる。そのあとに佐々木高綱が現れるが高綱は巴を逃がそうとする。そこに内田の三郎が追いつき、巴御前と戦おうとするが、大力の巴に首を引き抜かれてしまう。和田の義盛は巴を生け捕りにしようと松の木を引き抜いて巴の馬に当て馬もろとも転がそうとする。巴は馬を自在に操り、義盛の攻撃をかわしていたが、木曾義仲の首を取ったと呼ばわる声に驚き、落馬して義盛に縛り上げられる。義経の前に引き出された巴は無念の涙にくれる。そこへ梶原景時が石田為久の討ち取った義仲の首を持って現れ、また巴の兄今井の四郎兼平の首を取った井上次郎を連れてくる。井上次郎は木曾義仲の家臣であったが、鎌倉に降参の証だと言って兼平の打首を差し出す。巴は夫義仲と兄兼平の首を見て嘆き悲しむが、義経は同じ源氏に生まれながら謀反人となった義仲を罵り扇で打擲する。巴はこらえきれずに、義仲は謀反と見せかけて平家の持つ三種の神器を取り返す計略であったと話す。これを聞いた義経の指図で高綱が義仲の兜を外すと、その内側から義仲の書き残した誓文が見つかる。義経は巴の言う事が本当であったと確かめると義仲の首を手に取り涙ながらに詫びて、源氏の守護をして欲しいと祈る。義盛は巴の懐胎した義仲の子を育てるつもりで、巴を妻にと申し出る。梶原景時は義盛の言葉を遮り、とにかく頼朝の命を受け木曾義仲の重臣今井兼平の首を取った井上次郎に恩賞をと言い出す。秩父の畠山重忠は今井兼平は義仲の後を追って刀をくわえて落下し自害したのであるから、死んだあとで首を取ったことになると言い、井上次郎の手柄などにはならないとたしなめる。井上次郎は義仲の家臣であったが、以前より鎌倉に内通し、鎌倉への貢献だけでも恩賞があっていいはずだと言って重忠へ今井の首を投出し、羨ましいのならくれてやると侮辱する。怒った重忠が井上につかみかかろうとするのを義経は止め、井上次郎のことは頼朝の裁量に任せようと言い、巴御前の事は義盛に任せて無事に男子が生まれたならば、木曾の名は出さずに義盛の子として育てるようにと命じて都へ帰って行く。残された梶原景時と井上次郎は恩賞の当てが外れ、周囲のものを睨みつけて立ち去ろうとするが巴に止められる。巴は義仲の家臣でありながら鎌倉へ内通していた井上次郎に「主君の敵であるからには命を貰う」と言い渡す。梶原景時は気味悪くなって先に逃げてしまうが、井上次郎は義盛と巴に挟まれて身動きできなくなる。次郎の郎党のものが主を助けようと切り掛かるが、怪力の巴は次郎を手に郎党どもを蹴散らし、義盛の陣所へと共に帰って行く。

二段目
舞台はお筆の父親鎌田隼人清次の住まい。
源氏譜代の出身であったが、兄政清が主従の縁を切られて亡くなった後、浪人暮らしをしている清次。今日も楊枝削りで暮らす清次のもとへ家主が訪ねてくる。清次は遅れている家賃の催促のことであるかと気をまわすが、家主は木曾義仲へ奉公していたお筆が義仲の滅亡により実家へ戻るであろうと言い、ちょうど容姿の優れた妾を探している金持ちがいるので、口利きをしようと相談する。そして、近所の借家の住人から昨晩清次の家を訪ねる女の声がしたという話を聞いて、てっきりお筆が戻ったのかと思って訪ねてきたと言う。清次は昨晩の客は家を間違えて来た者で、お筆はまだ戻らず、戻ったら早速返事をしましょうと請け合って家主を帰らせる。そうして家の戸締まりをすると清次は古い長持のふたをあけて中から山吹御前と駒若、お筆を出し、駒若には飼っている猿を遊び相手にと言って差し出す。山吹御前は家臣でもないのに危険をおかしてかくまってくれる清次に礼を言う。清次はいつかまた主家へ奉公をと望みをかけて、お筆を木曾殿へ、妹の千鳥を鎌倉の梶原家へ奉公させたが、はからずも源氏同士の戦いとなってしまったと話す。しかし、お筆の主君を見捨てて出世の願いを叶えるつもりもないので年寄りながら精一杯ちからになると約束する。清次は山吹御前に四天王のうち随一と呼ばれた樋口の次郎兼光のことについて、討死の噂も聞かないがと安否を尋ねる。山吹御前は兼光の事は多田蔵人を討つために河内へ向かったあと噂にも聞かず、我々は兼光にも見捨てられたのかと嘆き悲しむ。梶原の郎党番場の忠太は家主に案内をさせて清次の家まで来る。住まいの中から漏れ聞こえる泣き声を聞いて、中に山吹御前らがいると確信した忠太は家主に声をかけさせる。寝ぼけた態で清次は答えながら外の様子をうかがう。すると追手らが中へ踏み込む様子であったのをみた清次は急いで若君の小袖を猿に着せ、お筆に抱かせて外へ出る。駒若に気を取られた忠太は山吹御前とお筆を取り逃がし、本物の駒若を懐に入れた清次も追手たちが家の中に入ったところを外から鍵をかけて閉じ込め、山吹御前とお筆の後を追って逃げ延びる。

二段目
舞台は梶原平三景時の館。
景時の嫡男源太景季の誕生日祝いに鎧兜や祝儀の品を飾って賑やかな屋敷のうち、鎌田隼人清次の娘千鳥も忙しく立ち働いている。用意が一段落すると千鳥は同僚から景季との仲をからかわれるが、景季の弟景高から横恋慕されて困っていると打ち明けて、景季とのことが景高の耳に入るとどんな事になるか分からないので、黙っていて欲しいと頼む。そこへ仮病を使って都の戦場へ行かなかった景高が現れ、他の腰元たちを追いやると、千鳥を寝所へ連れ込もうとする。千鳥は親の望みを叶えるために、不義ものにはなれないと断るが、景高は、ならば景季とはどうして懇ろになったのかと問いつめ乱暴を働こうとする。景高の手から逃れようとする千鳥が仮病のことを大声で言うと口論するうちに、都より横須賀軍内が急用で戻ったという知らせが入り、千鳥はひとまず難を逃れる。景高は軍内に急用とは何かと尋ねると、景時から鎌倉へ戻るようにと命じられた景季が到着する前に、景時からの手紙を景季の母延寿へ渡すよう命じられて急いで帰ったと話す。景高は兄景季がなぜ戻されたのかと聞くと、軍内は宇治川の合戦で佐々木高綱に遅れをとったことから京中の物笑いとなり、その場で殺せば恥の上塗りになるので、鎌倉へ返したあとで切腹させるつもりで戻されたと言う。また景季が切腹すれば家督も景高へまわってくるであろうから、吉報であると報告する。これを聞いて景高は喜び、母に手紙の入った文箱を渡すようにと命じて二人は奥へ入って行く。そこへ景季が戻り、母延寿と対面する。延寿が景時からの手紙を開こうとするうちに千鳥は景季のもとへ寄り、やつれた様子を心配する。そこへ景高が現れ、宇治川の合戦の様子を聞き、景季に恥をかかせようとする。景季は戦場の様子を語るが、佐々木高綱に先を越されたことを景高から責められる。景季は父景時が義経の目前で矢を射損ない、佐々木高綱の取りなしで命を助けられた恩に報いるため、功名を譲ったと話す。父親への孝行で命を落とすことに悔いはないと景季は切腹しようとするが、延寿は止め、頼朝から源太と名付けられ「産衣」という源氏ゆかりの鎧を賜った景季であるから、簡単に死なせるわけにはいかないと景時の手紙をズタズタに破る。検死の役を仰せつかっていた軍内は景季に切腹を迫るが、延寿は景季の刀を奪い取り、ボロ布に着替えさせて勘当する。景高にけり落とされた景季を千鳥はかばい、延寿に許しを請うが、そんな千鳥の言葉をよそに延寿は弟景高に言うふりをして、手柄をたてて戻るようにと景季を励ます。延寿が千鳥を引っ立てて奥に入ると軍内と景高が景季に切り掛かるが、景季は弟景高を投げ飛ばし、軍内の首を落す。戦場で功名してから戻る決心をした景季が立ち去ろうとすると後ろの障子があき、延寿が頼朝公から賜った鎧兜を持って行くようにと言って中に入って行く。景季が鎧兜を手に取ると、鎧櫃の中から千鳥が現れ、これも延寿の計らいであると言う。二人は涙ながらに延寿との別れを惜しみ、屋敷を去る。

三段目
道行君後紐(みちゆききみがうしろひも)
都を逃れて木曾義仲の故郷へ向かう山吹御前と駒若君、お筆、そしてあとから追いついたお筆の父鎌田隼人清次の道行。

舞台は一行のたどり着いた大津の宿。
山吹御前はなれない旅の疲れから病が出て、大津の宿で清次、お筆に介抱され臥せっている。そんな時に駒若がむずかり大声で泣き始め、隣の部屋に泊まった親子連れから大津絵をもらう。隣の宿泊客は摂津の船頭と娘およし、およしの子槌松の三人連れで槌松は駒若と同い年の男の子だった。およしは槌松の父親が三年前に亡くなり、その供養のために父と三人で西国巡礼に出たと話す。およしも夫を亡くしたと知った山吹御前は自分も同じ境遇であると言って涙ぐむ。山吹御前が夫を亡くしたと知った船頭は、帰らぬ夫を思って嘆くよりも早く次の伴侶をとすすめ、およしも近頃再婚して、良い婿をとったと話す。すっかりこの家族と親しくなった一行は隔てる襖も開けたまま寝入る。そこへ村からの使いが宿の亭主を訪ね、お尋ね者の詮議があるようなので、寄り合いに来るようにと呼びにくる。宿の亭主は庄屋から叱られるのも嫌だからと、しぶしぶ出かけて行く。夜も更けて、すっかり寝静まった部屋で幼子二人が目を覚まして遊ぶが、そのうちに行灯に手が触れて灯火の器が揺れ火が消える。あたりは暗闇になり子供が泣き出すと大人たちも目を覚ます。そこへ宿の主人が追手の番場の忠太ら捕り手を連れて戻ってくる。宿になだれ込む捕り手たち。お筆は駒若を片手に抱き山吹御前の手を引いて逃れ出る。しかし追手に追いつかれ、お筆は駒若を山吹御前に渡して戦い始める。清次もまた忠太と戦い始めるが肩先から切り込まれ殺される。そして忠太が山吹御前から駒若を奪い取ろうとすると、山吹御前は忠太にしがみつく。いらだつ忠太が山吹御前を投げつけ、山吹御前は息も絶え絶えに動けなくなる。忠太は駒若を吊るして首を切り、打ち首を抱えて去る。そこへお筆が戻り、山吹御前から駒若の最後を聞いて嘆く。お筆はせめて駒若の遺骸だけでも見ようと傍へ寄り、よくよく見れば着ているものが違い、駒若ではなく、同じ宿に泊まっていた槌松であったと気がつく。駒若の無事を喜ぶお筆だったが、山吹御前はそのまま息を引き取る。お筆は悲しさに泣き沈むが、妹千鳥とともに父や主人の敵を討つ決意を固める。父や槌松、山吹御前の遺体を葬ってあげたいとは思っても、多くの追手に取り囲まれて時間が無いと、お筆は近くの竹を切り山吹御前の遺体だけを笹に載せて動かし、涙ながらに葬る。

三段目
舞台は大阪、福嶋の船頭の家。
およしの再婚相手に松右衛門という名を譲って、今では権四郎と名乗る船頭。およしの亡くなった夫の供養に近所のものを呼んで、お茶をふるまうが、権四郎は巡礼から帰ったのちに槌松の姿かたちが変わったことを尋ねられる。権四郎は大津の宿で捕り手たちが宿になだれ込み、事情も分からないまま伏見まで逃げたが背負って逃げて来た子が槌松ではなく、隣に泊まった一行の子だったと言い、およしから取り替えてきてくれと頼まれても恐ろしさから戻ることも出来ずに、そのまま帰りの船に乗って福嶋へ戻り、名前も知らないので槌松と呼んで暮らしていると話す。およしもこの子を可愛く思う気持ちもあるが、亡くなった夫にも申し訳ないと思うので、はやく本当の槌松を戻して欲しいと思う気持ちを明かす。近所のものたちが、そんなおよしをなぐさめて帰ろうとするところに、およしの再婚した夫松右衛門が帰ってくる。松右衛門はせっかく供養に来てもらったのに、留守にした事を詫びて供養に来てくれた近所の人たちをねぎらう。家の中に入った松右衛門は権四郎に梶原景時に呼び出された一件について話し始める。以前「逆櫓」について書き記したものを景時へ差し出してあったが、今回は呼出を受けて参上したところ、家老の番場の忠太よりその内容についての詳細を問われたと言う。景時が現れると、松右衛門に戦のために「逆櫓」の兵術を訓練した事があるかと問われたと語る。松右衛門は「逆櫓」を舅権四郎から教えられたばかりで答えに窮したが、自分は商いの船を操る船頭で、戦術などとは夢にも思わなかったが、しかし「逆櫓」の操縦は家に古くから伝わる技術なのでよく分かっていますと間に合わせを言ったと話す。景時は松右衛門に「逆櫓」の経験をもつ船頭を集めて訓練をし義経の船の船頭をさせようと言って、莫大な褒美がもらえるだろうと言う。松右衛門は喜んで帰りがけに景時の船の船頭である又六、九郎作、冨蔵の三人の所へ寄り、日暮れから「逆櫓」の訓練をすることにしたと言う。権四郎やおよしも婿の出世を喜び祝う。慣れない大名の相手に疲れた松右衛門は槌松を連れて日暮れまで眠りたいと納戸へ入る。権四郎とおよしが喜び合うところへ、お筆が訪ねてくる。大津の宿で子供を取り違えた相手だと分かると、権四郎やおよしはお筆が槌松を連れてきてくれたものと思い込み、はやく会いたいと気もそぞろに槌松の姿を探す。お筆は涙ながらに山吹御前や取り違えた槌松の最後を話し、どうか駒若を戻して欲しいと頼む。権四郎は今まで槌松を大事にしてくれているであろうからと駒若の事も大事に育ててきたのにと怒り、駒若も首を切って返そうと立ち上がる。慌てて取りすがるお筆をはねのけて、権四郎が納戸を開けると松右衛門が刀をさし、駒若を抱いて現れる。お筆は樋口の次郎だと気づくが、松右衛門は名を言い出しそうになるお筆を止めて、駒若の命を助けようと権四郎を説得しようとする。しかし権四郎は納得せず、仕方なく松右衛門は樋口の次郎で、この子は木曾義仲の子駒若君であると明かす。次郎は多田蔵人行家を誅罰のために河内へ出陣したが、その留守に義仲公が亡くなり、すぐにでも帰って一戦をとも思ったが、よくよく考えてみれば敵を討ち取るには計略が必要と思い、この家に婿入りして「逆櫓」を道具に義経に近づき敵を討とうと考えていたと話す。また槌松が取り違えられて知らず知らずのうちに駒若君の身代わりになってくれたのも、血のつながりの無い父親の忠義をたてさせてくれたのだと言って、権四郎の怒りを鎮める。お筆は安心して次郎に駒若をあずけ、妹千鳥を探しだして親の敵を討ちたいと旅立つ。日暮れになり約束の三人が松右衛門を訪ねてきて、松右衛門とともに船に乗り「逆櫓」の訓練をはじめる。しかし、三人は松右衛門の隙をついて櫂で松右衛門の膝を打とうとする。とっさに松右衛門は櫂をかわし陸へ飛びあがる。三人は松右衛門を追いかけ、景時は松右衛門を樋口の次郎と知ったうえで「逆櫓」の訓練にことよせ、捕縛させるつもりであったと明かす。しかし四天王随一と呼ばれる樋口の力には叶わず、三人ともに殺される。次郎は駒若の身を案じ、どうしたらよかろうと思うところに陣太鼓の音が響き、次郎は傍らの松に上ってあたりを見回す。すると四方にかがり火が見え、次郎を取り逃がすことのないように捕り手を見張らせていることに気づく。次郎はおよしと権四郎を呼ぶが、およしは権四郎が納戸の壁を壊して、どこかへ行ったと話す。次郎は権四郎が槌松のことを恨みに思って役所へ訴えたのかと悔しがる。そこへ権四郎の案内で捕り手の畠山重忠がつれてこられる。権四郎が次郎を裏切って訴え出たと思ったおよしに、権四郎は次郎と血のつながりのない槌松(駒若)を助けて貰うかわりに訴え出たのだと言う。権四郎が駒若君の命を助けるために訴え出たと知った次郎は、嬉し涙にくれながら重忠の傍へ寄り、梶原ならば遠慮なく切り掛かるところであるが、巴御前の処遇にも配慮をしてくれた重忠に手向かう気持ちにはなれないと切腹しようとする。重忠は次郎を止め、義仲には非が無かったことも明らかであり、忠臣の志を重んじる義経の気持ちを察して素直に捕縛されるようにと説得する。その重忠の心根を知った次郎は権四郎とおよしに駒若を託して捕縛されて行く。

四段目
舞台は香嶋の里。辻法印の家。
祈祷、占いなどの報酬で生計をたてている山伏、辻法印が自宅に戻ってくる。法印が妻に冗談を言っていると、妹の千鳥を探し出して親の敵を討とうとしているお筆が千鳥の行方を占ってもらいたいと訪ねてくる。お筆はあまり役に立たない占いを法印にしてもらったあと、千鳥が身を売った神崎の曲輪へと急ぐ。法印は親の勘当を受けこの家に居候させてもらっている梶原源太景季の姿が見えないのを訝り、さては博打にでも手を出したかと疑うが、法印の女房は景季の恋人、傾城梅が枝からの仕送りが十分にあるのに博打になど手を出すものかと噂をする。そこへ紙衣姿の景季が戻り、梅が枝に会いに行く約束になっているが、貧しいみなりでは行く事ができないと法印へ金の工面を頼んであり、また自分もそのことで歩き回って戻ったと語る。景季は義経公が一の谷の平家を責めるために明日未明に出陣すると聞き、自分も参戦して功名をと思うが、そのためには頼朝公から拝領の鎧兜「産衣」を梅が枝に預けたままになっているので、それを取りに行きたいと言う。是が非でも曲輪へ行きたい景季は尼崎、大物の浦の百姓に義経の出陣に必要な兵糧を差し出すようにとだまして帰ってきた事を話す。しかし百姓たちから、その証拠に弁慶に会わせて欲しいと言われた景季は法印に弁慶に成り済まして欲しいと頼む。体格もまるで違う法印は断ろうとするが、百姓が法印の家に押し掛けて、とうとう弁慶のふりをして百姓たちから兵糧をせしめる。兵糧の借用書を受け取って百姓たちが帰って行くと、景季と法印は兵糧を売って金にするために出かけて行く。

四段目
舞台は神崎の揚屋、千年屋(ちとせや)。
大名の客を奥座敷に迎えて慌ただしい揚屋に傾城梅が枝(千鳥)が来る。揚屋の亭主は客の大名が、梅が枝を身請けしたいと千両箱を持ってきていると言い、奥座敷へ案内しようとする。梅が枝は自分もここで人に会う約束があるから、まだ奥座敷へ行くわけには行かないと断り、主人も梅が枝が恋人景季を待っているのだと気を利かせて、そのまま奥へ入って行く。梅が枝は姉お筆とここで会う約束になっていて、やがて訪ねて来たお筆と対面する。姉お筆に久しぶりに会った梅が枝は父の様子を聞くが、お筆は木曾義仲の妻山吹御前や若君駒若を守るために父親が殺されたことを話し、梅が枝は何も知らずに過ごした月日を悔やむ。二人が話し込むところに揚屋の主人が再び梅が枝を呼びにくる。人に聞かれては良くないと判断した梅が枝は後でもう一度会う約束をして、お筆を一度帰らせる。梅が枝は揚屋の主人に急かされても景季に会う約束があり、なかなか来ない景季を待ちわびる。そこへ景季が来て、二人は痴話げんかを始めるが、やがて仲直りして景季は一の谷の戦いに「産衣」の鎧兜が必要になったので取りにきたと話す。それを聞いた梅が枝は実は自分の揚げ代として「産衣」を揚屋へ渡し、その代価三百両で今まで客を取らずに済んでいたと話す。三百両が無ければ「産衣」を取り返すことが出来ないと知った景季は絶望して切腹しようとする。梅が枝は景季の命を救いたいばかりに、今夜の大名に身を委ねて三百両を準備すると言って景季を安心させて帰らせる。景季に請け合ったものの梅が枝には三百両を才覚する自信が無く、様々に思い悩むうち「たとへ未来は地獄に落ちるとも、この世では富を得ることが出来る」という謂れをもつ無間の鐘に見立てて、手水鉢を柄杓で打とうとする。すると二階の障子が開いて三百両の金が落ちてくる。梅が枝は驚き、急いで袖をひきちぎると金を包んで走り去る。梅が枝が三百両を整えることが出来たかどうか心配する景季は再び揚屋に来る。また梅が枝の姉お筆も敵討ちの用意をして揚屋を訪れ、切戸の陰に身を潜める。景季の鎧兜「産衣」を取り戻した梅が枝が、揚屋へ戻ると景季は早速出陣の準備に帰ろうとする。梅が枝は姉お筆から聞いた父の最後を話し、敵討ちの相談がしたいと引き止める。景季がその敵の名を梅が枝から聞き出そうとすると、切戸の陰にいたお筆が敵の名は自分が教えると言って出てくる。お筆は父清次の敵が景季の父景時であるとあかし、梅が枝に景季と縁を切るようにと言い渡す。泣き出す梅が枝に景季も絶縁を言い渡し、尼になって父親の弔いをと言う。お筆は父親の敵討ちとばかりに景季に詰め寄るが、そこに白羽の矢が次々に飛んで来て、お筆の胸と梅が枝の腰に当たる。しかし矢には鏃がなく二人とも怪我はせず驚いているところに奥の障子が開き、景季の母延寿が弓を手にあらわれる。延寿は景季の事を大切に思い、その身を売って尽くす梅が枝に礼を言い、先刻二階から三百両を落として窮地を救ったのも自分であったと話す。しかし、お筆はその心であるならば、どうして姉妹を弓で射たのかと問いただす。延寿は夫景時の命を狙う姉妹を放っておくならば夫への忠節が成らず、しかし姉妹の命を取るわけにもいかず、鏃をつけずに形ばかりの成敗をしたと言って、心底を見よと鏃で自分の胸を突こうとする。景季は慌ててこれを止め、延寿は自分が夫や子を思う気持ちを思えば、清次の敵を討とうとする姉妹の気持ちも分かると言って自分が死ぬかわりにどうか景季を一の谷へ行かせてやって欲しいと頼む。お筆はそれぞれの立場を思いやり、延寿を死なせるわけにはいかないと納得し、梅が枝には景季との事を認める。はれて出陣する事になった景季は「産衣」の鎧兜を身につけ、梅が枝から贈られた紅梅の一枝を箙にさして一の谷へ向かう。

五段目
舞台は一の谷
平家と戦う鎌倉方の義経はその武勇で戦いを有利に導くが、梶原景時、景高親子はそんな義経に遅れをとってはと、平家の敵陣へ切り込もうとする。そこへ番場の忠太が景時、景高親子のほかにもう一人の「梶原」を名乗る侍が戦場にいると報告する。景高は梶原の姓を名乗る不審な人物を捕らえようとして駆け出すが、景時はそれが嫡男景季であると気づいて景高を止め、その心がけを褒めて、景高を伴って再び戦場へ赴く。景季が平家と戦うさなか、父景時が現れて勘当を許し、敗走する平家のものを討ち滅ぼそうと親子共々に追って行く。勝ち戦を手にした義経が陣所に戻ったところへ、畠山重忠が捕えた樋口の次郎を連れてくる。後からお筆、梅が枝姉妹と槌松(駒若君)を抱いた権四郎も来て、樋口の次郎を助けてもらえるようにと重忠に願う。重忠は義経に向かい、法皇から次郎の所行について「主君のために仇を報じる忠義」であるので、その心に叶うよう勇士は勇士に裁かせよとの指示を受けたと語る。義経は法皇の意思を察して樋口の次郎の縄を解き、次郎は自由の身になる。喜んだ権四郎は槌松を連れて福嶋へ帰って行くが、そこへ梶原景時ら親子三人が現れ、樋口の次郎を赦免した義経を問いつめる。怒った義経は刀に手をかけるが畠山重忠が止め、景季は父景時を押しとどめて事なきを得る。一部始終を見ていた景高は兄景季が仲裁したことを憤り、義経に詰め寄るが樋口の次郎が飛びかかって景高を投げ飛ばす。景高を案じた番場の忠太が駆け寄ると、次郎は忠太の首をつかんで引き据え、お筆、梅が枝姉妹に父の仇を討たせる。次郎も景高を殺し、義経にその難がふりかかるのを避けるために槌松の行く末を頼んで自害する。